公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru

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求婚の権利

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時は少し遡る。

そら豆を収穫後、痩せた土になってしまった場所に畝を作り直したディアセーラとペルセスだが、ペルセスは数日公爵家の書庫への出入り許可をもらい、栽培できそうな植物について調べた。
植物と言っても食用にする野菜だけでなく、観賞用のものも含めてである。

ディアセーラと過ごす期間を3年と考え、その間に色々な植物の事を知り、一人領地に戻ってもその草木を育てる事で遠い地にいるディアセーラの事を思うだけで穏かな気持ちになれそうな気がしたのだ。

お互いの心に芽生えた思慕を、立場や将来への憂いで打ち明ける事も出来ない不器用な2人でもある。



「この土は‥‥どうしたんですの?」
「庭を歩いて、先日のそら豆収穫後の土と同じような土を集めたんです」
「どうしますの?堆肥を混ぜて何かを植えますの?」
「いいえ。この国は日照、つまり太陽の降り注ぐ期間は結構短いですし全体的に見て他国よりも気温も低いです。ですので、ほうれん草を植えてみようと思いまして」

「ほうれん草?」
「はい。ほうれん草は比較的痩せた土の方が栄養価が高い物が出来る事が判っています。堆肥などを十分に含んだ土で育つと栄養価が落ちるんですよ」
「変わった野菜ですのね。養分が少ないほうが良いなんて」
「トマトもですよ。水をあげすぎると甘みが減るんです。あげなさ過ぎると枯れてしまうので限界を見極めるのはトマトの苗には可哀想ですけどね」

そう言って幾つかの畝に、右から堆肥なしから始めて左に行くに従って堆肥の率を上げていく。
そこにほうれん草の苗を植え替え、水を与えていた所だった。

「あら?畝1つ目なのにもう空だわ…わたくしお水をあげすぎたかしら?」
「アハハ。如雨露が小さいんですよ。よし!水を汲んできますので待っててください」

そう言って桶の取っ手を握り、数回畑と井戸を往復していた。

――あと1回…いや2回往復かな――

畝は東西方向に配置をしているが、南北方向に長さのある畝。
水をあげる量も手前からたっぷり、奥に行くにしたがって少な目とした事で畝1つで桶2つの水が無くなっていく。

「あと畝2つ。お水を汲むのを交代しましょうか?」
「まさか。ほうれん草だってディアセーラ様に水をもらった方が嬉しいでしょうから。突然私に交代したら、それだけで萎んでしまうかも知れませんよ」

ペルセスは桶を手にすると軽く上に持ち上げて、何度目かになる井戸に走った。
そして、ロープの付いた桶を井戸に放り込んだ時、騎士に肩を叩かれた。



暗闇の中は物音ひとつしない。今いる場所は独房だと薄っすらと見えたランプの灯りに確認はしたが、周りは判らない。広さとしては大人一人が寝転がれるけれど、幅は両手を広げると壁に当たってしまう。
奥行きが2トルメ、幅は1トルメと少しと言うところだろうか。

湿気も凄いが、この湿気は壁からしみ出している。座れば背が濡れてしまうが尻も濡れてしまう。床はビチャビチャだと言う事だ。

えぇい!と横になったペルセスはそのままゴロンと横になった。
見上げても、横を見ても真っ暗で何も見えない。よく夜目が利くというがあれは月明かりもない日でも星の灯りがあるからだろう。本当の暗闇では目を暫く閉じて、瞼をあげても何も変わらない。

何時間経ったかもわからないが少し寝入ってしまっていたペルセスは微かな物音に目を覚ました。
寝転がったまま肘をつき、少し上体を持ち上げると薄く壁が光った気がした。


「ペルセルさん…いますか?」
「え?ディアセーラ様?!」

小さな声だったが、物音のしない地下牢。ディアセーラの声は響くようだった。

「何処?何処ですの?」

ペルセスは暗闇に目が慣れたので薄い明かりが動くのが見えるが、ディアセーラはランプの灯りで見えているのはランプの周りだけなのだ。床までは明かりが届かず本当にランプの周りだけ。
なので足を擦るように歩みを進めている音もする。

