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ベネディクトの困惑
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わざと大きな音を立てて扉を閉じた後、ベネディクトはソファに座り込み頭を抱えた。
ベネディクトはディアセーラの事が好きで好きで堪らないのだ。
突然避け始めたのは、世継ぎを作るための教育が始まったからである。
それまでディアセーラの事を性的な対象として見たことは一度もなかった。
ただ、女性である事からどうやっても体力や腕力では男性に敵わない事もある。それを補うのが当然だと教えられていたベネディクトだったが、知らなかった知識を学ぶ事でディアセーラと目を合わす事も出来なくなった。
ドレスや宝飾品を贈り、それを身につけたディアセーラは眩しかった。
色もベネディクトの髪色の銀と瞳の色の赤を基調としていて、まるでディアセーラが自分の一部になったと錯覚をしてしまったほどに。
誰にも見せたくないという欲求が高まり、出席をしなければならない事も、自分の婚約者なのだから貴族たちの挨拶を隣で受けねばならない事も頭では理解をしているのだが、理性が反発してしまった。
ダンスを踊る時も、続けて踊る事は可能だがベネディクトも第一王子、そして立太子後には王太子という立場があり、最初から最後までパートナーを変えずに踊り続けるのは不可能だった。
どうしてもダンスは種類やその曲調によっては体を密着させる場合があるし、何より手を取り、背や腰にも手を回さねばならない。ディアセーラ以外の令嬢や夫人と踊る姿を見せたくない。
その思いよりも、自分が他の女性と踊るという事はディアセーラも自分以外の男性と踊る事にもなる。
我儘だと言われようが、それだけはどうしても許せなかった。
なので、順番を待つ子息や紳士の前で体調不良として控室に下げさせる。ベネディクトはそんな方法しかディアセーラを守る術を見出す事が出来なかった。
菓子を作ってきてくれた事は、飛び上がるほど嬉しかったのだ。
抓んで落ちるクズですら余すところなくベネディクトは腹の中におさめた。
しかし、どうしても焼き菓子は火傷の危険性もあるし、水を触れば手は冷たくなるし、生地を混ぜれば腕も指も疲れてしまう。
何より許せなかったのは、調理長は男性だった事である。
料理長だけではなく、王宮の厨房に女性の料理人はいない。配膳をする女性給仕はいるが菓子を作る手解きをするのが自分以外の男だと言う事が我慢ならなかった。
「殿下、いい加減になさってください。このままでは嫌われますよ」
専従の従者は毎日のようにベネディクトに苦言を呈した。
ベネディクトは判っていると言いながらも気持ちを素直に伝える事が出来ずにいた時、従姉妹に当たるマリッサ、エレイナが執務室を訪れた。
「え?これ何?」
「うわっ。触るなよ」
「少しくらいいいじゃない。ね?開けていい?」
「やめろって!」
ディアセーラの14歳の誕生日の贈り物だった。
翌年に控えたデビュタントにはドレスと宝飾品を贈るように考えてはいたが、ベネディクトは国王、王妃に許可を得て庭師の元で手伝いをする事で得た金で小さな赤い石が付いたイヤリングを買ったのだ。
「なにこれ。こんな安物のクズ石だと公爵令嬢じゃ見向きもしないわよ?」
「そうなのか?!」
ベネディクトは購入する時に考えたのだ。残った金で花とカードも買おうとしてもう少し大きな石の付いたイヤリングからランクを落としたのだ。
マリッサとエレイナに言われるがままに王宮に宝石商を呼び、講師代として2人は宝石商が持ってきた中で一番良い品と二番目に良い品を買った。
「三番目か…」
「判ってないわね?女はね嫉妬させないとダメなのよ」
「嫉妬?」
「そう。最近あなた達あまり仲が宜しくないって聞くわよ?」
エレイナに痛い所を突かれるが、意地を張っているのはベネディクトでその事が言い出せなかった。それよりも嫉妬をさせる意味が分からなかった。
「なんでもかんでも一番良い物を与えちゃダメ。優劣をつけてもっと自分を磨けと気付かせる事が大事なのよ」
