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逆プロポーズをして晴れて婚約した私達。
しかし実際に副社長……彼方さんと入籍したのは、両親への報告や顔合わせなどがあり結局五月になった。
彼方さんの両親、すなわち社長夫妻と彼方さんは顔合わせの時に私の両親に土下座の勢いで謝罪していた。
対して私の両親は私が蒼井家に嫁ぐことの方が衝撃のようでこちらも土下座の勢いで「娘をよろしくお願いいたします」と頭を下げていた。
皆頭を下げるという意味のわからない光景に、私は一人で笑いを堪えるのに必死だった。
社長夫妻は私と私の両親を暖かく迎えてくれ、彼方さんにしっかりと私を支えるようにと懇々と説明してくれていた。
そのためか元々私に対してものすごく心配性だったのに、それに拍車がかかったかのように私が少しでも動こうとするとすぐに横に付いてくれる。
ありがたいはありがたいものの、そこまで心配する必要は無いと何度も言い聞かせた。
彼方さんとの新居は高級マンションの一室。
センスの良いインテリアは彼方さんが私をイメージして組み合わせてくれたらしい。
白を基調とした家具が、部屋だけでなく私の心まで明るくしてくれる。
喧嘩をすることもなく、互いを尊重し合いながらの生活は、とても心地の良いものだった。
私が少しでも楽に過ごせるように、脚のマッサージをしてくれたり休みの日には美味しいご飯を作ってくれたり。
私が少しでも動こうものなら怒られる勢いでベッドに寝かせられる。
おかげで健診のたびに体重は増える一方だった。
会社では突然の私と彼方さんの結婚にしばらく騒然とし、同僚たちには質問攻めにされ、彼方さんのファンの女性社員からは目の敵にされたりもした。
呼び出されたりするのではないかとビクビクしていた私。
しかし、彼方さんが締まりのない顔で毎日私を総務課まで送り迎えしている姿を見ていたためか、直接的に何かをされるということはなく、少し陰口を言われただけだった。それも気が付けば無くなり、産休まで平和に過ごすことができた。
それから産休に入り、のんびりと家事をしながらしばらくして。
予定日より二週間弱早い、十月十五日。
私は女の子を出産した。
彼方さんは出産にも立ち会ってくれて、私以上に泣いてくれた。
名前は玲花に決まった。彼方さんが、三日三晩ほとんど寝ずに考えてくれた。
お互いの名前の読みから取ったのだと、嬉しそうに教えてくれた。
「玲花、パパだよー……」
「ふぇ……」
「あ、ごめんねっ、起こしちゃった?」
「ふふっ、彼方さん、抱っこしてあげて」
「うん、こう?あれ、違う?」
「こう。腕をこうやって下に入れてー……、そう、そんな感じ」
まだ慣れない育児に二人で奮闘する毎日。
それでも笑顔が絶えず、とても充実して幸せに溢れた毎日だ。
───そして。
春。海の近くに佇む、ガラス張りのチャペル。
今日は私と彼方さんの結婚式だ。
玲花が産まれて、しばらくは三時間おきの授乳やおむつ替えでまともに眠ることすらままならなかったものの、半年も経てばほんの少しだけ楽になった。
悩まされていた夜泣きも少し落ち着いてきて、まとまった睡眠時間はまだ満足には取れていないけれど、身体が少し慣れてきたようだ。
少しずつ式の準備を進めて、ようやく今日を迎えることができた。
「美玲、おめでとう」
「静香。本当にありがとう」
控室に顔を出しに来てくれた静香に、何度もお礼を言う。
「玲花ちゃんは?」
「お母さんが見てくれてる」
「そっか、良かった」
玲花が泣くかもしれないから、挙式に招待したのは身内とそれに準ずる近しい人だけ。
大切な人達に見守られながら式を挙げられるなんて、私は何て幸せ者なんだろうと思う。
「あの時はどうなることかと思ってたけど。悩んでたのが嘘みたいに今幸せそうで、安心した」
「静香のおかげでこうやって結婚できたし、玲花にも会えた。本当に感謝してるよ」
