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♡決定事項

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毎日のように届けられる王家からの呼び出し状はたまる一方で御座います。
捜索に当たってくれているニーナお義姉様のゼフトン子爵家から使いが来たとの知らせの度に玄関に走ります。


「あ、お嬢様…」

「何か手掛かりが御座いましたの?」

「確認して頂こうと思いまして。この剣が滑落したとみられる地点から3000メルトほど離れた岩に引っ掛かっておりました。雨が降りましたので増水で流されたのだと思いますが、お心当たりは御座いますか?」


ゼフトン子爵家の従者さんが見せてくれたのは、紛れもなくマクシム様の剣で御座いました。
騎士の誓いをしてくださった時に、柄の輪になった箇所が歪んでおりました。
何年もその剣を握り、戦った証だったのでしょう。

剣の刃先は折れ、残った刃もあの格闘でなのか。それとも川で流されてなのか。
刃こぼれをしていて、とても打ち直しでは元には戻らないでしょう。

あの日から今日で22日目。
雨も降り、増水した川は流れも速くなっていて剣ですら見つかったのが奇跡で御座います。
捜索をしてくださる皆さんは道なき道も分け入り、かなり広い範囲を探してくださっております。先日、乗っていた馬車はあの後、谷に突き落とされたようで跡形もない状態だったと聞いております。


「この剣は…夫のものです。ありがとうございました」

「そうでしたか。では早速鍛冶屋に――」

「いえっ。これはこのままに…」

「そうですよね。すみません。差し出がましい事を言いました。こんな時にと思われると思うのですが捜索ももう探せる範囲は探し尽くしました。申し訳ございません」


こちらの方が頭を下げねばなりませんのに、申し訳ないと深く頭を下げられます。
剣を受け取ると、ゼフトン子爵家の従者さんは本来の持ち場に戻りますと言われ帰っていかれました。

頭の中ではあのケガでの滑落。落下した先で誰かに助けられたとしても医療品も満足にない地域です。生きているほうが不思議と諦めたほうが良いと判っているのです。何時までも皆さんを捜索に駆り出して良いものでも御座いません。気持ちを切り替える時が来たのかも知れません。





部屋に戻ろうとした時、入れ違いにお兄様が戻られたと門番より知らされたのです。
ソワソワとしながら待っておりますと、かなりくたびれたお兄様が戻られました。


「お兄様、お帰りなさいませ」

「あぁ、プリエラ。ただいま。後で話があるから部屋に来てくれないか」

「ここではなく?」

「あぁ。ちゃんと着替えてから話したいことがある。それにユーリス殿が今、こちらの向かっている。揃ってからでないと話せない」


ユーリス様も居なければならないとなればマクシム様の事なのでしょう。
指先から温度が無くなって、先程受け取った剣を落としてしまいそうになります。

お兄様は、険しい表情を変えずにそのまま自室に向かわれました。
生きた心地がしないと言うのはこのような事かも知れません。
部屋は暖炉に火も入っていてとても暖かいのに、体の震えが止まらないのです。

それに輪をかけるかのように、また王宮からの呼び出し状が届きました。
しかも、今度はお兄様宛とは別に、わたくし宛の物も御座います。

「王家にここにいる事が伝わってしまったのかしら」

「屋敷を出入りする業者には伝えておりません。使用人にも箝口令を布いておりますし知られる筈はないのですが、誰かに聞いて参りましょうか?」

「大丈夫。呼びだ時に応じるかは家長であるお兄様に判断頂くわ。知られているのならそれもお兄様にまずどうするか聞かねばならないわね」


侍女には強がっては見たけれど、声は震えていたかも知れません。
王宮からわたくし宛に届いたものは招待状などではなく【王命】による呼び出し状。
お兄様の支度が終わったという従者の言葉にお兄様の部屋に向かいました。




「プリエラここへ」

お兄様の部屋では既にユーリス様がソファに腰を下ろしていらっしゃいました。
ユーリス様は軽く会釈をされるのですが、手が震えていらっしゃるようです。

「いや、なんだかラウール殿を目の前にすると悪寒がすると言いますか、極点に置き去りにされたほうがまだ温度を感じると言いますか…そんな感じでして。気になさらないでください」