「そうよ。あの令嬢より綺麗になってもっと自分を見て欲しい。そう思って女は自分を磨くの。で、そこにご褒美的なものが与えられれば、より相応しくなろうって頑張れるのよ」
ベネディクトは長子。半分血の繋がった弟は年齢が近いが実妹となる妹はまだ7歳。宝石などより絵本や人形のほうが好きだった。ディアセーラが絵本や人形で喜んでいるのを見た事がなかったベネディクトは恥ずかしさもあり、マリッサとエレイナに女性についての扱いを教えてもらったのだが、それが大きな間違いだとは気が付かなかった。
マリッサとエレイナは姉妹だが、父親は王弟。兄弟姉妹の婚姻は禁じられていたが、いとこ同士の結婚は禁じられていなかった。実際国王と王妃は従兄妹の関係に当たる。
虎視眈々とベネディクトの隣の座を狙っている思惑など判る筈もない。
言われるがままにディアセーラにきつく当たり、さらにエスカレートさせていく。
表情に感情を乗せる事を禁じられているディアセーラだったが、時折眉を顰めたり、視線をそらしてしまうその仕草にベネディクトはディアセーラの心を操っているつもりになってしまった。
「ダメだ。この頃セーラが…」
「何を言ってるの。あんな生意気な口に利き方を許すなんて」
「そうよ。夫が妻を躾けずにどうするのよ」
「躾けると言っても、セーラは講師にも褒められているし」
「関係ないわ。出来がいいのに越した事はないのよ。でもね?手綱はしっかり握らなきゃダメ。もっと自分を敬うように…そうね、もっと強い嫉妬をさせなきゃダメよ」
マリッサやエレイナの息がかかった令嬢を月替わりで隣に侍らせ始めたベネディクトに、専従従者は声を荒げた。
「取り返しが付かなくなりますよ!ブロスカキ公爵を怒らせる事だと何故判らないんですか」
「セーラが嫁げば関係ないだろう」
「そんなわけないでしょう?義父となるのですよ?何より婚約中からこれ見よがしに他の女性と懇意にしている男に嫁がせたいと思う親、特に男親なんていませんよ!」
ベネディクトは悩んだが、マリッサの言葉にそれまで13年仕えてくれた専従従者を解任してしまった。
「あの従者は幼女好きなのよ。自分の娘だというのに。おぉ、穢らわしいこと」
確かにその従者には娘が生まれ、事あるごとに他の使用人達に這うようになった、つかまり立ちをするようになったと目尻を下げて頬を染め語っている事が多かった。
ブロスカキ公爵家からも抗議が何度も届き、直接ブロスカキ公爵からチクリと釘を刺されるようにもなった上、国王や王妃からもディアセーラに対しての言葉使いや、ベネディクトの行動そのものについても注意を受けるが、マリッサ、エレイナは涼し気に言った。
「昔のやり方を今の時代を生きるわたくし達に強要ってどう?変だと思わない?」
「そうだな。確かに…しきたりだとか、若い頃はこうだったと五月蠅い」
「でしょう?ディックは次期国王なのよ?そうだ、一度バシっとしてみたらどう?」
「バシッとって…どういう意味だ?」
「公爵家と言っても所詮は王族じゃない人間だもの。どちらが上なのか判らせてあげたらいいのよ」
「どうやって?」
マリッサはエレイナの頬を張る真似をした。
だが、ベネディクトは手をあげる事など出来ないと即座にその案を却下した。
「判ってるでしょう?先月、先々月のジーナとフレデリア。思い出してみて?側においてほしいって泣かなかった?」
ベネディクトは2人の事を頭に思い描いた。
月替わりの恋人という案は、1人の令嬢と長くなれば婚約の見直しがあるやも知れないからと取り換える。それはマリッサ、エレイナ、ベネディクトの3人の共通認識だった。
だが、一時でも夢を見た令嬢たちは「もしも」を考える。名前の出た2人の令嬢だけでなくそれまでの令嬢は、はらはらと涙を流しながらベネディクトの側にいたい、いさせてくれるなら何でもすると懇願した。
「頬を張るのが嫌なら突き飛ばしてみたら?尻もちをつくくらいなら大丈夫でしょう?」
「だけどそんな事をしてけがをさせたら!」
「大丈夫よ。登城する時ドレスの下は転んだ時に備えて布を多く使ったドレスだもの」
「突き飛ばして殴る振りでもしてみれば力関係を理解するわ。従順になるわよ」
「そうかな…」
