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本編

【ただいまの門出】62.難題

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 ラフィの養子入りが決まった直後から忙しくなった。
 コナ家の功績やら、総財産やら、各所関係のある上流階級に商人、工場や商品、売り上げ、利益、従業員の総数、所有している羊の数、費用に給料……把握しなければならないことが多い。それと同時に、コナ家の土地も含めた一帯を統治する領主の情報も頭に入れておかねばならない。覚えなければならないものが山ほどある。
 旦那様やバセから聞いた話によると、この領主――アモ家はコナ家に借金をしていた。
 これが、プライドの高い貴族に反感を買う鼻持ちならない商人と思われているのか、税収も含めた資金面で助けて貰っている頭の上がらない存在と思われているかは測りかねる。
 アモ家は、良くも悪くも、あまりいい噂はない。
 鳥でなければ越えられない高い山がそびえる国の端。国境にも接していない、さして重要性のない土地を任された平和呆けした貧乏田舎貴族だと、要塞都市に集まる上流階級には言われているらしい。出世こそ全ての連中には、戦争も出来ない貴族と馬鹿にされているようだ。
 鉄でも採れれば別なのだが、風化した山からガラスの原料が採れるくらいで、食糧が主な産業。その食糧も、長い道のりを運ぶには保存がきかないため、国の食糧庫になるには心許ない。
 戦争とは無縁で、食糧に困らず、平和に暮らして行きたい俺たちには素晴らしい土地である。
 とはいえ、食糧が豊富にある土地を敵に占拠され挟み撃ちにされれば、国としてはたまったものではない。戦争とは縁遠い土地であっても軍備は常に整えておかねばならない。軍力を保つとなると、金がいる。
 実戦が無く、出世を望めず、一線も二線もあぶれた兵士の墓場。貴族としては、とんだ貧乏くじだ。

 献上品の前に、手紙でラフィが養子に入り、婚姻した運びを説明し、挨拶に出向く際に絨毯とカーテンを贈りたいから、色の希望、部屋や窓の大きさを知りたいといった趣旨の手紙を出した。
 現当主のキギ・コナからの口添えの挨拶の手紙と、先の詳細を書いたのは、養子となったラフィ・コナ。手紙の内容は、バセやキギ、もちろん俺も含めて把握しておく程度に確認はしたが、ラフィが自分で考えて書いた。地主の跡取りとして初めての仕事だが、挨拶から始まる手紙の作法に従った書き方に、しっかり書かれた用件と、丁寧な言葉遣い、負けず嫌いがキギに言い負かされて練習した甲斐があった綺麗な文字は、何処からも文句は出ない。
 本を読むのも苦ではないし、文章だけ読めばちゃんとした真面目な人柄に見える。文章がそう見えるだけで、本人を目の当たりにしたらどう思われるかわからないが。
 周りが関心していたが、本人は普通だろうといった体で鼻に掛けた様子もなく、逆に関心されたことを不思議がっていた。
 首から下げている金貨は屋敷の使用人や工場の人たちとすれ違う度に胸を張って見せびらかし、意気揚々と自慢するのに、俺関連でなければ自慢にも思わないらしい。

 若干、鬱陶しがられているが、ラフィが言い触らすお蔭で俺たちの婚姻はあちこち広まり、逆に向こうから「おめでとう」と声を掛けられるときもある。ラフィの自慢したがりは、周知に一役買っていた。
 俺たちの婚姻が広まっても、式はやるつもりである。関係者へのお披露目と、けじめと覚悟を見せる式典だ。
 結婚式は、各所へ手紙で報告し、領主へ挨拶しに行って帰ってきた後――来年の夏頃ということになった。結婚するのも一年掛かり。大変な行事だ。今なら、人生のけじめだ、覚悟はあるか、と俺たちのプロポーズにキギが拘った意味が理解できる気がする。

 領主からの手紙の返信を待つ間、献上できそうな大きさの絨毯やカーテンの在庫を確認しつつ、結婚式の準備、それからヤガや屋敷に訪れる商人たちと取り引きをするキギに付き添い、勉強も同時にこなす。

 ついでに、使用人部屋から主人側へと引っ越しも済ませた。
 主人側へ移動するのだ、綿の詰まった高価なベッドが元からあるのだが、やはりラフィは干し草を詰めたベッドに拘った。屋敷の次期当主の寝室に安っぽいベッドが鎮座している羽目になってしまい、見た目があまりに見窄らしく場違い。屋敷で働く誇りを持っている使用人たちには不評だ。それがキギの耳に入り、大笑いされたのち、結婚祝いにベッドフレームだけでも良い物を贈ると言われ、ベッドの件は使用人たちと対立する前に事なきを得た。キギのお蔭で、干し草のにおいも、一年に一度の詰め替えという行事を楽しみにしているラフィから奪われなくてよかった。

