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△叱責がない
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アルメイテ国へ入国し、拠点とする街に向かっていた私だったが、思わぬ伏兵に遭遇した。
早馬で隊列を追いかけてきた父上からの使いの兵士だった。
「良かった。2週間ほど前に出立されたのでもう終点の村を超えて街まで到着していたかと思いましたよ」
「終点の村?いや私が向かっているのは街の筈だが。違うのか?」
後ろで出立した時から馬の世話をしている兵士に問えばその街は終点の村から「通常」なら3日かかると言うのだが、この兵士は数を数える事が出来ないのだろうか?
「殿下、まず通常の日程ですがボンヌ国の王都から1日6、7回の休憩、馬の交換を挟んで12日間かかります。目的の街はそこから3日かかります。あくまでも【通常】であれば15日間です」
「なら、もう半分の所までは来ているだろう」
「いいえ。殿下の指示する速さであればどんなに急いでもあと半年はかかると思います。1時間走って腰が痛いと4、5時間の休憩。食事の時間はゆうに2、3時間。夜は日暮れと共に休んでますよね。2日前にここから見えるあの曲道で馬車を谷に落としたでしょう?」
「あぁ、そうだな。邪魔な馬車を落とした。音が凄かったな」
「あくまでも【通常】ならとっくに見えない所まで来ています。今の進み方は歩く方がずっと早いですから。馬を休憩させているのは、無駄に多い荷物を引く事で馬が疲弊するからです。長い距離を走らせた結果ではありませんよ」
なんという事だ。確かに馬車が石で舗装をされていない道を走るのは考えていた以上に尻が痛くなった。かといってずっと座っている訳にもいかず、耐えられるのが1時間だっただけだ。
痛みがかなり良くなったところで動き始めていたのだが、歩くより早いとは。
いったい庶民はどんな速さでこの悪路を歩いていると言うのだ。
その上、荷物が多いとはどういう事だ。
必要最低限の荷物だけ積み込んでいるはずだ。荷馬車9台にまで減らしたと言うのに。従者や侍女、メイドの数だって15人にしたんだ。多いはずがないだろう。多いのは各々が馬に騎乗している兵士の数の方だ。
「この地点は【通常】なら出立した翌日には通過する当たりです。そこを13日かかっているわけですから、この先の昇り傾斜がきつくなっている場所や、道幅が狭くなっている個所、村は下りにはいったところですから1日100メルトも進まないこの調子なら半年はかかるでしょう。いや2年はかかるかも知れません」
何故兵士や従者たちの目は非難めいているのだ。
だが、それだけ進んでいなかったとなれば、早馬の兵士が追いつけたのも頷ける。
「で、用件は何だ」
「陛下が大至急!城に戻れと仰せで御座います」
「何故?フローネが面倒事でも起こしているのか」
「面倒事を起こしているのは殿下です。兎に角大至急お戻りください。殿下が王太子権限で出されている荷検めが大問題になっております。このままではボンヌ国と取引をする国が無くなるかも知れない事態になっているのです」
「なんだって?どうしてそんな事に‥」
「荷検めの正式な手順を踏まず、売り物にならなくなった品が多数。その上捌かれた荷を入れ直したりで納品の予定を守れず取引そのものが出来なくなったり、予定日を越す事での違約金の発生。なにより、足止めをされる事で野盗に襲撃をされる商隊が増えたのです。商隊は1日幾らで護衛を雇っていますので日数が伸びた事で支払えないだろうと護衛が役目を降りるからです。まだ半月足らずですが、これから先は各国から抗議が来るのは必須」
「荷検めは数時間だぞ?そんなに遅れるのは商隊に問題があるんだろう」
