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ディアセーラのお茶
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ブロスカキ公爵の執務室。ソファに親子と向かい合わせに腰掛けたペルセスの緊張は高まるばかりである。ブロスカキ公爵から今後について是非にと頭を下げられてしまった事に緊張は極限に達した。
「ベネディクト王太子殿下の言葉を聞いたと思うが、覚えているかね?」
「は、はい‥‥いえ、申し訳ございません。場が場でしたので一言一句となると自信がないのですが」
「それはそうだろう」
にこやかに話すブロスカキ公爵の隣でディアセーラは肘でツンツンとブロスカキ公爵を突いた。「なんだ?」と娘を見やるブロスカキ公爵にディアセーラは「礼がまだだ」と告げた。
「お、そうだった。話をする前に」
ソファから立ち上がったブロスカキ公爵は深く頭を下げた。
「か、閣下。何をされるのです?!」
「娘を助けて下さりありがとうございました。部下からも聞きましたが貴方が受け止めて下さらなかったら体を強く打ち付けて歩けなかったかも知れません。そして振り上げられた拳からも守ってくださったと」
「それは!‥‥当然で…す」
「いやいや。相手は王太子殿下だ。その場で手打ちになる場合もある。身を挺してくださったことに心から感謝を」
ブロスカキ公爵の言葉は決して誇張しているものではない。
個人の資質によるものもあるだろうが、第二王子のデモステネスは相手が年寄りであろうが子供であろうが容赦をしない事でも有名だった。
慰問に訪れた教会で手摺にあったササクレで指先を負傷した際、その教会で孤児たちの面倒をみていた牧師をその場で鞭打ちの刑に処すると告げた。しかし鞭を従者が持参していなかった事にも腹を立て、牧師と従者を剣の鞘で打ち据えた。
非道な行いを表情を変えずに行うデモステネスは尤も玉座から遠い王子とも言われている。
「確かにデモステネス殿下であれば…ここには来られなかったと思いますがベネディクト殿下は…正直手だけはあげないと思っていただけに聊か驚いたのも事実です。閣下、頭をあげてください」
「だが、手をあげた。それは紛れもない事実。そして娘を庇ってくれた。これも事実。肩書や爵位それらを抜きにして、父親として心から感謝を」
「わたくしからも。遅くなりましたが助かりました。ありがとうございます」
「やっやめてくださいっ。お二人ともっ」
ペルセスは立ち上がり、「やめてください」と2人よりも深く頭を下げた。
「嫌だわ。リーフ子爵子息様がそうされるなら床に額をつけねばなりませんわね」
「わぁぁ!!やめてください。本当に、本当にお願いします」
そのままの姿勢では本当に床に膝をつき、額をつけそうな勢いを感じペルセスは更に焦り始めた。
「ふふっ。お父様、お困りですわ」
ペルセスは小さく笑ったディアセーラを見てドキリとした。
それまでも何度か回廊や、会議室などでディアセーラを見かける事はあった。しかし、見るだけで話をした事はなかった。ペルセスにしてみれば雲の上の人だったからである。
そして見かける時の表情はまるで人形。動く人形だった。
眉1つ動かさず、瞬きもしないのではないかと思えるくらい表情の変わらない令嬢。それがディアセーラだった。
なのに、目の前でクスクスと口元に軽く手を当てて笑うディアセーラを見てペルセスは不謹慎だと思いつつ「人間なんだな」とその様を見つめた。
「立っていては話もできない。リーフ子爵子息殿。おかけください」
「あ、はい、再度…失礼を致しま…す」
「紅茶は飲まれます?お茶の方が宜しいかしら?」
「ぅえっと…何でも。水でもなんでも飲みます」
「では、わたくしが淹れさせて頂いても?」
「もぉっ‥もっちろんです。はい。何杯でも!」
立ち上がったディアセーラはメイドと二言三言何か会話をすると、勝手知ったるなんとやらで戸棚から真新しい茶葉の入った缶を手に取ると、ラベルを見比べ3つの缶を運ばれてきたワゴンに並べた。
