公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru

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強引な王太子命令

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マリッサとエレイナを見送った帰り、かつての従者とすれ違ったベネディクトは数歩進んで後ろを振り返った。

「待ってくれないか」

辺りにいたものが手を止め、足を止めベネディクトを見た。
その中に従者もいた。

「殿下、どうされました?」
「あの時の事を謝ろうと思って…考えていたんだ」
「あの時?何時で御座いましょうか」
「そうだな。あの時と思っているのは私だけかも知れない。全てと言い直したほうがいいだろうか」

従者はくすっと笑って、ベネディクトに向かって頭を下げた。

「殿下に謝罪をして頂く事など御座いません。離れてみてわかりました」
「何を解ったというのだ」
「私の力不足です。間違った道に進もうとする殿下を諫めるのが仕事でしたがいつの間にか私は仕事に向き合えなくなっておりました。ただ誤解は解かせてください。私には幼女趣味は御座いません」

「あ…うん。そうだな」
「お話はその件で御座いますか?」
「ま、まぁそんなところだ」

ベネディクトはにこやかに微笑む以前の従者には聞けなかった。
本当にディアセーラは公爵家から出して貰えなくなっているのだろうか。
あの時の男と結婚をせねばならなくなり、困っているのではないか。
問えなかったのは、本人でもないのに答えられるはずがないと思った事と、マリッサとエレイナに対し少し疑問に感じる所もあったからである。

元専従従者は少し頭を下げると体を反転させ、ベネディクトに背を向けた。
しかし、歩き始めない。

「どうしたんだ?」
「殿下…私にはもう殿下に何かを言う資格はないのですが…1つだけ…」
「何でも言ってくれ。構わない」
「あまり2人のご令嬢を信用なさらないよう」

ベネディクトは元専従従者の言葉に息を飲んだ。小さかった疑問の袋がまるで心臓の動きに合わせたかのようにドクンドクンと大きくなっていく。
ベネディクトの手が元専従従者の肩を掴んだ。

「すまない…何故そう思うのか教えてくれないか」
「私の口からは…家族もいます。家族を路頭に迷わせる事は出来ません。ですがよく思い返してみてください。言葉通りにして何か上手く行った事は…御座いましたか?」

ずるりと肩を掴んだ手が落ちる。
ベネディクトの頭の中はマリッサとエレイナの言葉とその結果どうなったかが同じ符号を結ぶ問題のような図式で浮かぶが、線を結ぶ先がない。

妬かせるために今月の恋人を侍らせた結果、ベネデッタに危うく嵌められるところだった。
自分の仕事を認識させるために執務を丸投げした結果、全ての執務が滞ってしまっている。
式典で来場する者達の顔と名前が一致するのは2割に満たない。その2割に満たない者達も背景はと聞かれればスムーズな受け答えが出来る自信は皆無。

何より、縋ってくるはずだった婚約破棄は文字通り、本当に破棄となった。

何一つ上手く行ってないのではないか。
ベネディクトは少し混乱をしてしまった。
そして一つの答えを導き出してしまったのだ。

――そうか!今までは自分がこうして欲しいという願望だったからだ――

「ありがとう。目が覚めた気分だ」

満面の笑みで元専従従者に告げたベネディクトだったが、執務室に急ぐと圧倒的経験値の不足と考察をしてこなかったツケなのだろう。最大の過ちを犯してしまった。

自身が告げた婚約破棄という言葉と、「くれてやる」と言ってしまった事でディアセーラは文官の妻にされそうになっている。
今までと違うのは、今までは「これからどうして欲しい」だった。

ベネディクトは「現状を打破する」ために、リーフ子爵子息であるペルセスの捕縛命令を王太子命令で出そうとしたのだ。

法令集を思いつくままに捲る。
不法滞在ではない、諜報行為ではない、考えられる罪状を調べるがどれも該当しない。

どんな小さなことでも良いのだ。捕縛できる罪状があれば、元専従従者の心配も杞憂で終わる。マリッサとエレイナが提案した私兵を使って公爵家に押し入るのはかなり強引過ぎるやり方である。
式典の最中にそんな事をしてしまえば公爵家の門をこじ開けてまで拘束せねばならないほどの事なのかと追及されてしまう。

ふと気が付いた。あの日ペルセスは業務中に訪れていたのではないか。
ならば‥‥。ベネディクトの目は手にした厚い本を射抜くかのように血走っていた。
法令集にもそれは罰する事の出来る内容になっていたのだ。

念のために文書課の帳簿も捲って、ここ1か月間のページに書かれている文字を丁寧に指でなぞった。一つが判れば次々に確認をしなければならない事も閃いてくる。

行ける。ベネディクトは光を見たような気がした。

――公爵家が出さないのであれば王太子命令を使えばいい――

「ペンをくれ。それから書式は…通常捕縛用と緊急捕縛用の王太子命令用の書式。直ぐに出してくれ」

「殿下、王太子命令ですが罪状は?」
「罪状…横領だ」
「証拠はあるのですか?横領となれば余程の動かぬ証拠が必要です」
「ある。間違いなく本人がまだ持っているはずだ」
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