雨に染まれば

cyaru

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★過去の苦悩

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20年前、現テーパー侯爵夫人(フリライム)の実家であるツィセンス伯爵家に激震が走った。

『お腹に子供がいます』

婚約者もいないのに子を身籠ったという妹エマ。

元々は、姉のフリライムが入り婿を迎えて爵位を継ぐはずだったが、侯爵家のあと取りが馬車の事故で急逝してしまい、フリライムの婚約者だった次男が侯爵家を継いだ。

慌てて何処かに嫁がせるはずだった二女のエマに入り婿となってくれる子息を探し始め、候補を絞り込み婚約を打診しようとした矢先の事だっただけにまさに青天の霹靂。



不貞関係である者や、未婚であるにも関わらず体の関係をもつ男女は少なくない。
表向きは眉を顰められても、実際のところは少なくない数の者がそれに該当する。しかし侮蔑の言葉を口する者達は言ってみればその道の【勝者】であり、【敗者】を情け容赦なく吊るし上げる。

本能が赴くままに快楽を貪り、その結果避妊を怠った者達は当人だけではなく、その家族も【同類】として烙印を押されてしまう。堕胎が禁止されたメチル国では、そのような背徳感のある関係は不適切ではあるが非公式に許容はしている。但し遊ぶのであれば【失敗】はするなと言う事の裏返しでもある。

姉のフリライムがテーパー侯爵家に嫁いだばかりだと言うのに、早くも離縁の憂き目である。妹のエマもこれではマトモな家からの入り婿を打診する事も出来ない。


『相手は誰なのだ』


不名誉な噂はどこから漏れるかも判らない。醜聞がテーパー侯爵家の耳に入れば嫁いだばかりの長女フリライムは本人の瑕疵もないのに離縁されてしまうだろう。

外見的に目立たないうちに早急に相手の男の家腹の子の父親とも話し合いをして、エマを嫁がせなければならない。場合によっては何処からか養子を迎えねばならないだろうし、エマが第二夫人、第三夫人となってもやむなし。相手の男が平民であっても腹を括るしかないとツィセンス伯爵夫妻はエマに何度も問うた。

しかしエマが相手の名を口にする事はなかった。

妊娠の事実を告げた日からエマは離れの部屋から出る事は無くなった。
通いの使用人にも【病気】と偽り、気の置けない者だけが離れを行き来した。
 


相手が誰なのか一向に明かさないエマの腹はどんどんと大きくなるのは火を見るよりも明らか。酷い悪阻が一般的に治まりを見せ、それなりに飲み食いが出来るようになるだろうと言う頃、ツィセンス伯爵夫妻はエマの体調を特に気にかける事もなく決断をした。

伯爵家とて無限に金があるわけではなく、格上の侯爵家に長女を嫁がせるためにかなりの金を使った。ある程度は資金を用意していたが、実際となれば予定の数割増しが必要になった。
エマ用の資金にも手を付けねばならなくなったため、無断で流用をしてしまっていた。
幸か不幸かエマにはまだ婚約者はいなかったし、急いで入り婿を探していて目星をつけた所だった。二女である事から姉の結婚式が無事に終わればそれから埋め合わせしようと考えていたのだ。


メチル国では、持参金は女性側が用意をする。嫁ぐのであれば相手方の家に。入り婿の場合は婿となる者の実家に持参金を支払い貴族籍を移して貰うのだ。
しかし先に孕ませてしまったとなれば、この上ない醜聞であり持参金の用意はしなくていい。

【これで金の埋め合わせは必要なくなる】

親として最低な行為だとは判っていはいたが、ツィセンス伯爵夫妻はこれで流用した金の補填をしなくて済むと考えた。

しかし更に大きな問題が目の前にあった。婚姻前の妊娠を隠さねばならない。
頑として相手の名を口にしないエマにとうとう匙を投げた。

見舞いに訪れる者を断るために感染力の強い病に倒れたとエマを遠い伯爵領へと追いやる事で一石二鳥と自分で自分を安心させたのだった。


テーパー侯爵家に悟られてはならないと世話をする使用人にエマよりも30歳年上の執事リベットをあてがい、頃合いを見て2人を結婚させ、呼び戻そうと画策したのだ。

心細いエマを献身的に看病した執事との間に芽生えた愛。そして生まれた子供。生後間もなくであれば怪しまれるだろうが、6歳を5歳、5歳を4歳程度であれば幾らでも誤魔化せると考えたのだ。

リベットは若い頃の戦で利き腕が不自由な男で融通の利かない堅物と使用人達は一線を画していたが真面目で誠実であった。ツィセンス伯爵夫妻は忠誠心の強いリベットを選んだ。

『お父様、お母様、不出来な娘で申し訳ございません』

領地に向かう馬車に乗り込む前にエマは両親に詫びた。
ツィセンス伯爵夫妻は使用人の手前、何も言葉をかけられなかった。




王都に住まうツィセンス伯爵夫妻の元に数か月後手紙が2通届いた。

1通はエマが女児を出産しエフローレと名付けたとの知らせ。
もう1通は出産時の出血が酷くエマが天に召されたとの知らせだった。


生まれた孫は見てみたいし、この手に抱きたいと思ったが生後間もない赤子エフローレでは年齢の誤魔化しが効かない。エマが亡くなってしまった事によりリベットと婚姻させる事も叶わなかったツィセンス伯爵夫妻はリベットに5、6年の間は赤子エフローレを孤児として育てよと命じた。

利き腕を失う事で恩給として騎士爵を持っていたリベットは孤児とするには忍びないと実子としてエフローレを籍に入れた。エマの墓標にツィセンス伯爵家の者が祈りを捧げる事もないだろうと、リベットは届けは出せずともエマを妻とし墓標には【エマ・ルシオン】と刻んだ。


ただ、その6年の間にツィセンス伯爵夫妻は流行病で亡くなり、己の保身だけを考えたツィセンス伯爵夫妻は実質の初孫であるエフローレを見る事も抱く事もなかった。

面倒を見ていたリベットも赤子エフローレが生まれた時にはもう50歳。ツィセンス伯爵夫妻の意向に逆らいエフローレを籍に入れた事で仕送りは打ち切られ、住処も追われたため誰にも頼れない秘密を抱えた男手一つの育児をしながらの労働がたたり60歳で儚くなった。



養育をする者が居なくなったエフローレは孤児院に引き取られた。
親族がいないか孤児院を経営する教会は、父親のリベットが過去にツィセンス伯爵家で執事として働いており、数年前までツィセンス伯爵家からの資金援助があった事を突き止めツィセンス伯爵家に連絡を入れた。

遠戚の者がツィセンス伯爵家を引きついでいたが、孤児院から子供を引き受ける事は経済的に容易ではなく教会に断りを入れた。教会は元々本家の出であったテーパー侯爵夫人(フリライム)に連絡を取りつけた。


エフローレは唯一残ったで母の姉、テーパー侯爵夫人(フリライム)に10歳の誕生日の半年後に引き取られたのだった。
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