静香からの助言がなければ、私はどうなっていたかわからない。彼方さんと結ばれることもなかっただろうし、玲花だってこの世に生を受けていたかどうかも定かではない。
静香のおかげで今の幸せがあるのだ。
「やだ、やめてよ。そんな素直にお礼言われたら恥ずかしいじゃん」
照れ臭そうな静香に、私も笑う。
プリンセスラインが華やかな純白のウエディングドレス。
同じ色のヴェールが、神聖な気持ちにさせてくれた。
世の女性たちの夢、とはよく言ったものだ。
確かにこれを着ると、自分がお姫様になったように思えてしまうから不思議だ。
「……美玲さん」
「彼方さん」
もうすぐ係の人に呼ばれるという頃。先にチャペルに向かった静香と入れ替わるように、彼方さんも準備が終わったのか私の控室に来てくれた。
ライトグレーのタキシードが眩しい。
長い脚が強調されて、隣に並ぶのも躊躇してしまうほどのスタイルの良さ。
ただでさえかっこよくてキラキラしているのに、今日は一段とかっこよく、素敵に見えた。
「……彼方さん、かっこいい」
「それを言うなら、美玲さんの方だよ。本当に綺麗だ」
「ふふっ……嬉しい」
彼方さんは結婚してからも、玲花が産まれてからも、"可愛い""素敵だ""愛してる"など、甘い言葉を欠かしたことがない。
私の誕生日は特に教えていなかったのに、誰に聞いたのか真っ赤な薔薇の花束をプレゼントしてくれてそれはそれは驚いた。
"貴女に出会えたことが、僕の一生の宝です"
そんな歯の浮くようなセリフも、彼方さんが言うととても似合っているから少し悔しい。
「本当に綺麗だよ。───今すぐ食べちゃいたいくらいに」
そう言ったかと思うと、一瞬で私の唇を奪っていく彼方さん。
「なっ!」
折角綺麗にグロスを塗ってくれたのに、取れちゃったじゃん……!
「ははっ、真っ赤になっちゃって。本当に可愛い」
ぺろりと唇を舐めるその仕草がいやらしくて、見ているとこっちまで変な気分になりそうで、思わず顔を逸らす。
「……彼方さん、からかわないで」
「からかってないよ。事実だよ」
「……」
しかし彼方さんは逃してくれなくて。
「ん……ちょ、っと、かなたさん……んんっ」
もう式が始まるのに。彼方さんは私に何度もキスをして、全く離してくれる気配がない。
コンコン、と控室のドアをノックする音がしても尚、まだ降り続く甘いキス。
「……もう、良いとこだったのに」
「っ、もうっ、早く行かないとっ!」
「ははっ、"もっと"って顔してるのに?」
「し、してないっ!」
図星を突かれて、恥ずかしさに逃げるようにドレスの裾を持つ。
「ごめんごめん。あまりにも美玲さんが可愛くて」
「……だからからかわないでって……」
「クスっ……うん。じゃあ行こっか」
小さく笑ったのを、私は見逃していないぞ。
そうは言っても、もう時間だから。
すっかり落ちてしまったグロス。
それに対する文句は後で、じっくりと。
二人並んで控室を出て、チャペルへ向かう。
「そうだ。今夜、うちの実家に玲花預かってもらうから」
「え?どうして……」
「結婚式の後くらい、二人きりで過ごしたいからね」
「……彼方さん」
「だから、今夜はたっぷり愛してあげるから、覚悟しといてね?」
───あぁ、文句を言っている暇も無いかもしれない。
その妖艶な笑みに応えるように、そっと私からキスをする。
全面ガラス張りのチャペル。
そのガラスの向こうには、白い砂浜と煌めく美しい海が広がっている。
幾重にも乱反射して差し込んでくる光が、まるで絵本の世界に来たかのような錯覚をさせる。
私は彼方さんの腕に右手を添えて、左手にブーケを持ち。
「病めるときも、健やかなるときも。お互いを愛し、敬い、尊重し、共に助け合うことを誓いますか?」
牧師の問いかけに、二人で顔を見合わせて、ヴェール越しに笑顔で声を揃えた。
「はい。誓います」
チャペルの鐘が、二人を祝福するように大きく鳴り響いていた。