その様子をペルセスはただ黙ってみていたが、そんなペルセスをブロスカキ公爵も何も言わずにニコニコと笑顔を浮かべて見守った。
缶から少しの量を掬い、ティーポットに湯を注ぐ。
柔らかい香りがしてくると茶器に片手でティーポットを持ち、空いた手で茶漉しを持ち、ゆっくりと茶器に茶を注ぐ。
「どうぞ。熱いと思いますのでソーサーに注いでお飲みくださいませ」
「ディーの淹れる茶は格別でね。どうぞ香りも楽しんでください」
何処かで嗅いだ事のある香りのような気もするが、嗅いだことがない気もする。
ペルセスは言われるがままに鼻腔の奥まで香りを吸い込み、何の香りで何処で嗅いだか。そんな事を考えながらソーサーから茶を一口。
口に含んだのは液体なのにふわりと広がる香りは内側から鼻腔に抜けていく。
「旨っ…」
「ありがとうございます」
「あ、す、すみません。美味しい。美味しいです」
「いいんですのよ?旨いでも美味しいでも、ふっと出る言葉は最高の賛美ですもの」
「あの、こんな高級なお茶は飲んだ事が無くて…でも美味しいです」
「ふふっ。カモミールにセージとミントを少し加えたものですのよ?」
「ミント?あ、そう言われてみれば…ミントだ」
ペルセスはブレンドをするような茶を飲んだのは初めてだった。
茶器の色を見て首を傾げ、鼻に近づけてまた首を傾げる。
知っているミントもセージも青々としているのに茶になれば色が変わるのだと初めて知った。
カチャリと茶器を置いたブロスカキ公爵はコホンと一つ咳ばらいをするとペルセスにニコリと笑った。
「どうだろう?娘の茶をこれからも飲みたいと思わんかね?」
「は、はい。よろしいのですか?私なんかが…」
「殿下から言われたのだろう?妻にせよと」
「ングッ!!ギョホッ!!ギョホッ!!」
定期報告のようにさらりと告げたブロスカキ公爵の言葉にペルセスは思い切り茶を気道に引き込んでしまった。
「大変!大丈夫ですの?!」
ディアセーラはペルセスの隣に座るとハンカチを差し出し背をゆっくりと撫でた。
ペルセスの鼻は空気を欲し、絶え絶えに息を吸い込むと甘いようなくすぐったい香りも一緒に引き込んでしまい、息の仕方を頭の中で必死で考えた。
「ベネディクト王太子殿下の言葉を聞いたと思うが、覚えているかね?」
「は、はい‥‥いえ、申し訳ございません。場が場でしたので一言一句となると自信がないのですが」
「それはそうだろう」
にこやかに話すブロスカキ公爵の隣でディアセーラは肘でツンツンとブロスカキ公爵を突いた。「なんだ?」と娘を見やるブロスカキ公爵にディアセーラは「礼がまだだ」と告げた。
「お、そうだった。話をする前に」
ソファから立ち上がったブロスカキ公爵は深く頭を下げた。
「か、閣下。何をされるのです?!」
「娘を助けて下さりありがとうございました。部下からも聞きましたが貴方が受け止めて下さらなかったら体を強く打ち付けて歩けなかったかも知れません。そして振り上げられた拳からも守ってくださったと」
「それは!‥‥当然で…す」
「いやいや。相手は王太子殿下だ。その場で手打ちになる場合もある。身を挺してくださったことに心から感謝を」
ブロスカキ公爵の言葉は決して誇張しているものではない。
個人の資質によるものもあるだろうが、第二王子のデモステネスは相手が年寄りであろうが子供であろうが容赦をしない事でも有名だった。
慰問に訪れた教会で手摺にあったササクレで指先を負傷した際、その教会で孤児たちの面倒をみていた牧師をその場で鞭打ちの刑に処すると告げた。しかし鞭を従者が持参していなかった事にも腹を立て、牧師と従者を剣の鞘で打ち据えた。
非道な行いを表情を変えずに行うデモステネスは尤も玉座から遠い王子とも言われている。
「確かにデモステネス殿下であれば…ここには来られなかったと思いますがベネディクト殿下は…正直手だけはあげないと思っていただけに聊か驚いたのも事実です。閣下、頭をあげてください」
「だが、手をあげた。それは紛れもない事実。そして娘を庇ってくれた。これも事実。肩書や爵位それらを抜きにして、父親として心から感謝を」