 使用人という立場ではなく、跡取り息子の伴侶となった俺だが、相変わらずキギの側に居て生活補助をする仕事は変わらない。家族が一家の長の補助をするのも自然。給料が発生するかというと、側使えの仕事の継続とキギの仕事補助も増えたということで、給料が出ていた。変わったのは、仕事内容が増えて責任が増したため、手取り金額が増えたことか。婚姻と出世が混同視されるのはどうかとも思うが、労働の対価がちゃんとしているのは、さすが商家。ただ、「お義父様」と呼ばなければならないのはまだ慣れない。

 ラフィはというと、養子となっても相変わらず「ジジイ」呼びをしているし、自警団の指南役も継続していた。稽古場へ行く時間は短いが、工場や屋敷、稽古場と日のある内はあちこち飛び回っている。精力的に動いて学べることに、体力のあるラフィは毎日楽しそうにしているから、やはりコナ家に入るのは正解だったと、早くも感じていた。

 領主からの手紙が届いたとき、それまで楽しそうに仕事をしていたラフィの顔が曇った。
「領主のくせに、集りか」
 ポイッと放って寄越された手紙を読んでみる。
 養子入りと婚姻の祝いの言葉のあとに、献上品について。要求された枚数が尋常ではなかった。
「これ、おそらく屋敷内全てだな」

 色は、落ち着いた赤と緑が欲しいと指定されている。冬の厳しい地域だ、春夏を連想させる色や、温かみのある色が好まれる。長いものは廊下用だ。赤と緑の二種類を指定され、緑の枚数が少なく赤よりも小さい。おそらく、赤の方は主人側で、緑の方は使用人側。廊下用まではいいとして、使用人たちのスペースまで要求してくるとは。

「普通、屋敷の間取りを外に漏らさないために、外部へ教えてもせいぜい応接室と客室くらいだろう。見栄っ張りの貴族が、防犯もかなぐり捨てて恥知らずに商人に集りをするのか」
「試しているのでは。キギさんが俺たち外国人を跡取りにするにあたり、どれほど本気でいるのか」
 数枚程度なら出来上がっている絨毯の在庫の中から要望に合うものを探せばいいが、屋敷一つの敷物、カーテンの全てを献上するとなると、新しく作らなければ、大きさ、色、希望に合うものの枚数が揃わない。そうなると他の生産業務が滞る。商品が無ければ、利益が生まれない。それをしてまで、俺たちを跡取りにしたいのか。
「舐められているだけだろう。まあ、舐められて足下見られているならやりやすい」
「そうだな」
 舐められている分にはやりやすい、というのはラフィに同意だ。
 御しやすい、取るに足らない相手だと油断させておいた方が、いらぬ勘ぐりから痛くもない腹を探られずに済む。
「ここは大人しく従って、相手の望むものを差し上げた方がいい」
「資金なら、家を建てる予定だった俺の金が余っている。問題は生産の方だ。織物カーペットとなると、出来上がるまで何年掛かるか」
 細かな模様を織り込む最高級絨毯となれば、大きなものは一枚織るだけで何年も掛かる。それが、何枚も必要。そんなに待たせては、下手をすればウチのお義父様の寿命が尽きる。
「織物で無ければいいのでは」
「フェルトカーペットじゃ、安物を贈られたと言われかねん」
 羊毛を絡ませて固めるフェルトの絨毯であれば、糸を紡がなくていいし、糸を一本一本織り込む作業も短縮できる。手間が省ける分、単価が落ちる。

「……ジジイに相談するか」
 椅子に腰掛けたまま、腕を組んで天井を仰いだラフィが呟いた。
「助言を請うので?」
「違う。俺がジジイに泣きついて負けを認めると思っているのか」
 恨めしそうに見てきた。
「先人の知恵を参考にしようとするのは、負けではないと思います」
「俺たちに任せると言われたのに、ジジイに助言を求めるのは、なんか、こう、俺の考えが足りない感じが」
「しない」
「そうか? じゃあ、次はそうする」
 素直なのか、素直じゃないのか。
 任せられた仕事を自分の力で全うしようとする姿勢は認めるが、助言を求めてはいけないものではないだろう。
「「次は」と言うからには、案があるのですか」
「当たり前だ」

 領主からの手紙を持って、コナの寝室へ向かった。
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