end
しかし実際に副社長……彼方さんと入籍したのは、両親への報告や顔合わせなどがあり結局五月になった。
彼方さんの両親、すなわち社長夫妻と彼方さんは顔合わせの時に私の両親に土下座の勢いで謝罪していた。
対して私の両親は私が蒼井家に嫁ぐことの方が衝撃のようでこちらも土下座の勢いで「娘をよろしくお願いいたします」と頭を下げていた。
皆頭を下げるという意味のわからない光景に、私は一人で笑いを堪えるのに必死だった。
社長夫妻は私と私の両親を暖かく迎えてくれ、彼方さんにしっかりと私を支えるようにと懇々と説明してくれていた。
そのためか元々私に対してものすごく心配性だったのに、それに拍車がかかったかのように私が少しでも動こうとするとすぐに横に付いてくれる。
ありがたいはありがたいものの、そこまで心配する必要は無いと何度も言い聞かせた。
彼方さんとの新居は高級マンションの一室。
センスの良いインテリアは彼方さんが私をイメージして組み合わせてくれたらしい。
白を基調とした家具が、部屋だけでなく私の心まで明るくしてくれる。
喧嘩をすることもなく、互いを尊重し合いながらの生活は、とても心地の良いものだった。
私が少しでも楽に過ごせるように、脚のマッサージをしてくれたり休みの日には美味しいご飯を作ってくれたり。
私が少しでも動こうものなら怒られる勢いでベッドに寝かせられる。
おかげで健診のたびに体重は増える一方だった。
会社では突然の私と彼方さんの結婚にしばらく騒然とし、同僚たちには質問攻めにされ、彼方さんのファンの女性社員からは目の敵にされたりもした。
呼び出されたりするのではないかとビクビクしていた私。
しかし、彼方さんが締まりのない顔で毎日私を総務課まで送り迎えしている姿を見ていたためか、直接的に何かをされるということはなく、少し陰口を言われただけだった。それも気が付けば無くなり、産休まで平和に過ごすことができた。
それから産休に入り、のんびりと家事をしながらしばらくして。
予定日より二週間弱早い、十月十五日。
私は女の子を出産した。
彼方さんは出産にも立ち会ってくれて、私以上に泣いてくれた。
名前は玲花に決まった。彼方さんが、三日三晩ほとんど寝ずに考えてくれた。
お互いの名前の読みから取ったのだと、嬉しそうに教えてくれた。
「玲花、パパだよー……」
「ふぇ……」
「あ、ごめんねっ、起こしちゃった?」
「ふふっ、彼方さん、抱っこしてあげて」
「うん、こう?あれ、違う?」
「こう。腕をこうやって下に入れてー……、そう、そんな感じ」
まだ慣れない育児に二人で奮闘する毎日。
それでも笑顔が絶えず、とても充実して幸せに溢れた毎日だ。
───そして。
春。海の近くに佇む、ガラス張りのチャペル。
今日は私と彼方さんの結婚式だ。
玲花が産まれて、しばらくは三時間おきの授乳やおむつ替えでまともに眠ることすらままならなかったものの、半年も経てばほんの少しだけ楽になった。
悩まされていた夜泣きも少し落ち着いてきて、まとまった睡眠時間はまだ満足には取れていないけれど、身体が少し慣れてきたようだ。
少しずつ式の準備を進めて、ようやく今日を迎えることができた。
「美玲、おめでとう」
「静香。本当にありがとう」
控室に顔を出しに来てくれた静香に、何度もお礼を言う。
「玲花ちゃんは?」
「お母さんが見てくれてる」
「そっか、良かった」
玲花が泣くかもしれないから、挙式に招待したのは身内とそれに準ずる近しい人だけ。
大切な人達に見守られながら式を挙げられるなんて、私は何て幸せ者なんだろうと思う。
「あの時はどうなることかと思ってたけど。悩んでたのが嘘みたいに今幸せそうで、安心した」
「静香のおかげでこうやって結婚できたし、玲花にも会えた。本当に感謝してるよ」
静香からの助言がなければ、私はどうなっていたかわからない。彼方さんと結ばれることもなかっただろうし、玲花だってこの世に生を受けていたかどうかも定かではない。