「婚約破棄する!とでも言ってみたら?そんな事になったら公爵家もタダじゃ済まないしディアセーラだって従う事が当然だとなるわよ」
マリッサとエレイナの甘言に乗せられて、ベネディクトは執務室にやってきたディアセーラを罵った。
しかしその日はディアセーラも切羽詰まった案件を抱えていた。
隣国と共同で海路を開き、海の向こうの大陸の国との交易を始めるための足掛かりとなる式典を控えていたのだ。失敗をすれば事業が頓挫するだけではなく、ベネディクトの王太子の座すら危うくなる。
内容すら把握をしていないベネディクトにディアセーラはいつもよりも口調が強かった。
「わたくしだけでは今回は乗り切れないと言っているのです」
「大袈裟なんだよ。では一体セーラは何年妃となるための教育を受けてきたんだ?」
「17年で御座います。ですが、それは殿下も同じ。失敗をすればもう王太子という位置も危うくなる。それも判らないのですか」
「そこを上手くやるのが妃となるセーラの仕事だろうが!」
「何もかも人任せにするのなら王太子と言う座もお任せすれば如何ですの!」
本当に突き飛ばすつもりはなかった。
しかし進退を言い出したディアセーラについカッとなったベネディクトはディアセーラの髪と肩を掴むと扉を足で蹴り飛ばしディアセーラを突き飛ばしてしまった。
文官に支えられるように倒れ込んだ事に更に頭に血が上ってしまった。
――他の男に腕を掴まれて、何故振り解かない!!――
怒りに任せてベネディクトは甘言に乗せられたと言っても口にしてはならない言葉を発してしまったのだ。
「婚約は解消、いや破棄だ!今度王城でその顔を見せてみろ。投獄の上、息絶えるまで鞭で打ち据え、最期は首を刎ねてやるッ」
マリッサやエレイナの言葉通りなら、ディアセーラはベネディクトに許しを乞い、縋る筈だった。
しかし…
「ブロスカキ公爵家が娘ディアセーラ。婚約破棄、しかと承りました」
予想外の答えにベネディクトはディアセーラに立ち去るように伝えたが、実はベネディクト自身が混乱してしまっていた。
それまでどんな強い言葉で詰ってもディアセーラが家名を出す事は一度もなかった。
とてもつなく大きな間違いをしてしまったのではないか。
ベネディクトはさらに深く頭を抱えた。
ベネディクトはディアセーラの事が好きで好きで堪らないのだ。
突然避け始めたのは、世継ぎを作るための教育が始まったからである。
それまでディアセーラの事を性的な対象として見たことは一度もなかった。
ただ、女性である事からどうやっても体力や腕力では男性に敵わない事もある。それを補うのが当然だと教えられていたベネディクトだったが、知らなかった知識を学ぶ事でディアセーラと目を合わす事も出来なくなった。
ドレスや宝飾品を贈り、それを身につけたディアセーラは眩しかった。
色もベネディクトの髪色の銀と瞳の色の赤を基調としていて、まるでディアセーラが自分の一部になったと錯覚をしてしまったほどに。
誰にも見せたくないという欲求が高まり、出席をしなければならない事も、自分の婚約者なのだから貴族たちの挨拶を隣で受けねばならない事も頭では理解をしているのだが、理性が反発してしまった。
ダンスを踊る時も、続けて踊る事は可能だがベネディクトも第一王子、そして立太子後には王太子という立場があり、最初から最後までパートナーを変えずに踊り続けるのは不可能だった。
どうしてもダンスは種類やその曲調によっては体を密着させる場合があるし、何より手を取り、背や腰にも手を回さねばならない。ディアセーラ以外の令嬢や夫人と踊る姿を見せたくない。
その思いよりも、自分が他の女性と踊るという事はディアセーラも自分以外の男性と踊る事にもなる。
我儘だと言われようが、それだけはどうしても許せなかった。
なので、順番を待つ子息や紳士の前で体調不良として控室に下げさせる。ベネディクトはそんな方法しかディアセーラを守る術を見出す事が出来なかった。
菓子を作ってきてくれた事は、飛び上がるほど嬉しかったのだ。
抓んで落ちるクズですら余すところなくベネディクトは腹の中におさめた。
しかし、どうしても焼き菓子は火傷の危険性もあるし、水を触れば手は冷たくなるし、生地を混ぜれば腕も指も疲れてしまう。
