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「……やっぱり、副社長にも話すべきだよね」
「うん。私はそう思うよ」
「わかった。……今度は逃げないで話してみる」
「うん。応援してる」
「ありがとう」
笑いかけると、静香も私を安心させるように微笑んでくれた。
副社長に打ち明けると決心したものの、翌日から探してはいるが会えぬ日々。
どうやら噂によると今副社長は出張に出ているらしい。
就業後、自宅に戻った私はどうしたものかと考えて、ふと、思い出した。
「……そういえば、あの時名刺もらったんだっけ……」
どこにしまったのかを思い出せなくて、鞄の中をくまなく探す。
そして数分後。
「あ、あった」
財布の中から見つかった、一枚の名刺。
名前の下に書いてある会社の番号とは違う電話番号。
携帯番号だから、これだろう。
自分のスマホを取り出して、番号を打ち込む。
そして後は発信ボタンをタップするだけ、なのだが。
その後一歩が踏み出せない。
これをタップすると、副社長に電話がつながるのだ。
緊張して、心臓がバクバクと音を立てる。
それでも、静香にも宣言した。
もう次の受診まで時間が無い。
意を決して、画面をタップした。
耳に当てると、無機質なコール音が鳴り響く。
ついこの間静香に電話をかけた時よりも、コール音は長く感じた。
実際に長かったのだろう。
緊張で脳が爆発してしまいそうだ。
もう切ってしまおうか。そう思って目をギュッと閉じる。
そんなタイミングで、そのコール音は急に途切れた。
"───はい、蒼井です"
スピーカー越しに聞こえる副社長の声に、一瞬呼吸を忘れた。
"もしもし?"
私が何も喋らないから不思議に思ったのか、怪訝な声が聞こえてきて。
「……あっ、えっと」
止まっていた呼吸。思い切り吸ってから慌てて口を開く。
しかし電話を掛けたは良いものの、何をどう話せば良いのかを考えていなかったため、言葉に詰まる。
"どちら様ですか?"
ご尤もな疑問に、
「あのっ……夜分遅くに申し訳ありません。……鮎原です」
と噛みそうになりながらもなんとか答えた。
すると
"え?───鮎原さん……!?"
驚いたような声に、私は電話なのに大きく頷いた。
「……はい。鮎原です」
"どうして僕の番号を……"
「先日名刺をいただいたのを思い出しまして」
"あぁ!なるほど"
明るくなった声に、私は本題をどう切り出そうか考えていた。
"鮎原さんから連絡してくださるなんて、嬉しいです"
光栄な言葉だ。
しかし副社長の明るい声とは対照的に、私の声はどんどん暗くなる。
「……先月のこと、それからつい先日のことも。謝らないといけないと思いまして。本当にすみませんでした」
元はと言えば酔いすぎた私がいけなかったし、いくら怖くなったからと言ってもお金だけ置いて勝手にいなくなったのは本当に最低だったと思う。
ついこの間も逃げた挙句に病院に連れて行ってもらって。本当に情けない。
しかし謝る私と同じトーンで副社長も謝ってきた。
"いや、謝るのは僕の方です。お酒の勢いとは言え、許される行為ではありませんでした。申し訳ございませんでした"
静かな声に、私は一つ唾を飲み込む。
「あ、あのっ……」
意を決して呟いた私の勇気を捻り潰すように、副社長は電話の向こうで誰かに呼ばれた。
"あ、鮎原さん、ちょっと待っててくださいね"
そう言って保留音が流れたスピーカーに、私は苦笑いをこぼす。
───そうだ。彼は今出張先なのだ。そしてあの感じは、まだ仕事中。
私の都合で急に電話をかけて、仕事の邪魔をするわけにはいかない。
保留音が流れるスピーカー。
それをそっと耳から離して、終話のボタンをタップした。
プツリ。切れた電話には、虚しく通話時間だけが表示された。
……何も相談できなかった。
下腹部に手を当てる。
もしかしたら、電話が切れたことに気が付いてすぐに折り返してくるかもしれない。
それでまた仕事の邪魔をしたくなかった私は、スマホの電源を切った。
何か食べよう。そう思って晩ご飯を用意したものの、いざ食べようとしたら何故か急に吐き気が込み上げてきてトイレに駆け込んだ。
……これが、悪阻ってやつ?
本当に吐き気がするんだ。
テレビで見た時よりももっと強烈に襲ってくる吐き気に、私は何度も胃液を吐いた。
喉が荒れて、ヒリヒリと痛む。
口を濯いで、ついでに歯磨きをして。
疲れ切った私はご飯を食べるのをやめた。
晩ご飯はラップして冷蔵庫に。お風呂にも入らずに、布団の中に潜り込む。
あぁ、寂しいなあ。
暗い部屋に一人でいると、どうしても寂しさが優ってしまう。
副社長と関係を持ったあの日から、私はどうしようもない寂しさに押しつぶされそうになっていた。
"いい?妊娠にストレスは大敵なんだから、あんまり溜め込んじゃダメだよ?"