「わたくしからも。遅くなりましたが助かりました。ありがとうございます」
「やっやめてくださいっ。お二人ともっ」
ペルセスは立ち上がり、「やめてください」と2人よりも深く頭を下げた。
「嫌だわ。リーフ子爵子息様がそうされるなら床に額をつけねばなりませんわね」
「わぁぁ!!やめてください。本当に、本当にお願いします」
そのままの姿勢では本当に床に膝をつき、額をつけそうな勢いを感じペルセスは更に焦り始めた。
「ふふっ。お父様、お困りですわ」
ペルセスは小さく笑ったディアセーラを見てドキリとした。
それまでも何度か回廊や、会議室などでディアセーラを見かける事はあった。しかし、見るだけで話をした事はなかった。ペルセスにしてみれば雲の上の人だったからである。
そして見かける時の表情はまるで人形。動く人形だった。
眉1つ動かさず、瞬きもしないのではないかと思えるくらい表情の変わらない令嬢。それがディアセーラだった。
なのに、目の前でクスクスと口元に軽く手を当てて笑うディアセーラを見てペルセスは不謹慎だと思いつつ「人間なんだな」とその様を見つめた。
「立っていては話もできない。リーフ子爵子息殿。おかけください」
「あ、はい、再度…失礼を致しま…す」
「紅茶は飲まれます?お茶の方が宜しいかしら?」
「ぅえっと…何でも。水でもなんでも飲みます」
「では、わたくしが淹れさせて頂いても?」
「もぉっ‥もっちろんです。はい。何杯でも!」
立ち上がったディアセーラはメイドと二言三言何か会話をすると、勝手知ったるなんとやらで戸棚から真新しい茶葉の入った缶を手に取ると、ラベルを見比べ3つの缶を運ばれてきたワゴンに並べた。
その様子をペルセスはただ黙ってみていたが、そんなペルセスをブロスカキ公爵も何も言わずにニコニコと笑顔を浮かべて見守った。
缶から少しの量を掬い、ティーポットに湯を注ぐ。
柔らかい香りがしてくると茶器に片手でティーポットを持ち、空いた手で茶漉しを持ち、ゆっくりと茶器に茶を注ぐ。
「どうぞ。熱いと思いますのでソーサーに注いでお飲みくださいませ」
「ディーの淹れる茶は格別でね。どうぞ香りも楽しんでください」
何処かで嗅いだ事のある香りのような気もするが、嗅いだことがない気もする。
ペルセスは言われるがままに鼻腔の奥まで香りを吸い込み、何の香りで何処で嗅いだか。そんな事を考えながらソーサーから茶を一口。
口に含んだのは液体なのにふわりと広がる香りは内側から鼻腔に抜けていく。
「旨っ…」
「ありがとうございます」
「あ、す、すみません。美味しい。美味しいです」
「いいんですのよ?旨いでも美味しいでも、ふっと出る言葉は最高の賛美ですもの」
「あの、こんな高級なお茶は飲んだ事が無くて…でも美味しいです」
「ふふっ。カモミールにセージとミントを少し加えたものですのよ?」
「ミント?あ、そう言われてみれば…ミントだ」
ペルセスはブレンドをするような茶を飲んだのは初めてだった。
茶器の色を見て首を傾げ、鼻に近づけてまた首を傾げる。
知っているミントもセージも青々としているのに茶になれば色が変わるのだと初めて知った。
カチャリと茶器を置いたブロスカキ公爵はコホンと一つ咳ばらいをするとペルセスにニコリと笑った。
「どうだろう?娘の茶をこれからも飲みたいと思わんかね?」
「は、はい。よろしいのですか?私なんかが…」
「殿下から言われたのだろう?妻にせよと」
「ングッ!!ギョホッ!!ギョホッ!!」
定期報告のようにさらりと告げたブロスカキ公爵の言葉にペルセスは思い切り茶を気道に引き込んでしまった。
「大変!大丈夫ですの?!」
ディアセーラはペルセスの隣に座るとハンカチを差し出し背をゆっくりと撫でた。
ペルセスの鼻は空気を欲し、絶え絶えに息を吸い込むと甘いようなくすぐったい香りも一緒に引き込んでしまい、息の仕方を頭の中で必死で考えた。
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