何より許せなかったのは、調理長は男性だった事である。
料理長だけではなく、王宮の厨房に女性の料理人はいない。配膳をする女性給仕はいるが菓子を作る手解きをするのが自分以外の男だと言う事が我慢ならなかった。
「殿下、いい加減になさってください。このままでは嫌われますよ」
専従の従者は毎日のようにベネディクトに苦言を呈した。
ベネディクトは判っていると言いながらも気持ちを素直に伝える事が出来ずにいた時、従姉妹に当たるマリッサ、エレイナが執務室を訪れた。
「え?これ何?」
「うわっ。触るなよ」
「少しくらいいいじゃない。ね?開けていい?」
「やめろって!」
ディアセーラの14歳の誕生日の贈り物だった。
翌年に控えたデビュタントにはドレスと宝飾品を贈るように考えてはいたが、ベネディクトは国王、王妃に許可を得て庭師の元で手伝いをする事で得た金で小さな赤い石が付いたイヤリングを買ったのだ。
「なにこれ。こんな安物のクズ石だと公爵令嬢じゃ見向きもしないわよ?」
「そうなのか?!」
ベネディクトは購入する時に考えたのだ。残った金で花とカードも買おうとしてもう少し大きな石の付いたイヤリングからランクを落としたのだ。
マリッサとエレイナに言われるがままに王宮に宝石商を呼び、講師代として2人は宝石商が持ってきた中で一番良い品と二番目に良い品を買った。
「三番目か…」
「判ってないわね?女はね嫉妬させないとダメなのよ」
「嫉妬?」
「そう。最近あなた達あまり仲が宜しくないって聞くわよ?」
エレイナに痛い所を突かれるが、意地を張っているのはベネディクトでその事が言い出せなかった。それよりも嫉妬をさせる意味が分からなかった。
「なんでもかんでも一番良い物を与えちゃダメ。優劣をつけてもっと自分を磨けと気付かせる事が大事なのよ」
「そうよ。あの令嬢より綺麗になってもっと自分を見て欲しい。そう思って女は自分を磨くの。で、そこにご褒美的なものが与えられれば、より相応しくなろうって頑張れるのよ」
ベネディクトは長子。半分血の繋がった弟は年齢が近いが実妹となる妹はまだ7歳。宝石などより絵本や人形のほうが好きだった。ディアセーラが絵本や人形で喜んでいるのを見た事がなかったベネディクトは恥ずかしさもあり、マリッサとエレイナに女性についての扱いを教えてもらったのだが、それが大きな間違いだとは気が付かなかった。
マリッサとエレイナは姉妹だが、父親は王弟。兄弟姉妹の婚姻は禁じられていたが、いとこ同士の結婚は禁じられていなかった。実際国王と王妃は従兄妹の関係に当たる。
虎視眈々とベネディクトの隣の座を狙っている思惑など判る筈もない。
言われるがままにディアセーラにきつく当たり、さらにエスカレートさせていく。
表情に感情を乗せる事を禁じられているディアセーラだったが、時折眉を顰めたり、視線をそらしてしまうその仕草にベネディクトはディアセーラの心を操っているつもりになってしまった。
「ダメだ。この頃セーラが…」
「何を言ってるの。あんな生意気な口に利き方を許すなんて」
「そうよ。夫が妻を躾けずにどうするのよ」
「躾けると言っても、セーラは講師にも褒められているし」
「関係ないわ。出来がいいのに越した事はないのよ。でもね?手綱はしっかり握らなきゃダメ。もっと自分を敬うように…そうね、もっと強い嫉妬をさせなきゃダメよ」
マリッサやエレイナの息がかかった令嬢を月替わりで隣に侍らせ始めたベネディクトに、専従従者は声を荒げた。
「取り返しが付かなくなりますよ!ブロスカキ公爵を怒らせる事だと何故判らないんですか」
「セーラが嫁げば関係ないだろう」
「そんなわけないでしょう?義父となるのですよ?何より婚約中からこれ見よがしに他の女性と懇意にしている男に嫁がせたいと思う親、特に男親なんていませんよ!」
ベネディクトは悩んだが、マリッサの言葉にそれまで13年仕えてくれた専従従者を解任してしまった。
「あの従者は幼女好きなのよ。自分の娘だというのに。おぉ、穢らわしいこと」
確かにその従者には娘が生まれ、事あるごとに他の使用人達に這うようになった、つかまり立ちをするようになったと目尻を下げて頬を染め語っている事が多かった。
