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★貴賓室の後始末

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泡を吹いて倒れそうな体を必死に立て直し、国王は目の前の3人に懇願した。

国が国であるのに国で無くなる事態。静かに音をさせないよう数人の従者が部屋の外に出て走り出した事にも気を回す余裕などなかった。


「陛下、早々に殿下に玉座を譲り隠居を勧める。大丈夫だ、殿下には心強い貴族が付いておられる。なぁジョルジュ新国王?」


不敵な笑みを浮かべるラウールにジョルジュは思い当たる節があった。
プリエラを捜索せねばとゲキを飛ばしていた時、言い寄ってきた貴族達だ。彼らは自分の娘や親族の娘はどうかと声をかけてくるかたわらで、口を揃えてラウールの事をこう言っていた。

『王家に対する謀反、逆臣』であると。

しかし、ジョルジュも知らぬわけではない。
ガルティネ公爵家やセイレン公爵家が負担し、納めている税もだが領地が広大である事。
そして代々の人望からそれを慕う貴族が兎角多い事を。


ジョルジュは項垂れる両親である両陛下の後ろを回り、自分とは対角線上の位置に腰を掛けていたラウールの元に走り寄った。

かの日のように床に膝をつき、立てた片膝よりも頭を垂れた。

「申し訳ないっ。頼む。思いとどまってくれないか。ガルティネ公爵家を始めとして多くの貴族が居なくなれば残った領地の民もそちらに流れていく。国が国で無くなってしまう。プリエラを諦めろというのならそうする。だから思いとどまってくれないか」

静まり返った貴賓室だったが、ジョルジュは誰かが立ち上がる音にハッと顔をあげた。
立ち上がっていたのはプリエラ。

プリエラの目はジョルジュを見ていた。思わず縋るようにプリエラを見返した。

が…。

「殿下ほどの日和見な男性がこの国に、しかも王太子殿下で私の婚約者だったなどと恥さらしもいい所ですわ。家長から許可も取っております。ジョルジュ様、全てを投じられる愛する人もおられまことに僥倖。ゆっくりと胸に手を当て感慨にひたりなさいませ」


ジョルジュの頭の中であの日の自分の言葉がこだまする。

☆彡☆彡

「君ほどの悪辣な女性がこの国に、しかも筆頭公爵家令嬢で私の婚約者だなどと恥さらしもいい所だ。父上から許可も取っている。プリエラ・ガルティネ。この場でその身を投獄する。牢でゆっくりと胸に手を当て反省をするがいい」

☆彡☆彡


「話は住んだな。引っ越しの準備もあるし帰るとするか。おっと陛下。王都を出るならお早めに。王都を囲んでいる領地は間もなくアルメイテ国の警備兵で封鎖をされますのでね?街道も通行税の支払いにボンヌ国の通貨は使えませんよ」

プリエラとジョルジュの視線はラウールが立ち上がった事によって断ち切られた。
ジョルジュの目の前で、フィポリスがプリエラをエスコートして部屋を出ていこうとする。

「待ってくれぇ!! ウギャァ!!」

プリエラのドレスの裾を掴もうとしたジョルジュの手はラウールの靴の下にあった。

「陛下、床に凹凸がある。だ。同じ場所に躓き過ちに学ばず全てを失うバカもいるご時世。補修をするなら業者を紹介するぞ」


踏みつける脚をどかそうと藻掻く愚息などもう目に入っていない国王はラウールに問いかけた。


「ガルティネ公爵…」

「陛下。どうされた?」

「王都の民は…せめて自由な移動をさせてやってはくれまいか」

「陛下、良識と常識のある者の行動を制限する事はありませんよ?」

「感謝する」

「それほどでも。私はとは対話はしますのでね」


部屋に残った国王と王妃、そして痛みに体を丸めるジョルジュ。
国王は最後まで残ってくれた護衛兵にジョルジュを2人の女が待つ部屋に運ばせた。






「ジョルジュ。どのような形になろうとボンヌ国に側妃制度はない。どちらかをお前が選ぶんだ」

「そんなっ!父上。この2人では妃として全てが足りません。無理です」

「足らないのはお前の頭だ。さぁどっちでも好きな方を選べ」

国王とジョルジュの会話にフローネは付き人とした男爵令嬢を睨みつけ、ツカツカと近寄ると思い切り突き飛ばし、馬乗りになって扇でその顔をはたいた。


「どういうつもりッ!貴女!ジョーと寝たの?!言いなさいよ!!」

バシバシとしていた扇の音は、女がフローネの腕を掴んだ事で止まった。
仰向けになり、倒れても女は不敵にフローネに笑った。


「アンタより、私の方が良いって。アンタは一回こッきりだったけど、私は――」

「キィィイ!!黙れ!黙れ!黙れぇぇ!!」

「何すんのよ!顔に爪を立てんじゃないわよッ!!」

「ジョーは私のものよ!何年かけて調したと思ってるのよ!!」

「知った事か!!あんな腰振りサルが欲しけりゃやるよ!」

「腰振りって!やっぱり寝たのねっ!!この淫売!恩も忘れて!!阿婆擦れっ」

「思ったより金のない王子なんてクソくらえよ!」


顔を引っ掻き、髪を掴んで2人の女が右へ左へ転がりながら大喧嘩を始めてしまった。
溜息を吐いて顔を背ける父の国王以上に、ジョルジュはその2人に呆れて声も出なかった。
女の本性も、フローネの本音も知ったジョルジュだがこの二択以外の選択肢はなかった。

