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第29話  エスラト男爵家の救済

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ガネル男爵夫妻がケインが次になんと言葉を吐くのかと身を小さくしていると兵士に連れられてチャールズが家の中に入って来た。

「実はね、彼。そこに座っている顔は怖いけど不動産業をしている彼の所有物件を勝手に使っていたらしいんだよ。もしかしてと思って調べたけど、チャールズ君はガネル男爵にまだ籍があるよね?」

「は、はい…。ですがっ!明日には籍も抜こうと!」

「これからの予定を聞いているんじゃないんだ。籍があるかないか。念のためガネル殿に確認してるんだ」

「あ、あります」

強面の男は身を乗り出すと書面をケインに手渡す。
小さな声で「割引率高いね」と返して、ケインはガネル男爵夫妻に書面をクルリと回して内容を見せた。

「えぇっ?!2400万?!」
「そうなんだよ。困った事にガネル殿の子息チャールズ君が忍び込んで部屋を使っていたものだから、折角買い手が数人いたのに全部話が流れちゃったんだよ。そりゃ浮浪者とも何とも言えない男が住み着いて居たらセカンドオーナー物件じゃなくなるからね」

1件、2件、話が流れるだけならまだしも、度々、しかも短期に集中して話が流れチャールズが勝手に住処としていた部屋は事故物件と噂をされて、所有している不動産屋である強面の男は「他の部屋も碌なものじゃない」と風評被害を被ったと言い出した。


エスラト男爵と夫人は物は違えど、まるっきりエスラト男爵家が被った被害と同じだと感じた。


「人様に迷惑を掛けたら払わないとね。籍があるなら両親もまさか…知りませんでしたなんて通用するとか子供でもしない言い訳はしないよね?」

「そ、それは…私どももなんとかしようと思いますが…」

「ウチはガネルさんから息子さんを人材派遣して頂いたんですけどもね。まさかまさかでしたよ。ウチの物件を散々にした元凶を受け入れるわけには参りませんのでね。先に支払った代金を返金して頂きますよ。まさかこんな…いやいや男爵という爵位があるのに騙されるとは思いませんでしたので」

無い袖は振れないし、払いませんなど反社の男の前で言えば明日の朝には川に浮いているかも知れない。全身の水分が噴き出したように汗だくになったガネル男爵が弁明するが、散々に排気ガスを吸い込んで気絶していたチャールズが目を覚まし、いとも簡単に場を混乱させてしまった。

「うぅっ・ゴホッゴホ…お、親父っ?!なんでここ?え?エスラト家?‥‥そうだ!シェイナ!お前が悪いんだ!お前のせいで俺はんだぞ?責任取って賃料を払えよ!」

「バッ!!バカっ!余計な事を言うんじゃない!」

慌ててチャールズに駆け寄って口を塞ごうとしたのだが足が縺れて夫人に覆いかぶさるように倒れてしまったガネル男爵はついでに肘を思い切りテーブルの角にぶつけてゴニョ!不気味な音がした。

「売られた?聞き捨てならない言葉ですね。ガネル男爵家は人身売買でもされておられるのか?」
「まさか!違います。チャールズが勝手に!この子は学がないので!」
「ま、色々と聞きたい事がガネル殿にはあるんだ」

ケインの言葉に多少の抵抗をしたものの、ガネル男爵は夫人とともに兵士に連行されて行った。その間もチャールズはシェイナの名を呼んで叫び続けた。

チャールズの声にライネルはシェイナの前に壁になるように体を寄せた。

「聞かなくていいよ」
「いいえ…」

ライネルの腕を後ろからそっと掴んだシェイナの手は少し震えていたが、ライネルの耳にシェイナが深呼吸をする音が聞こえた。当時に腕を掴む手から震えが消えて、少し力が強くなった。

