旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

文字の大きさ
26 / 56

妖精を拾った侯爵

しおりを挟む
奇しくも、シャロンが手紙と懐中時計を受け取った夜に
シリウスが事を運ぶ。

その晩、ドレーユ侯爵は付き合いのある商会の会頭と夕食を共にする。

「ドレーユ侯爵。本当に伯爵家のご令嬢の元に行かれるのですか?」
「どうしてまた、そう思うのです?」
「最近お互いの家を行き来していると小耳に挟みまして」
「フフフ、貴方の小耳は陛下の懐ほどの大きさのようだ」

なんとも返しがたい例えを会頭にさらりと返すドレーユ侯爵。
そこにメインの子羊背肉のロティが運ばれてくる。
商会の会頭はその柔らかさに舌鼓を打つ。

「おや?子羊背肉のロティとは…」
「肉質も良くて柔らかく赤ワインが効いておりますな」
「そうですか」
「侯爵様は、お召し上がりにならない?」
「今夜は子羊に黙とうを捧げる日なのですよ」
「はぁ?」

ドレーユ侯爵は皿には手を付けない。
皿の前で祈りを捧げるように手を組み、目を閉じている。
メートルドテルは失礼があったのではと困惑する。

「フフフ、お気になさらず。今夜だけです。えぇ。今夜だけ」

会頭との食事が終わるとすっかり夜も更けて、
ワインに寄ったのか、ほてりのある会頭は気分よく
ドレーユ侯爵を見送る。

「旦那様、どういたしますか」
「そうですね。川べりで月明りを楽しみましょう」
「川べり…でございますか?」
「えぇ。月が折角水面に映っているのに波紋が広がるようなので」

相変わらず、飄々としている旦那様だとは思ってはいるものの
老執事のヒンギスは御者に川べりで月がよく見える場所にと
指示を出す。

御者は川べりの道をゆっくり馬車を走らせた。

「おっと、ここで少し休憩を致しましょうか」

座席に座り、先程まで瞑想をしていたはずなのに?と
思いつつもヒンギスは御者に馬車を止めさせる。
小窓から見ると、背の高い葦が見えるだけで、水面は
僅かに見えるか見えないか。

「旦那様?ここからでは月は見上げれば見えますが水面は…」
「ヒンギス、少し水遊びを致しましょうか」
「み、水遊び?こんな夜中に何をされるのですッ!」

月明りだけで足元も碌に見えないのに、ドレーユ侯爵は
馬車の扉を開けさせて、ヒンギスと御者に杖で示す。

「おや?この杖の先に何かあるようですね」
「えっ?」「えっ?何が??」
「行ってみなさい」
「い、行くのですか?わたくしとヒンギス様が?」
「えぇ。そうです。行きなさい」
「なら、足元が見えにくいのでわたくしだけが」

葦の生えている場所は湿地で革靴を履いたヒンギスは
歩きにくいだろうと御者は気を利かせた。しかし

「いいえ?ヒンギスと貴方で行きなさい」

侯爵は優しい口調だが、目元は一切笑っていない。
能面のような感情のない目に御者は震えた。

「さぁ、行きなさい」

ヒンギスは御者と共に、ぬかるんだ湿地に葦を分け入る。
ズブズブと折角の革靴もぬかるみに嵌りながら進む。
いくばくか進み、葦を分けると男が1人葦にかかっている。

「ヒっヒンギス様!人が死んでいます!」
「なっ何??」

分けた葦のすぐ向こうに仰向けになり、今にも流されそうな
男が目に入る。
恐る恐る男に近づき、ヒンギスは首に手をそっと添える。

「生きてる。生きてるぞ。運ぼう!」

ヒンギスと御者は男の両腕を引く様に数歩下がり、
またぬかるみに嵌りながら馬車まで戻る。

「あぁ、やはり妖精がいたのですね」
「妖精??人間ですけど??」
「人間?あぁ…貴方たちにはそう見えるのですね」
「は、はぁ??」

やはり何かが違うドレーユ侯爵にヒンギスは少し悩んだが
先ずは男を馬車に乗せた。

ドレーユ侯爵と、ヒンギスの泥だらけの革靴のすぐ横に引き入れた男は
今にも天に召されそうなほど顔色が悪い。

「だ、旦那様…この男大丈夫でしょうか?」
「えぇ。大丈夫。妖精が診ていますからね」
「は、はぁ??」
「ヒンギス」
「は、はい」

侯爵はまた表情のない顔でヒンギスに指示をする。

「戻ったらこの妖精に手当てをしましょう。
そして明日、いえ、明後日でしょうかね。ご令嬢を呼びましょう」

「ご令嬢??と言いますとシャロン様?」

「この妖精に薬を飲ませる事が出来るのはシャロン嬢だけですからね。
いや、シャロン嬢が薬か…フフフ」

ヒンギスはやはり意味が判らず、ただ指示に従った。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

処理中です...