自分を2回騙したが、寝取られた事に怒るフローネか。
自分を騙したのは1回だが、金にしか興味のない女か。
ジョルジュはどちらも嫌だ、幽閉されるのであれば1人で入りたいと願ったが父の国王は首を縦には振らなかった。

「2人でもいいがな」

ポツリと呟きが聞こえたが、とんでもないとジョルジュは首を横に振った。
1人でも面倒なのに2人だなんて真っ平ごめんである。

「私が居なくなれば誰が継承者になるんですか」

もしかすると、その点だけでも自分は助かるかも知れないとジョルジュは希望を抱いた。
誰がどう足掻こうと、息子は自分しかいないのだ。
じぃぃっと自分を見つめる国王の視線。

「山でサルでも捕まえてくる。お前に心配されるような事ではない」

父の目に本気を感じたジョルジュはその場に突っ伏して泣いた。






ジョルジュが選んだのはフローネだった。

「え?…ジョーは王太子じゃないの?どうして?」

「これからは父上の雑用係として――」

「バカじゃないの?!もう一度頼みなさいよ!陛下の御子はジョーだけでしょう?!」

「だからだよ。陛下の子供だから生かされる事になった。それだけだけどね」


王籍を抜かれてしまったジョルジュに与えられた仕事は、小さくなった国には出張機関などは必要がなくなり、今までそこに苦情を言ってきていた庶民の窓口係となる事、そして残ってくれた王宮の使用人達の使用する控室や利用する通用口から外門までを掃除する事だった。

王宮の使用人に姿を見られる事は禁止されている。王宮の中を掃除する使用人の姿が会議中などに見えないのと同じである。姿は見せてはいけないのだ。
使用人達の気配がするとジョルジュは木陰に身を顰め、彼らをやり過ごす。

最初の頃は落ちぶれた自分の事を嘲笑う言葉に、なんどか目の前に飛び出し言い合いになった。だが喧嘩両成敗ではなくジョルジュの言い分など誰も聞いてはくれなかった。



窓口で市井の民の苦情にジョルジュは同情をして肩入れをしたが誰も取り合ってくれなかった。

「母親が病気なんだぞ?何故助けない?!」「子供が病気だと言ってるじゃないか」

しかし、数か月すると自分が騙されていた事に気が付いた。
同情を誘って僅かばかりの金を支給してもらい、酒や博打に明け暮れている者達が手を変え品を変えて支給金ほしさにやって来るのを知ったからである。



また騙された。項垂れて粗末な家に戻ればやっと生活が出来る程度の給金しかないのにフローネはそれで博打をし、勝った日には酒を買って水で薄めたものを朝から飲んで酔っ払っていた。
家にいない時は盛り場にある店の裏口に並べられている酒の空きビンを咥えていたり、客に交じって際どい接待をする女給仕のようにタダ酒を煽っていた事もある。

侯爵令嬢だった立場があるからだろう。
フローネはその言動で近所からも遠巻きにされていた。

もう1人の女のほうがまだ良かったかと思ったが、アルメイテ国の手前もあり国王はジョルジュが選ばなかった誘拐犯の女は日も当たらない城の地下牢に送った。もう生きているかも判らない。



今日も酒場でくだを巻いていると向かいに住む男が扉を叩く。
ジョルジュは仕事から戻ったばかりで疲れた体に鞭打ってフローネを迎えに行った。


「お願いだからちゃんとしてくれよ。王宮の掃除の仕事が無くなったら家賃も払えない」

「なぁに言ってんのよ。元々はジョーが悪いのよ?アタシは王妃になるはずだったのに、こんなボロ小屋で!何日も粗末な服を着て!満足に食事もない!誰のせいでこんなみじめな思いをしてると思ってんのよ!」


過去にフローネに唆されたとはいえプリエラへ放った言葉を思い出す。

☆彡☆彡

「私の婚約者である立場、未来の王妃たる者が教育も疎かに身繕いや遊興に明け暮れ、爵位を傘に罵詈雑言」

☆彡☆彡


自分では歩けないほどに出来上がったフローネを背負ったジョルジュは結局全てが自分に返ってきただけなのだと小さく笑った。


自ら残った領地を駆け巡った国王にはもう求心力もない。
ボンヌ国は衰退の一方を辿り、25年後、国王の崩御でその国の歴史を閉じた。

☆彡☆彡

次回最終回!!火曜日完結がんばるぞー!(^0^)/オー
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