「何を仰ってるんです。荷検めの正式な手順を踏まずと言ったでしょう?そのまま荷を解いて中にあるものを無造作に放り出し、何もないからと片付けもせず。例をあげれば果実を運んでいた商隊は品物のモーモが全て傷物になり廃棄処分をしたそうですよ。モーモは柔らかく運ぶ際の振動にも気を使うというのに」
それをしたのは私ではない。しかし護衛の兵士に問えば【検疫などした事がないので底まで確認すれば良いと思っただだけ】だと平然としている。
その上、人が入る事が出来る大きさの荷は全てと言っていたからだろうか。
箱から出すのが面倒な陶器類はかき分けている時に半分以上が割れたと言う。
「それから…ガルティネ公爵家から請求書が来ております。先日馬車を谷に落としたと仰いましたね。あれはガルティネ公爵家の馬車です。運んでいたのはご令嬢のプリエラ様のドレスなどをアルメイテ国のネイチュア伯爵が馬車を借りて運んでいたそうですが?」
「なんだって?!プリエラの?!」
私は、護衛の兵士を呼んだ。
馬が駆けぬけていったのは判ったが、私自身はその場を見ていないのだ。
「ネイチュア伯爵?まぁそんな名前は言ってましたね。確かに荷は女物のドレスでした。女を連れて逃げて行ったがあれはお針子か何かでしょうか。ドレスではなくワンピースのような服装でしたし。ただこっちも死亡した兵は26人、負傷した兵も19人。緊急に王都に連絡をして兵士を補充しましたが、こちらの方が請求書を出したいくらいです」
「兎に角、陛下も王妃殿下も激怒されておられます。一刻も早くお戻りください」
プリエラの手がかりとなる街まであと少しだと言うのに私は計画変更を余儀なくされた。
しかし、馬車の隊列を来た方向に向けるだけで2日。道幅が狭く旋回できないのが原因だ。私の馬車が後方にあるというのも、並びの順から言えばあり得ない事なので並び方を正すのに2日。
帰り道は腰が痛いと言ってもあまり聞き入れてもらえず、1日半で王宮に戻ってきた。
しかし、全身の痛みと、特に尻が砕けたかと思うような衝撃に私は立ち上がる事が出来ず数日ほど寝込んでしまった。体が全身打ち身のようになり熱も出てしまったのだ。
流石に父上も母上も病人相手に叱責はしなかった。
「お前はいったい…どこまで愚かなのだ」
やっと起き上がれるようになり、茶を楽しんでいると父上がやってきた。
いよいよ叱責を受ける時だと身構えたが、父上は拍子抜けするほど穏やかだった。
いったいなんだと思い、手に取ってみると、留守の間のフローネの散財の請求書だった。
私の私財を遥かに超える額を使っている。1着で5人家族の庶民が一切働かず5、6年遊んで暮らせる額のドレスが1日に数着、しかも毎日仕立てられている。宝飾品や小物。退屈だからと部屋から見える庭に呼んだ楽団や劇団。
それに匹敵するほどの公爵家の馬車、ドレスの請求書。
国が傾くじゃないか!!
追い打ちをかけるようにアルメイテ国の第二王子であるフィポリス殿下が入国していると言う。しかも王家よりも先にガルティネ公爵家で会談をしていると言うではないか。
幾ら非公式でもこれはないだろうと父上に詰め寄ったが、父上は思いもよらない事を口にした。
「もう疲れた。たった数か月が何十年にも感じる。血は拘るよりも断つべきだった。フィポリス殿下との会談は明後日だ。王太子として最後の仕事になるんだからしっかりやってくれよ」
「どういう意味です?父上?父上‥‥待ってください!父上ッ!」
父上は振り返る事はなかった。
従者に聞けば、王太子権限で抗議にきた貴族や商人の応対で2週間ほどまともに寝ていないのだと言う。それは父上が甘いところがあるからに他ならない。私ならそんな事はさせない。
王太子権限について抗議をしてくるとは何様だと思っているのか。
この国の貴族た商人にはもっとしっかりした教育が必要だ。
父上もフィポリス殿下との会談は王太子として最後の仕事と言っていた。
ならば貴族や商人の教育は国王として最初の仕事だと言う事だ。
なんだろう。この漲るような力は!
