旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

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妖精を拾った侯爵

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奇しくも、シャロンが手紙と懐中時計を受け取った夜に
シリウスが事を運ぶ。

その晩、ドレーユ侯爵は付き合いのある商会の会頭と夕食を共にする。

「ドレーユ侯爵。本当に伯爵家のご令嬢の元に行かれるのですか?」
「どうしてまた、そう思うのです?」
「最近お互いの家を行き来していると小耳に挟みまして」
「フフフ、貴方の小耳は陛下の懐ほどの大きさのようだ」

なんとも返しがたい例えを会頭にさらりと返すドレーユ侯爵。
そこにメインの子羊背肉のロティが運ばれてくる。
商会の会頭はその柔らかさに舌鼓を打つ。

「おや?子羊背肉のロティとは…」
「肉質も良くて柔らかく赤ワインが効いておりますな」
「そうですか」
「侯爵様は、お召し上がりにならない?」
「今夜は子羊に黙とうを捧げる日なのですよ」
「はぁ?」

ドレーユ侯爵は皿には手を付けない。
皿の前で祈りを捧げるように手を組み、目を閉じている。
メートルドテルは失礼があったのではと困惑する。

「フフフ、お気になさらず。今夜だけです。えぇ。今夜だけ」

会頭との食事が終わるとすっかり夜も更けて、
ワインに寄ったのか、ほてりのある会頭は気分よく
ドレーユ侯爵を見送る。

「旦那様、どういたしますか」
「そうですね。川べりで月明りを楽しみましょう」
「川べり…でございますか?」
「えぇ。月が折角水面に映っているのに波紋が広がるようなので」

相変わらず、飄々としている旦那様だとは思ってはいるものの
老執事のヒンギスは御者に川べりで月がよく見える場所にと
指示を出す。

御者は川べりの道をゆっくり馬車を走らせた。

「おっと、ここで少し休憩を致しましょうか」

座席に座り、先程まで瞑想をしていたはずなのに?と
思いつつもヒンギスは御者に馬車を止めさせる。
小窓から見ると、背の高い葦が見えるだけで、水面は
僅かに見えるか見えないか。

「旦那様?ここからでは月は見上げれば見えますが水面は…」
「ヒンギス、少し水遊びを致しましょうか」
「み、水遊び?こんな夜中に何をされるのですッ!」

月明りだけで足元も碌に見えないのに、ドレーユ侯爵は
馬車の扉を開けさせて、ヒンギスと御者に杖で示す。

「おや?この杖の先に何かあるようですね」
「えっ?」「えっ?何が??」
「行ってみなさい」
「い、行くのですか?わたくしとヒンギス様が?」
「えぇ。そうです。行きなさい」
「なら、足元が見えにくいのでわたくしだけが」

葦の生えている場所は湿地で革靴を履いたヒンギスは
歩きにくいだろうと御者は気を利かせた。しかし

「いいえ?ヒンギスと貴方で行きなさい」

侯爵は優しい口調だが、目元は一切笑っていない。
能面のような感情のない目に御者は震えた。

「さぁ、行きなさい」

ヒンギスは御者と共に、ぬかるんだ湿地に葦を分け入る。
ズブズブと折角の革靴もぬかるみに嵌りながら進む。
いくばくか進み、葦を分けると男が1人葦にかかっている。

「ヒっヒンギス様!人が死んでいます!」
「なっ何??」

分けた葦のすぐ向こうに仰向けになり、今にも流されそうな
男が目に入る。
恐る恐る男に近づき、ヒンギスは首に手をそっと添える。

「生きてる。生きてるぞ。運ぼう!」

ヒンギスと御者は男の両腕を引く様に数歩下がり、
またぬかるみに嵌りながら馬車まで戻る。

「あぁ、やはり妖精がいたのですね」
「妖精??人間ですけど??」
「人間?あぁ…貴方たちにはそう見えるのですね」
「は、はぁ??」

やはり何かが違うドレーユ侯爵にヒンギスは少し悩んだが
先ずは男を馬車に乗せた。

ドレーユ侯爵と、ヒンギスの泥だらけの革靴のすぐ横に引き入れた男は
今にも天に召されそうなほど顔色が悪い。

「だ、旦那様…この男大丈夫でしょうか?」
「えぇ。大丈夫。妖精が診ていますからね」
「は、はぁ??」
「ヒンギス」
「は、はい」

侯爵はまた表情のない顔でヒンギスに指示をする。

「戻ったらこの妖精に手当てをしましょう。
そして明日、いえ、明後日でしょうかね。ご令嬢を呼びましょう」

「ご令嬢??と言いますとシャロン様?」

「この妖精に薬を飲ませる事が出来るのはシャロン嬢だけですからね。
いや、シャロン嬢が薬か…フフフ」

ヒンギスはやはり意味が判らず、ただ指示に従った。
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