旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

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侯爵の提案②

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「な、なら・・今がサナギであれば羽化すればシリウスはどうなるのですか!」
「どうなる?先程も言いましたよ。 
加護の力は器を介して妖精となり現れると」

「ではなく・・シリウスの肉体はどうなるのですか」
「あぁ…器のほうですか…これは失敬。
器は器ですから、妖精となればただの屍となりますね」

シャロンは目の前が真っ暗になったような気がした。
ドレーユ侯爵は、事も無げに言うけれどシリウスが死んでしまう。
いや、既に死んでいるのだけれど本当の別れが否応なしに訪れるのだ。
砕けたはずの愛の欠片をひとつ、またひとつと
かき集めるシャロンの心は侯爵には読まれている。
シャロンの目からは涙が筋を通るように止めどなく流れ出る。

「美しい涙ですね。哀悼と純粋な愛が止めどなく流れるその様は美しい」
「…申し訳‥御座いませ…ん」
「いえ、良いのですよ。もっと大事な事があるのです」
「大事な…事…ですか」

ドレーユ侯爵は、血縁関係にないシリウスが器となった事にも
大変驚いたが、さらにドレーユ侯爵の興味を煽ったのは
シリウスのゆらぎの中に戦士の神であるオディーンの加護が
見え隠れしているという事だった。

「戦士の神・・ですか」
「そうです。荒ぶる神の場合数日前からその気配を感じ取ります。
オディーン神の気配を感じた時は、
何と言いますか・・こう・・震えたのです。
戦いの神であるヴァルキリの気配とはまた違うオディーン神です」

ドレーユ侯爵はうっとりとした表情となる。
結果としてその気配を感じた事で、早々にシリウスを出来たのだと
表情筋を最大限に緩ませ、頬を紅潮させて語った。

話を終えて、シャロンはもう一度その器となったシリウスを
訪れても良いかとドレーユ侯爵に尋ねた。

「構いませんよ。但し、貴女はいうなれば医者であり薬です。
貴女の加護が強ければ強いほど、近ければ近いほど、
ゆっくりと羽化が進むのだという事をお忘れなく」

「そ、それではわたくしが、見舞いをすれば…」
「その分、羽化は鈍化するだけですよ。ですがそれは彼の償いでもあります」
「シリウスの…償いですか」

「えぇ。神は時に悪戯をするのです。
愛しているのに、切り捨てねば愛する人は窮地に追い込まれる。
会いたいのに、会えば相手を苦しめる。
まさに、自分の事を思えば思うほどシャロン嬢、貴女は苦しむ事になる。
だから彼は、まだゆらぎを伴っている間は、
あえて貴女を遠ざけるしかない。死して尚も…彼なりの償いですよ」

「教えてください。ドレーユ侯爵」
「なんでしょう。教えられるほどの知識はないのですが…」
「妖精となった時、そうなれば…彼の事を思っても良いのですか。
彼は、シリウスは苦しまないのですか?」

それまでの表情が嘘のように、侯爵は仮面のような表情になる。

「それは判りません。そうなった時、
妖精になっても、器の記憶は精霊に刻まれます。どの妖精もそうです。
自分の事を想ってくれる女性が他の男性に嫁ぐ姿を見守る…。
私であれば、そんな事もあるだろうと考えますが、
他の男性はどうなのか、それは私にはわかりません」

侯爵は咳ばらいを一つすると

「やっかいな男に惚れられたものですね。
死して尚、貴女を守ろうとするなどストーカーの鏡です。
再婚相手が私であれば、俗に言うお買い得物件という訳です。
如何ですか?但し、オプション付きですけどね」

「オプションでございますか」

「えぇ。40歳を超えて未だに独身。
もれなく白い結婚に偏屈者というオプションですよ。
あぁ、間違えないで。浮気などではないのです。
私は死者の神であるヘェルに愛を捧げ、契約したのです。
申し訳ないが、貴女が生まれたままの姿で前に立っても
私はヘェルに愛を捧げた身ですから、欲情することはないでしょう」

「では、侯爵様のことはお父様が認めませんわ。
どうしても跡取りが必要なのですもの」

「なるほど、私は貴方を抱かないが貴女は不貞なく懐妊できる。
それは課題として判りやすく来週までにはレポートを纏めましょう。
楽しみにしていてください。
オディーン神のゆらぎもまだ気になっている事を調べていますしね」

性交渉がない婚姻となるのであれば、侯爵との関係は難しいだろうと
シャロンは考える。
父親にしてみれば、伯爵家の存続があるから婿養子を貰うのだ。
一旦は諦めて養子を貰ったが、シャロンが出戻って来たのだ。
シャロンの年齢からしても見合い話を持ってくるというのは
まだ諦めきれていないのだと察しが付く。

ーー学生ではないのだからレポートを纏められてもーー

そんな事を考えていると侯爵は一つ提案をする。

「明日から毎日、迎えの馬車をやりますから、おいでてください。
貴女が妖精のお医者さんでもありますから。
それに、悪しきものは絶たねばなりませんからね」

侯爵のその言葉は、悪魔的な微笑を伴っていた。
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