私は不思議な高揚感に包まれたのだった。
そして会談の日がやって来た。
早馬で隊列を追いかけてきた父上からの使いの兵士だった。
「良かった。2週間ほど前に出立されたのでもう終点の村を超えて街まで到着していたかと思いましたよ」
「終点の村?いや私が向かっているのは街の筈だが。違うのか?」
後ろで出立した時から馬の世話をしている兵士に問えばその街は終点の村から「通常」なら3日かかると言うのだが、この兵士は数を数える事が出来ないのだろうか?
「殿下、まず通常の日程ですがボンヌ国の王都から1日6、7回の休憩、馬の交換を挟んで12日間かかります。目的の街はそこから3日かかります。あくまでも【通常】であれば15日間です」
「なら、もう半分の所までは来ているだろう」
「いいえ。殿下の指示する速さであればどんなに急いでもあと半年はかかると思います。1時間走って腰が痛いと4、5時間の休憩。食事の時間はゆうに2、3時間。夜は日暮れと共に休んでますよね。2日前にここから見えるあの曲道で馬車を谷に落としたでしょう?」
「あぁ、そうだな。邪魔な馬車を落とした。音が凄かったな」
「あくまでも【通常】ならとっくに見えない所まで来ています。今の進み方は歩く方がずっと早いですから。馬を休憩させているのは、無駄に多い荷物を引く事で馬が疲弊するからです。長い距離を走らせた結果ではありませんよ」
なんという事だ。確かに馬車が石で舗装をされていない道を走るのは考えていた以上に尻が痛くなった。かといってずっと座っている訳にもいかず、耐えられるのが1時間だっただけだ。
痛みがかなり良くなったところで動き始めていたのだが、歩くより早いとは。
いったい庶民はどんな速さでこの悪路を歩いていると言うのだ。
その上、荷物が多いとはどういう事だ。
必要最低限の荷物だけ積み込んでいるはずだ。荷馬車9台にまで減らしたと言うのに。従者や侍女、メイドの数だって15人にしたんだ。多いはずがないだろう。多いのは各々が馬に騎乗している兵士の数の方だ。
「この地点は【通常】なら出立した翌日には通過する当たりです。そこを13日かかっているわけですから、この先の昇り傾斜がきつくなっている場所や、道幅が狭くなっている個所、村は下りにはいったところですから1日100メルトも進まないこの調子なら半年はかかるでしょう。いや2年はかかるかも知れません」
何故兵士や従者たちの目は非難めいているのだ。
だが、それだけ進んでいなかったとなれば、早馬の兵士が追いつけたのも頷ける。
「で、用件は何だ」
「陛下が大至急!城に戻れと仰せで御座います」
「何故?フローネが面倒事でも起こしているのか」
「面倒事を起こしているのは殿下です。兎に角大至急お戻りください。殿下が王太子権限で出されている荷検めが大問題になっております。このままではボンヌ国と取引をする国が無くなるかも知れない事態になっているのです」
「なんだって?どうしてそんな事に‥」
「荷検めの正式な手順を踏まず、売り物にならなくなった品が多数。その上捌かれた荷を入れ直したりで納品の予定を守れず取引そのものが出来なくなったり、予定日を越す事での違約金の発生。なにより、足止めをされる事で野盗に襲撃をされる商隊が増えたのです。商隊は1日幾らで護衛を雇っていますので日数が伸びた事で支払えないだろうと護衛が役目を降りるからです。まだ半月足らずですが、これから先は各国から抗議が来るのは必須」
「荷検めは数時間だぞ?そんなに遅れるのは商隊に問題があるんだろう」
「何を仰ってるんです。荷検めの正式な手順を踏まずと言ったでしょう?そのまま荷を解いて中にあるものを無造作に放り出し、何もないからと片付けもせず。例をあげれば果実を運んでいた商隊は品物のモーモが全て傷物になり廃棄処分をしたそうですよ。モーモは柔らかく運ぶ際の振動にも気を使うというのに」
