貴方が側妃を望んだのです

cyaru

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初夜

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厳かに結婚式は開始される。

晴れ渡った空に白いハトが放たれ、何発もの空砲に民衆が見上げる。

各国の国王夫妻、王太子夫妻、大使などが招かれ参列をしている。
この国の高位貴族や、議員なども緊張の面持ちで彼らと1列あけた参列席に鎮座する。

白い隊服に身を包んだ衛兵に先導をされて、馬車を下りた花嫁が聖堂の中に入っていく。

本来であれば花嫁のヴェールをあげるのは花婿の役割であったが、側妃についての噂は各国にも聞こえる所となりフランセアは最初からヴェールをあげての入場となった。

そうしなければ、ヴェールの下は側妃となる女ではないかと疑いの目があるとゲシュタリス公爵とアゼントン公爵が言い出したためである。
その様な事を思う国は実際はなかったのであるが、【王太子妃】が誰であるのかと知らしめる必要があると言う2家の強い希望は弱みのある国王もハロルドも頷くしかなかった。

ルゼベルグ公爵は誓いの言葉について議会の了承を得てこちらも大幅に変更になった。

「ゆくゆくは国を統べるのですから問題ないでしょう?」

そう言われれば、違うとは言えなかった。王太子も王太子妃も一人の人間であるがその立場は国王となり王妃となって民を導き、癒し、守るものである。

「この国の民を思い、その身を捧げる事を誓いますか」

神父の問にハロルドは短く「はい」と答えた。
フランセアは「すべては民の為、持てる限りの力を尽くします」と答えた。



沿道を埋めつくすほどの民衆の大歓声の中、幌のない馬車を白馬が引いてパレードが始まる。
割れんばかりの歓声の中、ハロルドとフランセアは小さく手を振る。

「フラン。向こうに子供たちが手を振っているよ」
「・・・・・」

何も答えず、フランセアは体ごと民衆に向かって微笑みながら手を振っている。

――歓声が大きいから聞こえていないのかな――

ハロルドはそう思うと自分もフランセアと反対側にいる民衆に向かって手を振る。
時折、会釈をするとさらに歓声が大きくなる。

少し見上げると今日ばかりは致し方ないと許可をだした民衆たちが窓からも手を振り歓声をあげているのが見える。どの顔もはち切れんばかりの笑顔で祝福を向けていた。


馬車に乗る際は気がつかなかったが、降り口が両開きだった事に気がつく。
自分とは反対側で、白い隊服を着た衛兵に手を取られゆっくりと降りるフランセア。
はて?と首を傾げるのはその衛兵の顔を何処かで見た気がするのである。
誰だったかと考える間もなく、「妃殿下はお召し替えがございますから」と別行動になる。

披露宴の開かれている間で、先に着席をするハロルドは次々に祝いの言葉に囲まれた。
先ほどよりは身軽になったフランセアとの椅子の距離は遠い。
2人の間には軽く3人ほどがゆったりと座れるほどの距離があった。

午後から始まり、日が落ちすっかり外が暗くなっても続く宴。

主役の花婿であると言ってもこれも外交の場である事に間違いはない。
無粋な長話はないものの、顔を覚え握手をして軽めの概要を語られるのはいつもの夜会とさほどに変わるものではない。それもこなさねば弱小国は生き残れないのである。

隣を見ると、招待客の国の言葉で通訳を介さずフランセアがやりとりをしているのが見える。
ビーチェではこれは無理だと瞬時に悟る。ビーチェはこの国の歴史でさえ大まかには知っているが少し掘り下げるともう理解が出来ていない。
51代目となる国王から数えて10代前くらいまでしか国王の名前も覚えていない。
その国王を支えた側近の名など、父の側近ですら判らないのだ。聞くまでもない。

だがフランセアは違った。王妃教育の賜物なのかも知れないが問われた方が驚くほどの知識で話の幅を広げていくのである。話し上手でもあるがそれよりも聞き上手なのがフランセア。
各国の招待客もこの国の重鎮も一目置く存在である。

王妃が既に亡く、側妃は公の場に出る事が許されないこの国でフランセアの役割は大きい。
この披露宴の場で、王妃としての役割も果たしているのであった。


主要国からの招待客を見送り、高位貴族などが半分ほどはけたところで「妃殿下は準備が御座います」とフランセアが先に控室に戻っていく。
ハロルドも遅れて自身の控室に戻り、湯殿で身を清めた。

いよいよである。ハロルドは湯に浸りながら隅々まで身を洗い、香油を塗り込む。

「フランは?」

従者に聞くと少し首を傾げながらも「既にお部屋に向かったと伺いましたが」返される。
はやる心を押えて、夫婦の寝室の扉を開けた。


しかし、灯り一つない部屋は静まり返り、テーブルには気分を高揚させるためのワインもなく軽食が置かれている様子もない。不思議に思いながらも寝台に向かう。

綺麗にベッドメイキングをされた寝台は、使用者を待っている状態である。

「先に向かったのではないのか?」

ハロルドとて初夜は初めての経験である。ワインや軽食がないのもそう言うものかも知れないと部屋の中を忙しくなく歩き回る。廊下で何か音がすればテーブルに近づき、【今来たところだ】と演出をするのを忘れないが、よくよく考えれば新婦が廊下の扉から入ってくる事はない。

静かなまま1刻、2刻と時が過ぎ時間はもう真夜中となってしまう。
流石にこれはおかしいとハロルドは廊下の扉を開けて従者を呼んだ。

「どうしてフランが来ないんだ?何かあったのか?」

声を荒げるハロルドに従者は「何を言ってるんだ?」という疑問を隠さず答えた。

「妃殿下はもうお部屋でお休みになられていると聞いておりますが」

ハロルドは訳が分からなかった。初夜の夜、ワインなどはこんなものかと思ったが、流石に部屋を間違う事はない。それはフランセアとて同じであろう。
夫婦の寝室から繋がる妻の部屋への扉を開けた。

「フランっ!」

しかし、返事はなかった。いや、返事だけではない。人の気配がない。
薄く月明りが差し込む部屋。寝台も見えるが人が横になっている様子は全くない。

結婚式から30日の間は全ての公務がない。その間は子作りに勤しむからだ。
旅行にというハロルドの申し出も事前にアゼントン公爵家から断られている。

「式の前も式の後も。娘の疲労を考えてくだされば」

そう言われて頷いたのはハロルドである。
悶々としたまま夜明けを待ち、ハロルドは離宮に馬車を走らせた。
だが、門番は鉄製の頑丈な門を開く素振りを見せない。なんなら帰れと言う仕草である。

「何故俺を入れないのだ!」

しかし門番に冷たく返されてしまった。

「妃殿下からは、離宮については口出ししないと殿下から仰せつかっていると聞いております。それに妃殿下から直接このひと月は誰であろうと離宮に通すなと仰せつかっております」

ハロルドは約束を思い出し、引き返すほかに術がなかった。
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