――そんなにお兄様の部屋は寒くないと思うのですが――


わたくしはマクシム様のお話の前にと思い、先程届いた呼び出し状をお兄様の前に差し出したのです。

「これが王家より届きました。お兄様の分は別にあり、こちらはわたくしの分です」

「全く…紙は燃やすと灰がたまるんだがな。この冬は書状で乗り切れるやもしれん。紙の無駄使いだな」

手に取った書状を裏表を数回交互にみて、中を見るまでもないとお兄様は書状を暖炉に放り込んでしまいました。書状がないと王宮の奥には入れないのですが行かないと言う事かと思えば。


「こんなものはなくても通れる。王家の事など放っておいていい。俺が綺麗に掃除をしてくる。それでメインディッシュだ。公爵家当主としての話をするぞ。プリエラお前の今後が決まった」

「今後?どういう意味ですの」

「公爵領全域、それからガルティネ公爵家、セイレン公爵家、両家に続く貴族及びその領地。お前の持参金になる」


持参金とはどういう意味なのでしょう。
それに持参金とするという領地の広さ。2公爵に従う貴族がどれほどの数になるかは正確に把握できておりませんが少なくともボンヌ国の6、7割になるはずです。
持参金だとなれば嫁いだ方へ引き渡すとしたもの。国が立ち行かなくなってしまいます。


「プリエラ。お前はアルメイテ国の第二王子フィポリス殿下の側妃として嫁ぐ。話は付けてきた。向こうでの生活は保障をしてくれているし、何も不自由をする事なく自由に過ごせる」

「お兄様、戯言はお止めくださいませ!」

「そうですよ!ラウール殿。王位には第三王子であったジョエル殿下がつかれましたが、第二王子フィポリス殿下は‥‥恥ずかしながら男性にしか興味の持てない王子です。宮も男性ばかり。愛娼夫まで宮にいると言われている王子なのですよ?そんなところにプリエラ様を…。いくらマクシム様が絶望的だからとあんまりですっ!」


「戯言ではない。決定事項だ。お前も公爵令嬢。公爵家に生まれた女なら家長のめいに従い家の為にその身を捧げる事が務めだと判っているだろう」

「お断りいたします。どうしてもと言うのならば、かの日申し上げた通り勘当してくださいませ。プリエラはガルティネ公爵家とは無縁の者としてくださいませ」

「勘違いをするな。プリエラ。意見など聞いてはいない。もう一度言うぞ、決定事項だ」

「決定でも何でも従えませんし、従う気もありません。もう辞めたのです。何も知らないお人形でいる事なんてもう沢山!それにわたくしはマクシム様の妻なのです!生き死にが判らないうちに他の誰にも嫁げませんっ」

「そのマクシムはもういないからだ!」

<< えぇっ?! >>

「俺がアルメイテ国に到着した2日後発見された。着用していたシャツも見てきた。間違いない。」

「嘘です!マクシム様は迎えに来て下さると約束したのです!山に行っても川に行っても必ず帰ってきてくださいました!どんなに些細な約束でも守ってくれたマクシム様が一番大きな約束を違える事などあり得ません!お兄様の嘘つき!大嫌い!顔も見たくありません!」

「どう思われようと構わない。これはもう決まった事だ。1国と公爵家が正式に交わした契約だ。その意味が判らぬお前ではないだろう。第二王子フィポリス殿下は既にアルメイテ国を立ちボンヌ国こちらに向かっている。到着予定は5日後だ。プリエラ。お前は殿下が帰途につく際は一緒にアルメイテ国に行く。いいな。話は終わりだ」

「お兄様なんて大嫌いです!」

「嫌いで結構。好かれるためだけに動くのが公爵家当主ではない。誰か!プリエラを縛っておけ。絶対に屋敷から出すな。庭もダメだ。食事は部屋に運び、食うのを拒むなら口をこじ開けて流し込め。アルメイテ国で自死するのは自由だが引き渡すまでは生きていてもらわねば困るからな」

「ラウール殿!それはあんまりです。考え直してくださいっ」

公爵家でお兄様に従わない者などわたくしくらいです。

ユーリス様もどうする事も出来ず右往左往する中、わたくしは従者に抱えられてしまいました。

縛られはしませんでしたが、出入り口は外鍵のついた扉、窓には鉄の格子。部屋には寝台のみでテーブルもない部屋にわたくしは監禁されてしまったのです。
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