静香の言葉を思い出す。
思い出して、目に涙がじわりと滲んだ。
妊娠するとナーバスになるとはよく聞くけれど、まさか自分がそんなことになるなんて思ってもみなかった。
お腹は空いているのに食べようとすると吐き気が襲う。
具合の悪さを忘れたくて、そのまま目を閉じた。
「うん。私はそう思うよ」
「わかった。……今度は逃げないで話してみる」
「うん。応援してる」
「ありがとう」
笑いかけると、静香も私を安心させるように微笑んでくれた。
副社長に打ち明けると決心したものの、翌日から探してはいるが会えぬ日々。
どうやら噂によると今副社長は出張に出ているらしい。
就業後、自宅に戻った私はどうしたものかと考えて、ふと、思い出した。
「……そういえば、あの時名刺もらったんだっけ……」
どこにしまったのかを思い出せなくて、鞄の中をくまなく探す。
そして数分後。
「あ、あった」
財布の中から見つかった、一枚の名刺。
名前の下に書いてある会社の番号とは違う電話番号。
携帯番号だから、これだろう。
自分のスマホを取り出して、番号を打ち込む。
そして後は発信ボタンをタップするだけ、なのだが。
その後一歩が踏み出せない。
これをタップすると、副社長に電話がつながるのだ。
緊張して、心臓がバクバクと音を立てる。
それでも、静香にも宣言した。
もう次の受診まで時間が無い。
意を決して、画面をタップした。
耳に当てると、無機質なコール音が鳴り響く。
ついこの間静香に電話をかけた時よりも、コール音は長く感じた。
実際に長かったのだろう。
緊張で脳が爆発してしまいそうだ。
もう切ってしまおうか。そう思って目をギュッと閉じる。
そんなタイミングで、そのコール音は急に途切れた。
"───はい、蒼井です"
スピーカー越しに聞こえる副社長の声に、一瞬呼吸を忘れた。
"もしもし?"
私が何も喋らないから不思議に思ったのか、怪訝な声が聞こえてきて。
「……あっ、えっと」
止まっていた呼吸。思い切り吸ってから慌てて口を開く。
しかし電話を掛けたは良いものの、何をどう話せば良いのかを考えていなかったため、言葉に詰まる。
"どちら様ですか?"
ご尤もな疑問に、
「あのっ……夜分遅くに申し訳ありません。……鮎原です」
と噛みそうになりながらもなんとか答えた。
すると
"え?───鮎原さん……!?"
驚いたような声に、私は電話なのに大きく頷いた。
「……はい。鮎原です」
"どうして僕の番号を……"
「先日名刺をいただいたのを思い出しまして」
"あぁ!なるほど"
明るくなった声に、私は本題をどう切り出そうか考えていた。
"鮎原さんから連絡してくださるなんて、嬉しいです"
光栄な言葉だ。
しかし副社長の明るい声とは対照的に、私の声はどんどん暗くなる。
「……先月のこと、それからつい先日のことも。謝らないといけないと思いまして。本当にすみませんでした」
元はと言えば酔いすぎた私がいけなかったし、いくら怖くなったからと言ってもお金だけ置いて勝手にいなくなったのは本当に最低だったと思う。
ついこの間も逃げた挙句に病院に連れて行ってもらって。本当に情けない。
しかし謝る私と同じトーンで副社長も謝ってきた。
"いや、謝るのは僕の方です。お酒の勢いとは言え、許される行為ではありませんでした。申し訳ございませんでした"
静かな声に、私は一つ唾を飲み込む。
「あ、あのっ……」
意を決して呟いた私の勇気を捻り潰すように、副社長は電話の向こうで誰かに呼ばれた。
"あ、鮎原さん、ちょっと待っててくださいね"
そう言って保留音が流れたスピーカーに、私は苦笑いをこぼす。
───そうだ。彼は今出張先なのだ。そしてあの感じは、まだ仕事中。
私の都合で急に電話をかけて、仕事の邪魔をするわけにはいかない。
保留音が流れるスピーカー。
それをそっと耳から離して、終話のボタンをタップした。
プツリ。切れた電話には、虚しく通話時間だけが表示された。
……何も相談できなかった。
下腹部に手を当てる。
もしかしたら、電話が切れたことに気が付いてすぐに折り返してくるかもしれない。
それでまた仕事の邪魔をしたくなかった私は、スマホの電源を切った。
何か食べよう。そう思って晩ご飯を用意したものの、いざ食べようとしたら何故か急に吐き気が込み上げてきてトイレに駆け込んだ。
……これが、悪阻ってやつ?
本当に吐き気がするんだ。
テレビで見た時よりももっと強烈に襲ってくる吐き気に、私は何度も胃液を吐いた。
喉が荒れて、ヒリヒリと痛む。
口を濯いで、ついでに歯磨きをして。
疲れ切った私はご飯を食べるのをやめた。
晩ご飯はラップして冷蔵庫に。お風呂にも入らずに、布団の中に潜り込む。
あぁ、寂しいなあ。
暗い部屋に一人でいると、どうしても寂しさが優ってしまう。
副社長と関係を持ったあの日から、私はどうしようもない寂しさに押しつぶされそうになっていた。
"いい?妊娠にストレスは大敵なんだから、あんまり溜め込んじゃダメだよ?"
静香の言葉を思い出す。
思い出して、目に涙がじわりと滲んだ。
妊娠するとナーバスになるとはよく聞くけれど、まさか自分がそんなことになるなんて思ってもみなかった。
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具合の悪さを忘れたくて、そのまま目を閉じた。
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