小切手を拾っただけなのに~それは侯爵子息の溺愛の始まりでした~

cyaru

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第39話  地味な作業で枷を外す

エルフィンとアリアがエルフィンの両親のもとに向かう日の朝。

いつものように作業にやってきた男2人は異変に気が付いた。

「あれ?なんだ?」
「なんだろうな。いい加減狭いあぜ道なのによ。熊か?」

山もすぐそこなので春になれば冬眠から目覚めたばかりだったり、秋は冬眠前の腹ごしらえに熊がふもとまで降りてくることはあったが今の季節に出てくることはまずない。

昨夜のうちに降り積もった雪を踏みしめて2人は黒い物体にゆっくりと近づいた。

熊だと小熊でも人間は太刀打ちできないが、人間が近づくと逃げて行ったりする。危険なのは小熊だったときは近くに母親の熊がいること。

人間もだが、母親という生き物は産みの苦しみでこの世に送り出した子に危害が及ぶとなれば異次元の力を発揮する。

以前もイノシシの子であるウリ坊が迷い込んできただけなのにウリ坊を探す母イノシシは小屋を3つ半壊させた。

熊はブドウは好きでもここまで発酵したり所によっては腐敗も激しいと唐辛子以上の刺激臭でもあるので嗅覚も鋭い熊はどちらかと言えば近寄ることはない。

最初は「小熊か?」と思って警戒しつつ近寄ったが、黒い物体が「枷男かせメン」と呼ばれていたダリオンの足に装着されていた錘だと判ると顔を見合わせた。

「た、大変だ。枷男かせメンが逃げやがった!」
「急いで班長に知らせろ。俺は鐘を鳴らす」

1人は班長のいる管理小屋に、1人はやぐらに登り非常時を知らせる鐘を打ち続けた。



☆~☆

「はぁはぁ…ングッ…はぁはぁ。ここまでッ…来たらもう…はぁはぁ追って来ないッだろッ」

昨夜、日付を超える少し前ダリオンは毎日削り続けた枷を外すことが出来た。
毎日の作業で履く長靴では動きにくく泥に嵌ると足枷もあって下手すると足を取られて泥で溺れてしまいそうだった。

自ら頼んで素足で作業をしたが、その時に泥は泥だけではなく火山灰の中に紛れ込んでいる火山礫もあった。毎日昼の休憩と作業終わりに足の指の間に小さな火山礫を挟んで持ち帰り、留め具を削った。

留め具の隙間に挟まった削りカスの火山礫は翌日の作業で動けば動くほど少しづつではあったが枷を削った。
地味な作業ではあったけれど、粗末な夕食が終わるとごろりと横になり目を閉じるダリオンを誰もが寝ていると思い、気にもかけず牢替わりの小屋を施錠していく。

人の気配が消えるとダリオンは起き上がり、削り続けた。
成果が見え始めたのは2週間目。

留め具が緩んだのだ。

そこからは誰にも気付かれぬようにより疲れた振りをしてゆっくりと錘を引いて小屋に戻る。
枷男かせメンと蔑まれ、話しかける者が居なかったのもダリオンには結果的に幸いした。

ダリオンとしては真面目に働いていれば借金を返せる、それだけならほかの事はしなくていいし粗末であっても食事も出て屋根のある小屋で雨に濡れることも無く寝られるのなら続けても良かったがやはり辛いものは辛い。

逃げるために削り続けた。

が、状況は変わった。
このオツトメが終われば待ち受けているのはハース男爵の名を使ってしまった刑罰。

足枷付きで泥を浚うだけの作業なんか可愛いもの。
顔に犯罪者の焼き印を押され、希望者に無償で貸し出され人の扱いをされない生き方を強いられる。

貴族が平民相手に支払いを拒否したりすれば爵位が公爵家であろうと家が取り潰される。軽症で済むのは準男爵家か士爵の1代限りの爵位くらい。なので平民も家名を使ったりすれば罪は重くなる。

ダリオンもわかってはいたのだが、ハース男爵家の特殊な親子関係がダリオンの思考を麻痺させた。

親の危篤ですらハース男爵は動かなかったし、アリアも男に捨てられたなんて父親に泣きついたところで何もしてもらえず泣き寝入りすると思ったのだ。

しかし、ふたを開ければハース男爵は訴えを起こすという。
防波堤になっていたアリアが消えれば問い合わせはハース男爵に直接されてしまったと執事は言ったがダリオンは聞いた時は信じたが、今は信じていない。

ダリオンの事を愛しているアリアがダリオンを売るような真似をするわけがない。きっと執事がダリオンを脅すためのハッタリだと考えていた。

だとしても、本当だった時に備えて保険をかけても損はないので足枷を削り続けた。

「アリーは俺を愛している。きっと囚われの身となってしまったから俺に助けを求めているんだ。あぁヨハンの店の態度で俺はアリーのヘルプサインにどうして気が付かなかったんだ。だがあの執事も馬鹿だな。煽るような事を言ったところで俺は動じない。ここを出たらアリーと一緒に隣国で暮らすか。アリーなら仕事も家事も育児も全てやってくれるはずだ」


素足のダリオンは踏みしめる小石に顔を歪めながらも夜通し歩いて王都の街に戻ってきた。
勝手知ったるなんとやら。

大きな門をくぐらないと王都の街に入れない、なんてことはない。
高位貴族の所有地は通りに面した個所は高い塀で囲っているが人が入ってこないと思っているのか川に面したほうからは入ろうと思えば入って行ける。

ダリオンは川に浸かり、岸辺に生える葦を掴んで公爵家の敷地に入り込んだ。
そこで夜明けまで庭で育てていた野菜で腹を満たし、垣根を抜けて隣のパミル侯爵家に入り込んだ。

当面高位貴族の家を庭伝いに転々とし、しっかりと食事をして体制を整えてアリアを迎えに行く。

「使用人に成りすますってのもいいかも知れないな」

今の身なりなら下男がせいぜいだろうが高位貴族の家は使用人も多く下男が1人入れ替わったところでバレやしないとダリオンは自分の計画に酔いしれた。
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