ブロスカキ公爵家からも抗議が何度も届き、直接ブロスカキ公爵からチクリと釘を刺されるようにもなった上、国王や王妃からもディアセーラに対しての言葉使いや、ベネディクトの行動そのものについても注意を受けるが、マリッサ、エレイナは涼し気に言った。
「昔のやり方を今の時代を生きるわたくし達に強要ってどう?変だと思わない?」
「そうだな。確かに…しきたりだとか、若い頃はこうだったと五月蠅い」
「でしょう?ディックは次期国王なのよ?そうだ、一度バシっとしてみたらどう?」
「バシッとって…どういう意味だ?」
「公爵家と言っても所詮は王族じゃない人間だもの。どちらが上なのか判らせてあげたらいいのよ」
「どうやって?」
マリッサはエレイナの頬を張る真似をした。
だが、ベネディクトは手をあげる事など出来ないと即座にその案を却下した。
「判ってるでしょう?先月、先々月のジーナとフレデリア。思い出してみて?側においてほしいって泣かなかった?」
ベネディクトは2人の事を頭に思い描いた。
月替わりの恋人という案は、1人の令嬢と長くなれば婚約の見直しがあるやも知れないからと取り換える。それはマリッサ、エレイナ、ベネディクトの3人の共通認識だった。
だが、一時でも夢を見た令嬢たちは「もしも」を考える。名前の出た2人の令嬢だけでなくそれまでの令嬢は、はらはらと涙を流しながらベネディクトの側にいたい、いさせてくれるなら何でもすると懇願した。
「頬を張るのが嫌なら突き飛ばしてみたら?尻もちをつくくらいなら大丈夫でしょう?」
「だけどそんな事をしてけがをさせたら!」
「大丈夫よ。登城する時ドレスの下は転んだ時に備えて布を多く使ったドレスだもの」
「突き飛ばして殴る振りでもしてみれば力関係を理解するわ。従順になるわよ」
「そうかな…」
「婚約破棄する!とでも言ってみたら?そんな事になったら公爵家もタダじゃ済まないしディアセーラだって従う事が当然だとなるわよ」
マリッサとエレイナの甘言に乗せられて、ベネディクトは執務室にやってきたディアセーラを罵った。
しかしその日はディアセーラも切羽詰まった案件を抱えていた。
隣国と共同で海路を開き、海の向こうの大陸の国との交易を始めるための足掛かりとなる式典を控えていたのだ。失敗をすれば事業が頓挫するだけではなく、ベネディクトの王太子の座すら危うくなる。
内容すら把握をしていないベネディクトにディアセーラはいつもよりも口調が強かった。
「わたくしだけでは今回は乗り切れないと言っているのです」
「大袈裟なんだよ。では一体セーラは何年妃となるための教育を受けてきたんだ?」
「17年で御座います。ですが、それは殿下も同じ。失敗をすればもう王太子という位置も危うくなる。それも判らないのですか」
「そこを上手くやるのが妃となるセーラの仕事だろうが!」
「何もかも人任せにするのなら王太子と言う座もお任せすれば如何ですの!」
本当に突き飛ばすつもりはなかった。
しかし進退を言い出したディアセーラについカッとなったベネディクトはディアセーラの髪と肩を掴むと扉を足で蹴り飛ばしディアセーラを突き飛ばしてしまった。
文官に支えられるように倒れ込んだ事に更に頭に血が上ってしまった。
――他の男に腕を掴まれて、何故振り解かない!!――
怒りに任せてベネディクトは甘言に乗せられたと言っても口にしてはならない言葉を発してしまったのだ。
「婚約は解消、いや破棄だ!今度王城でその顔を見せてみろ。投獄の上、息絶えるまで鞭で打ち据え、最期は首を刎ねてやるッ」
マリッサやエレイナの言葉通りなら、ディアセーラはベネディクトに許しを乞い、縋る筈だった。
しかし…
「ブロスカキ公爵家が娘ディアセーラ。婚約破棄、しかと承りました」
予想外の答えにベネディクトはディアセーラに立ち去るように伝えたが、実はベネディクト自身が混乱してしまっていた。
それまでどんな強い言葉で詰ってもディアセーラが家名を出す事は一度もなかった。
とてもつなく大きな間違いをしてしまったのではないか。
ベネディクトはさらに深く頭を抱えた。
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