それをしたのは私ではない。しかし護衛の兵士に問えば【検疫などした事がないので底まで確認すれば良いと思っただだけ】だと平然としている。
その上、人が入る事が出来る大きさの荷は全てと言っていたからだろうか。
箱から出すのが面倒な陶器類はかき分けている時に半分以上が割れたと言う。
「それから…ガルティネ公爵家から請求書が来ております。先日馬車を谷に落としたと仰いましたね。あれはガルティネ公爵家の馬車です。運んでいたのはご令嬢のプリエラ様のドレスなどをアルメイテ国のネイチュア伯爵が馬車を借りて運んでいたそうですが?」
「なんだって?!プリエラの?!」
私は、護衛の兵士を呼んだ。
馬が駆けぬけていったのは判ったが、私自身はその場を見ていないのだ。
「ネイチュア伯爵?まぁそんな名前は言ってましたね。確かに荷は女物のドレスでした。女を連れて逃げて行ったがあれはお針子か何かでしょうか。ドレスではなくワンピースのような服装でしたし。ただこっちも死亡した兵は26人、負傷した兵も19人。緊急に王都に連絡をして兵士を補充しましたが、こちらの方が請求書を出したいくらいです」
「兎に角、陛下も王妃殿下も激怒されておられます。一刻も早くお戻りください」
プリエラの手がかりとなる街まであと少しだと言うのに私は計画変更を余儀なくされた。
しかし、馬車の隊列を来た方向に向けるだけで2日。道幅が狭く旋回できないのが原因だ。私の馬車が後方にあるというのも、並びの順から言えばあり得ない事なので並び方を正すのに2日。
帰り道は腰が痛いと言ってもあまり聞き入れてもらえず、1日半で王宮に戻ってきた。
しかし、全身の痛みと、特に尻が砕けたかと思うような衝撃に私は立ち上がる事が出来ず数日ほど寝込んでしまった。体が全身打ち身のようになり熱も出てしまったのだ。
流石に父上も母上も病人相手に叱責はしなかった。
「お前はいったい…どこまで愚かなのだ」
やっと起き上がれるようになり、茶を楽しんでいると父上がやってきた。
いよいよ叱責を受ける時だと身構えたが、父上は拍子抜けするほど穏やかだった。
いったいなんだと思い、手に取ってみると、留守の間のフローネの散財の請求書だった。
私の私財を遥かに超える額を使っている。1着で5人家族の庶民が一切働かず5、6年遊んで暮らせる額のドレスが1日に数着、しかも毎日仕立てられている。宝飾品や小物。退屈だからと部屋から見える庭に呼んだ楽団や劇団。
それに匹敵するほどの公爵家の馬車、ドレスの請求書。
国が傾くじゃないか!!
追い打ちをかけるようにアルメイテ国の第二王子であるフィポリス殿下が入国していると言う。しかも王家よりも先にガルティネ公爵家で会談をしていると言うではないか。
幾ら非公式でもこれはないだろうと父上に詰め寄ったが、父上は思いもよらない事を口にした。
「もう疲れた。たった数か月が何十年にも感じる。血は拘るよりも断つべきだった。フィポリス殿下との会談は明後日だ。王太子として最後の仕事になるんだからしっかりやってくれよ」
「どういう意味です?父上?父上‥‥待ってください!父上ッ!」
父上は振り返る事はなかった。
従者に聞けば、王太子権限で抗議にきた貴族や商人の応対で2週間ほどまともに寝ていないのだと言う。それは父上が甘いところがあるからに他ならない。私ならそんな事はさせない。
王太子権限について抗議をしてくるとは何様だと思っているのか。
この国の貴族た商人にはもっとしっかりした教育が必要だ。
父上もフィポリス殿下との会談は王太子として最後の仕事と言っていた。
ならば貴族や商人の教育は国王として最初の仕事だと言う事だ。
なんだろう。この漲るような力は!
私は不思議な高揚感に包まれたのだった。
そして会談の日がやって来た。
応援ありがとうございます!
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