公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru

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ディアセーラの葛藤

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重苦しい雰囲気のブロスカキ公爵家。

鉄扇の残骸を1枚1枚植え込みの区切りに突き刺してお洒落感を出したのは家令である。
痩身の男性使用人の服を借りたディアセーラは屋敷に戻るなり母のパトリシア公爵夫人に抱き着いた。

ベネディクトから式典の2日前に届いた招待状。
宛先は父のブロスカキ公爵だった。

「馬鹿馬鹿しい。何が家族でお越しくださいっ!だっ!」

床に投げつけた招待状を拾い上げ、書かれている文字に目を走らせる。
その時から特注の鉄扇がアーチを描き始めたのは無理もない話だ。

同封されていた便箋はディアセーラ宛である。
ディアセーラは両親が目を通した後にその便箋に書かれた文字を読んでグシャリと握り潰した。

「婚姻って…どういう事なの」
「ディーを正妃。あの女狐を側妃。そんなところだわ。王弟一家の考えそうな事だわ。でも…僕ちゃんはちょっと違うようね」
「違うって…何が?」
「側妃は召し上げないと思うわ。拗らせてるから」
「拗らせている?誰・・・まさか殿下が?」

公爵夫人は変な所が疎い娘、ディアセーラを見る目が遠くなる。

「あなた達の婚約。何度も何度も解消してくれと言ったでしょう?でもね?反対していたのは殿下なのよ。ディーへの言動と私達への言動は真逆。殿下はディーの事が大好きだったのよ。妬いてほしかったのだろうけど悪手ね」

「えぇっ?!そんなバカな!お母様、騙されていますわ!だって殿下は可愛げもないし要領も悪い、お前といると空気が悪くなる、失せろ兎に角酷い事ばかり。それに毎月毎月違う女性を膝の上に乗せて体を触ったり。あぁ~!!思い出すだけで気持ち悪い!痒くなってしまいますわ!!」

ディアセーラは両手を交差させて二の腕を何度も撫でで痒みを押さえる。
潔癖症ではないけれど、不適切と思われる距離まで体を密着させるのが常だったベネディクトを見かけるたびに嫌悪感は高まっていた。


同じ女性であればまだ許せたかもしれない。いずれは国王と同じように側妃を迎えるだろうしそうなればベネディクトを共有する「妻」の立場を持つ者はディアセーラだけではなくなる。
ディアセーラにも世継ぎを作るための教育は始まっていて、知った時は絶望感を感じた。

自分が相手にされなくなった後ならまだしも、所謂「現役」である時から自分以外の「妻」とも世継ぎを作る行為は行われる。ベネディクトの母親である王妃は第二子となる王女を産んでいるが、ベネディクトとは年の差がある。
それは側妃との間に関係があるからこそ生まれた第二王子、第三王子、そして他の王女。

誤魔化しても行為があった事は否定できず、それを受け入れるのに10年以上の歳月を要したのだ。王女の懐妊が判明した後、第三王子オデッセアスの母、第二側妃の懐妊も判明。王女同士の出生は1カ月ほどしか変わらない。
国王としては「種馬」の仕事もあり、仕方がない事と思っても王妃はもう国王を受け入れる事は出来ず、私生活で国王と王妃の接点はほぼないと言っても良い。

ディアセーラは座学で学んだ後、時間を置かずに始まったベネディクトの「今月の恋人」との逢瀬を見て、王妃が国王を嫌悪する気持ちが判った気がした。

ベネディクトに多感となる思春期があったように、ディアセーラにもあった。
王妃になるのだから仕方がないと諦めをつける感情を持ちながらも、嫌悪するという理性も持ち合わせる。せめて「今月の恋人」との逢瀬が成熟した時期からであれば、もっと明確に割り切る事が出来たかも知れない。

それでも過去のベネディクトに抱いた思慕の気持ちがあったのも確かで、ディアセーラは「職業王妃」でも良いんじゃないかと思い始めた。だが一人では限界もある。
ベネディクトの隣に並ぶにあたり、ベネディクトにも国王として民の前に立つという事をもっと自覚し、判って欲しかった。

「私人」ではだらしなくても「公人」としてはちゃんとして欲しい。
ディアセーラの気持ちの最後の拠り所だった。


――あんな事をしておきながら、わたくしの事が好き?――

いやいや、あり得ないとディアセーラは首を横に振った。
逆の立場で考えた時、ベネディクトに妬いてほしいからと他の子息に寄り添う?考えただけでディアセーラは気持ち悪くて身震いした。
気持ちを惹きたいのであれば、お互いを知ればいいだけではないのかと。

