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本編

【ただいまの門出】63.俺とミラの結婚に関することだ

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 手紙というのは個人的な情報もあり、プライベート空間である寝室で読み書きをすることが多い。俺たちに領主からの手紙が届いたということは、コナ家の当主であるキギにも祝いの言葉が記された手紙が届いただろう。

 寝室のドアを叩き、了承を得て入室する。キギは小さな机の前の椅子に座っていた。机の上には開かれた手紙。
「ジジイ、羊を何頭か貰いたい」
「焼き肉パーティーでもやるのか」
 夏空の下で焼く、新鮮な羊肉はさぞ美味しいだろう。
「そうじゃない。領主にやる羊だ」
 ラフィが自分のところに届いた手紙を見せる。
「羊は構わないが、カーペットは諦めたのか」
「諦めた筈ないだろう」
 絨毯は諦めていない、ということは。
 生きた羊の群れを赤く染めて贈り、屋敷中みっちりと羊が敷き詰められているのを想像してしまった。
 手紙や書類、本といった紙製品は食い荒らされ、コロコロの糞が散乱し、ベッドは踏み荒らされ、高価な調度品は壊される。温かさは織物の高級絨毯以上で、羊毛と羊肉が採て経済的。モフモフ愛でれば癒しになる。
 嫌がらせでしかない。
 羊の群れを屋敷で室内飼いしろなんて、迷惑極まりない。
 せっかちに、順序立てず結論だけ言うものだから、意味が通じない。もっとゆっくり、詳細を話してもらうよう促す。
 説明を聞いたあと、キギが「ほう」っと唸った。それなら領主の屋敷にあっても遜色ない。

 カーテンの方は、赤はこの辺りで好まれるから、工場の在庫の中に領主が希望する色の反物があったと記憶している。数を確認し、足りない分だけ染めて織ればいい。しかし、満足して貰えるのか杞憂が残る。手間を省いて在り物で済ませただけだと思われるのではないか。
 もう一つ、手を打ちたい。
「カーテンなのですが、赤いカーテンはいいとして。それに加えて、手間を掛けたレースのカーテンも献上したいのですが」
「遅くとも、結婚式の前には済ませたい。間に合うのか?」
「孤児院で配っている毛糸を、レース用の毛糸と図案にし、養子入りと婚姻の祝いとして色を付けて買い取れば可能かと」

 小さめのハンカチ程度の大きさに編み上がったレースを繋げ、一枚の大きなカーテンにする。
 冬は雪深く外に出られない日もあり、暇つぶしにもなって稼ぎにもなる、家の中で出来る手仕事が好まれる。糸紡ぎや、編み物。
 俺も、要塞都市では暇つぶしにレース編みをしていた。
 町中の編み物名人が編み手となれば、早く出来上がる。コナ家の為に町民が協力し、また、コナ家がそこまでさせたとなれば、物珍しさの酔狂ではなく、本気で俺たちを迎えるつもりでいるのだと証明にもなる。

 キギが満足げに頷いた。
「二人とも、よく考えておる」
「当たり前だ。それで、羊の代金はいくらだ?」
「何を言っておる。お前さんはもうコナ家の人間だ。布や毛糸、レースを買い取る費用もウチから出すに決まっておろう」
「俺の婚姻のことで、俺が金を出すのが道理だ」
「コナ家の跡取りとして、領主に認めて貰う為に持って行く献上品。ウチの威信に関わるものにウチから金を出さない訳にはいかん」
 金の話になった途端、睨み合いになった。
 前にもあったな。
 だから、普通は金の無心を相手にするものだろう。それも、今回は結構な額になるのだし。

「俺とミラの結婚に関することだ、口出しするな」
 出そうと言っているのは金だ。俺たちの案には口出しされていない。
「小僧が粋がりおって。予算が足りなくなったらどうする。下手に節約をして、尺の足りないみっともないものをやるにはいかん」
「カーペットとカーテンだぞ。屋敷を新しく建てるでもない」

 どこから金が出ていようが、先方にはわからないし、出所がどっちでも構わない気がするのだが。
 キギとラフィはどっちも意地っぱりで、互いに「ウチが出す」「俺が出す」と主張しあい、決まりそうにない。ここは、当主であるキギの顔を立てるか。
「在庫を確認し、寸法を測って、追加で作る数を算出して、毛糸もどれくらい使うのか、人件費だとか、諸々計算してみないことには、いくら掛かるのか見当がつきません。費用はコナ家から出して頂きましょう」
「ミラもジジイの味方をするのか」
 味方ではなく、客観的に判断してのこと。
 現在、ラフィが持っている金貨で十分過ぎるほど足りるだろうが、万が一、途中で全て作り直しとなれば、完成までいくら掛かるかわからない。まず大丈夫だろうが、念には念を入れるなら、予算の多いコナ家に委ねた方が安心だ。

「俺たちの婚姻だけなら、自分たちの問題なので勝手にやればいい。ですが、領主に認めて貰いに行くというのは、コナ家として行くのですよ。個人ではなくコナ家から出すべきだ」
「それはわかる。わかるが……」
「伴侶を迎えたのだから、大人のけじめとして、自分たちのことは自分で責任を持ってやりたいのは分かる。だけど、これは個人的なものじゃない。家の話です。プライドの問題は、今は収めてください」
「……ミラがそう言うなら。仕方ない」
 不満そうに唇を尖らせたラフィだが、納得はしてくれた。

「小僧は、自分の金の使い時を学ぶ必要があるかもしれんな」
 コナがため息混じりに漏らした。
 長年、商人をやってきた者の鋭い指摘だ。
 王子だった頃は、国からいくらでも好きなものを買い与えられる環境にあったラフィが、自分の金を持ったのは国の外に出てからだ。それも、手のひらに収まるコイン程度の金額。いつ死んでも後悔がない、その日暮らしの刹那的な旅生活をしてきた。
 ラフィが、自分のものとして大金を持ったことは初めてだ。目的が先にあってそれに使いたいのではなく、旅暮らしの名残で、身軽にしておきたい、大金を使ってしまいたい気持ちが先行している感じが否めない。

「ラフィは少しせっかちなんだ。とって置いて腐るものじゃない、使うときが来たら使えばいい。そのときになるまで、ラフィの金のことは忘れていいのでは」
「そうか。二人だけで暮らしたくなったら、家を建てて生活する資金にするのか」
 何で、今、考えがそっちに向かった。家を建てる話は少しもしていないのに。
「養子になったばかりで、もう家を出る考えをしておるのか」
「心配するな。そうなったら、次の跡取りを俺が用意してやる。それまでは、この家を守ってやってもいい」
「なんとも頼もしいの」

 金の話が決まってからは、やるべき事をこなす日々。何かと確認をしに奔走し、孤児院に協力を仰ぎ、前に働いていた大衆食堂の店主にも頼んでレース作りの件を広めて貰った。こういうとき、頼れるのは人脈だ。人の集まる食堂で働いていてよかった。
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