「シェイナ!やっぱりその男と!でもいいんだ。俺も悪い部分はあった。離れてみて判ったんだ。俺にはシェイナしかいないしそれはシェイナも同じだろう?」

シェイナは体を盾に庇ってくれたライネルの隣に立ち、チャールズに1歩、2歩と近づいた。
近づいて来たシェイナにチャールズは表情を緩めた。

「判ってくれるだろう?部屋は…俺にくれるって聞いたから使っていただけだ。でも聞いてくれ。あの部屋は俺とシェイナのためにある部屋なんだ。親父はあんなのだから…アテにならなくて申し訳ないんだが金を立て替えてくれないか?頼む!シェイナにも負担する義務があるって判るだろう?」

トランクに入れられていたのと、気絶をしていた事でスレム家やガネル男爵への話が理解出来ていないチャールズは運ばれてくる前の恐怖から強面の男の顔を見てシェイナに擦り寄ろうとした。

床に転がり、やっと上半身を起こして好き勝手に喚くチャールズをシェイナは冷たい目で見下ろした。


「私、やっぱりあなたのこと、大っ嫌い!最低だわ」
「なんだと?」
「嫌いだと言ったの。貴方とやり直すなんて無理。これでも考えたのよ。必死な貴方を見て許さなきゃいけないんじゃないかって。でも…許すとかそれ以前の問題だと気が付いたの」
「どう・・・シェイナ!騙されてるんだ。誰に何を言われたんだ?」

ずりっと体を寄せてくるチャールズだったがシェイナは逃げなかった。

「何も言われてないわ。私自身が思ったの。貴方とは生まれ変わって何にも知らない間柄でも無理だって。どんなに甘い言葉を吐かれても…もうあなたの言葉が本心かどうかも判らない。そうやって何かある度に悩まなきゃいけない。忘れようとしても何かある度にあの時はって思い出すのも嫌なの」

「それはっ!確かに酷い裏切りをした事は認めるし謝る。悪かった。二度と嫌な思いはさせない!だって俺には!!俺にはシェイナしかいないんだ!」

「嫌な思いをさせない…それはあなたがする事で、どう思うかは私の気持ちなの。ごめんなさい。貴方といると…貴方の顔を見ると、貴方の声をきくと…嫌な気持ちになってしまうの」

「だから!すまなかったと何度も言ってるじゃないか。どうして判らないんだよ。どうして許してくれないんだよ」

「どうして!どうして!どうしてって!恩着せがましいのよ!謝ってるから許せ?許すかどうか決めるのは私!貴方じゃないの!決めるのは私なの!」

ライネルはシェイナの二の腕を後ろからそっと覆って「もういいから」と後ろに下がらせた。

恩着せがましいと言われたのがショックなのか。それともシェイナがここまで感情をあらわにする事が今までなかったからか。チャールズは放心していた。

ライネルはケインに目配せをすると、ケインは兵士に命じチャールズを立たせた。
力なくやっと立っているだけのチャールズは口も半開きのまま。言葉を吐く事はなかった。



「彼は然程大きな罪にはならないだろうけど…ちょっと陛下がお怒りでね」

耳の横で人差し指を立てて悪魔のような角に見立てたケインはおどけたが、国王と王太子が今回の事に静観しているようで調査を命じたのは事実だった。

「エスラト男爵、そして夫人。今更だとは思うがエスラト家に国を出られてしまっては困るんだ。医療はこの先国を支える大きな柱となる。国を挙げて今後の支援もすると仰ってくださっている。どうか残ってはくれないか?」

ケインの言葉に顔を見合わせたエスラト男爵夫妻。非常~に申し訳なさそうにケインに告げた。

「なら急がないと領地…今、土を剝いでます」
「エェーッ?!」
「今週中にはもう出立しようと思いまして、過日…廃家の届けも出しました」

そう、ケインが事を急いだのはエスラト男爵家の廃家届けが出されたからだった。
自助努力は他家に見せる事もでも無く、周囲からはまだ耐えられるとみられていたエスラト男爵家。限界だったのだ。

「本当に申し訳ないっ!」
「いえいえ。ハッセル様が頭を下げられる事ではありませんから」

その後、ケインは急ぎ使いを出してエスラト男爵領の原状回復はなんとか食い止める事が出来たが、エスラト男爵夫妻の決意は固く、廃家にすること、一旦国を出る事の考えが変わる事はなかった。
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