「少し止まって。そこから…左に一歩」

ペルセスの声にランプの灯りは揺れるだけになり、ディアセーラが歩みを止めたのが判る。ペルセスは声で誘導し、鉄格子から手を出しディアセーラのランプを持つ手に触れた。

「此処ですの!?なんて酷い…」

ランプを動かし扉になっている格子を動かすが錠前があり開くはずがない。

「あ、これは…お水とパン。そしてこちらの水筒にはお茶が」
「ありがとうございます」

手渡された水筒は竹の節から節を利用したもので、ほんのりと温かかった。
壁も床も濡れていて、寒さも感じていた水筒の温かさに生き返る気がした。

「どっちだったかしら…上下どちらかに栓があって引き抜くと‥」
暗闇の中ディアセーラは水筒の上下を手探りで確かめる。その手がペルセスの手に触れた。

「あ…ごめんなさい」
「い、いや…私もすみません」
「待って、待ってください」

手を引っ込めようとしたペルセスだったがディアセーラの手がペルセスの指を握った。

「指先がこんなに冷たい…本当にごめんなさい。わたくしのせいだわ」
「違います。支給服もですが書類もうっかり公爵閣下の執務室に持って行ってしまって。書類は返してもらっていたようですが服はそのままになっていたので。こういう所が抜けているといつも言われるんです。なのでディアセーラ様のせいではありません」

「いいえ。いいえ。あの時助けてもらうだけではなくわたくしが――」

ゴトンと水筒が床に落ちる音がする。
ディアセーラは冷たくなったペルセスの手を温めようとしたのか、それとも思わず握ってしまい謝罪をしようとしたのか。ペルセスの手を握ったままディアセーラの頬に当てた。
指先に温かい雫を感じるのはディアセーラの涙だと思ったペルセスはその手を動かし、ディアセーラの頬を覆った。

ペルセスの手はディアセーラの頬と手に挟まれて熱を分け与えてもらう。

「必ずここから出します。わたくしの命に代えても」
「ディアセーラ様、大丈夫です。きっと騎士団の牢には空きがな――」
「違うのです。殿下の…殿下の策略です。陛下の話では今朝釈放だと聞いたのに…。もうわたくし居てもたってもいられず。必ずここから出して差し上げます」
「無理をしないでください。貴女に無理をして欲しくないんです」
「ペルセスさんの為なら、無理もします!あ、これも…」

薄い明かりの中、ディアセーラが胸元から何かを取り出すのが見える。
ディアセーラはまだ目が慣れていないようだが、ペルセスは薄い明かりでもそこそこに見える。胸元から出てきたタオルのような布に思わず顔が熱を持った。

「多くは持ち込めないので、隠してきたのですが…毛布のような大きな物は入らなくて」

手渡された布はほんのり温かく、優しい香りがした。

「また来ます。貴方がここから出るまでわたくしが来ます」

ディアセーラはペルセスの手のひらにキスをして、ペルセスの腕を掴みなおした手を腕に這わせて首元まで辿り着かせた。ディアセーラの指がペルセスの頬に触れた時、ペルセスはその手を掴むと鉄格子を挟んで思わす抱きしめたくなった衝動を必死で抑えた。

「ここは冷えます。ほらディアセーラ様の指まで冷たくなっている」
「ペルセスさん‥」
「さぁ、早く。他の野菜、摘芯もお願いします」
「ふふっ。はい。しっかりやっておきます」


国王は直ぐに釈放の手続きを騎士団にしたのだが、ベネディクトは騎士団管轄の地下牢ではなく城の真下にある地下牢にペルセスを押し込んでいた。
収監をされて6日。ペルセスには水も食料も与えられなかった。
式典が始まり今日が初日。ブロスカキ公爵の息がかかる者が場所を突き止め、手薄になった警備をの隙をついて男装をしたディアセーラを導いた。

だが、長くはいられない。
ディアセーラは去り際にもう一度ペルセスの手を握った。

「わたくしも一緒にここに入りたい」

ポツリと呟いた声にペルセスはもう言葉を止められなかった。

「愛する貴女をこんな所に来させるような男なんですが…ここから出られたら求婚する権利を頂けますか?」
「ペルセスさん…はい。その時は良い返事しか出来ませんがよろしくて?」
「アハハ…今から返事を待つドキドキを奪われるなんて。参ったな」

ディアセーラの温もりと、手に持つランプの灯りが消えた後ペルセスはまた暗闇を見上げた。
しかし、手渡された布を胸に仕舞いこむと暗闇も寒さも忘れられる気がした。
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