静香のおかげで今の幸せがあるのだ。
「やだ、やめてよ。そんな素直にお礼言われたら恥ずかしいじゃん」
照れ臭そうな静香に、私も笑う。
プリンセスラインが華やかな純白のウエディングドレス。
同じ色のヴェールが、神聖な気持ちにさせてくれた。
世の女性たちの夢、とはよく言ったものだ。
確かにこれを着ると、自分がお姫様になったように思えてしまうから不思議だ。
「……美玲さん」
「彼方さん」
もうすぐ係の人に呼ばれるという頃。先にチャペルに向かった静香と入れ替わるように、彼方さんも準備が終わったのか私の控室に来てくれた。
ライトグレーのタキシードが眩しい。
長い脚が強調されて、隣に並ぶのも躊躇してしまうほどのスタイルの良さ。
ただでさえかっこよくてキラキラしているのに、今日は一段とかっこよく、素敵に見えた。
「……彼方さん、かっこいい」
「それを言うなら、美玲さんの方だよ。本当に綺麗だ」
「ふふっ……嬉しい」
彼方さんは結婚してからも、玲花が産まれてからも、"可愛い""素敵だ""愛してる"など、甘い言葉を欠かしたことがない。
私の誕生日は特に教えていなかったのに、誰に聞いたのか真っ赤な薔薇の花束をプレゼントしてくれてそれはそれは驚いた。
"貴女に出会えたことが、僕の一生の宝です"
そんな歯の浮くようなセリフも、彼方さんが言うととても似合っているから少し悔しい。
「本当に綺麗だよ。───今すぐ食べちゃいたいくらいに」
そう言ったかと思うと、一瞬で私の唇を奪っていく彼方さん。
「なっ!」
折角綺麗にグロスを塗ってくれたのに、取れちゃったじゃん……!
「ははっ、真っ赤になっちゃって。本当に可愛い」
ぺろりと唇を舐めるその仕草がいやらしくて、見ているとこっちまで変な気分になりそうで、思わず顔を逸らす。
「……彼方さん、からかわないで」
「からかってないよ。事実だよ」
「……」
しかし彼方さんは逃してくれなくて。
「ん……ちょ、っと、かなたさん……んんっ」
もう式が始まるのに。彼方さんは私に何度もキスをして、全く離してくれる気配がない。
コンコン、と控室のドアをノックする音がしても尚、まだ降り続く甘いキス。
「……もう、良いとこだったのに」
「っ、もうっ、早く行かないとっ!」
「ははっ、"もっと"って顔してるのに?」
「し、してないっ!」
図星を突かれて、恥ずかしさに逃げるようにドレスの裾を持つ。
「ごめんごめん。あまりにも美玲さんが可愛くて」
「……だからからかわないでって……」
「クスっ……うん。じゃあ行こっか」
小さく笑ったのを、私は見逃していないぞ。
そうは言っても、もう時間だから。
すっかり落ちてしまったグロス。
それに対する文句は後で、じっくりと。
二人並んで控室を出て、チャペルへ向かう。
「そうだ。今夜、うちの実家に玲花預かってもらうから」
「え?どうして……」
「結婚式の後くらい、二人きりで過ごしたいからね」
「……彼方さん」
「だから、今夜はたっぷり愛してあげるから、覚悟しといてね?」
───あぁ、文句を言っている暇も無いかもしれない。
その妖艶な笑みに応えるように、そっと私からキスをする。
全面ガラス張りのチャペル。
そのガラスの向こうには、白い砂浜と煌めく美しい海が広がっている。
幾重にも乱反射して差し込んでくる光が、まるで絵本の世界に来たかのような錯覚をさせる。
私は彼方さんの腕に右手を添えて、左手にブーケを持ち。
「病めるときも、健やかなるときも。お互いを愛し、敬い、尊重し、共に助け合うことを誓いますか?」
牧師の問いかけに、二人で顔を見合わせて、ヴェール越しに笑顔で声を揃えた。
「はい。誓います」
チャペルの鐘が、二人を祝福するように大きく鳴り響いていた。
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