――それが尽く失敗したわたくしはどうしたらいいと言うの!――

以前のような関係に戻れないか。試行錯誤して迷走したディアセーラ。
もうベネディクトに思慕の気持ちはない。

それよりもペルセスを理不尽に拘束し、あんな冷たく真っ暗な地下牢に押し込んだ事が許せない気持ちの方が強い。ディアセーラの心の中はペルセスを慕う気持ちで満たされていた。



「お母様、わたくし…約束してきたの」
「約束?誰と‥‥ってペル君?」

こくりと頷くと、パトリシアはにっこりと微笑んでディアセーラの肩を抱いた。
背は低いし、見た目も美丈夫とは言い難い。アカデミーでの成績は中の中で大勢いる文官の1人であり、何か秀でたものがあるのかとなれば微妙。

ただ、母親として見てみるとペルセスは正直者で、大事な娘を預けてもいいと思える青年だった。毎日のように公爵家の庭のあちこちに作った「ディー農園」に出向く2人。
ペルセスがディアセーラを見つめるその目はとても優しかった。

「牢から出たら…求婚してくださると言ってくれたんです」
「まぁ♡良かったじゃない」
「いい返事をすると答えてしまったの。でもっ!」

縋るようにパトリシアを見るディアセーラの瞳は揺れていた。

「どんな理由であれ王太子の元婚約者ってみんなが知ってる…。それがこの先、この身を引き受けてくれる家にどれだけの不名誉を与えるかも…。軽々しく返事をしてしまったけれどとんでもない事をペルセスさんに言ってしまったんじゃないかって…殿下がペルセスさんを投獄した事がわたくしのせいなら…」

「ディー。そんな事は考えなくていいのよ?お父様もわたくしも何とでもしてあげるから」

「でも…迷惑をかけてしまう。こんな気持ちは持っちゃいけないって判ってたの。でも…一緒にいると押さえられなくて、ならば黙っていたらいいって自分を誤魔化したの。だけど!!牢でペルセスさんの冷たい指先が温かくなっていくのを感じて…。どうしたらいいの!?もう消えてしまいたいっ」

「ディーが消えちゃったらペル君、きっと‥‥ずぅーーーっと悩むと思うわよ?それこそ自分のせいじゃないかってペル君は自分を責め続けるとお母様は思うんだけどな?」

「だけど…うぅっ…ぐすっ…わたくしのせいで…うぅぅ」

「ならディーの出来る事をしましょうか」

「わたくしの…出来る事?」

「ゲス太子を鉄扇で張り飛ばしてペル君を迎えに行けるのはディーだけよ?泣いている場合じゃないわ。お母様だってお父様に言い寄る令嬢を張り飛ばしてお父様をゲットしたんだから」

「え…そうなの…」


扉の向こうで母娘の会話を聞いていたブロスカキ公爵。部屋に入るタイミングを見計らっていたのだが一つ訂正をしたい気持ちがわき上がる。

言い寄る令嬢はいたにはいたのだが、どちらかと言うと帝国の第6王女だった夫人に言い寄る子息の方が圧倒的に多かった。国が違うので滅多に会う事は少なかったがブロスカキ公爵子息を見つけると言い寄る子息を張り倒しながら猛牛のように突進してきたのが夫人である。令嬢たちはその気迫に退くしかなかった。
闘牛士に弟子入りまで考えたブロスカキ公爵だが、がっちりホールドをされて押しかけ女房に近い形で結婚をしたけれど、時折見せる仕草に心を撃ち抜かれて今に至る。

――ペル君か。冴えないのは見た目だけだが、大事にしてくれそうだし――

知らない事は知らないと決して見栄を張らないし、分不相応な事には手を出さない。
消極的にも見えるが好きな事には邁進する。
ディアセーラの質問には、調べものをしてきちんと答える。

ペルセスと結婚となればディアセーラは遠い地に行くことになり父親としては寂しい気持ちもあるが、近くにいるからと言ってベネディクトに任せる気はない。

うんうんと1人頷いていると目の前に妻と娘が立っていた。

「最終日。しっかりしてくださいませね?」
「判ってるよ。いい仕事をさせてもらうよ」

翌々日の式典最終日。
ブロスカキ公爵家ではその日に向けて準備が始まったのだが、同じころペルセスに最大の災難が降りかかっている事には気が付かなかった。
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