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三. 食人鬼、愛を喰む。
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リーベを引き取ったあの日から、三年の月日が経った。
今やもう、彼女の欠けた生活は想像できなくなっていた。
気づけば彼女は、もう十三歳。
出会った頃よりも背は幾分か伸び、より快活な子に育った。
いつからか、二人で同じ料理を食べることが当たり前になった。
食卓に並ぶ彼女の手料理の味が、私は好きになっていた。
そして反対に、月に一度の〈食事〉が苦になっていった。
「さて……食料も買えたことですし、帰りますか」
ある日私は、夕食の材料を買いに出かけた。
今日は私が手料理を振る舞う日だ。
腕によりをかけて、彼女の満足する食事を作らねばならない。
沈みかけた夕陽に急かされ、森の中にある家へと戻った。
その道中、私はある集団に声をかけられた。
「すみません、少しよろしいですか?」
「? なんでしょうか?」
鉄の鎧を着込んだ男たちが五人ほど、そこに立っていた。
携えた剣や弓を見る限り、王国の騎士団といったところだろうか。
少し、嫌な予感がした。
「この辺りで最近『人を襲って食料にしている化け物がいる』という情報が入りまして」
「へぇ、そうなんですか。それは物騒ですね」
「ええ。寄せられた目撃情報によれば、『手足が異様に長い細身長身の男』……だとか」
彼らの私を見る目が変わったのがわかった。
殺気立った彼らの雰囲気を、肌で感じた。
最前列にいた騎士が、静かに剣を抜いた。
・・・
手傷を負ったのは、六年ぶりだった。
口から血を吐くほどの傷は、初めてだった。
「うっ、ゴホッゴホッ……」
五人の兵士たちを倒したはいいものの、出血が酷い。
今すぐにでも人肉を摂取しなければ、この傷は癒せないだろう。
だが今は、人間を襲いに行っている場合ではない。
――帰らなければ。
あの子の待つ家に。
私の帰りを待つ、あの子のもとへ。
「……リー、ベ」
地を這うような真似をしつつも、なんとか帰宅した。
脇腹を押さえながら、玄関先で私は崩れ落ちた。
その音を聞きつけたのか、リーベが家の中から駆けてくる。
リーベは、包丁を両手で握っていた。
その意味を、私は瞬時に理解した。
「ああ……なるほど」
「……アシさん、ごめんね」
彼女にしては悲しげな微笑みだ。
「貴方だったんですね……騎士団に密告したのは」
先刻の騎士団の情報――『人を襲って食料にしている化け物』。
人間を襲うところは見られたとしても、私が家で実際にそれを食している一部始終までは、近隣の住民であっても見ることはできない。
――彼女以外は。
「私、知ってたんだ。アシさんが〈食人鬼〉だったってこと」
包丁を持った彼女が近づいてくる。
「それに、見たんだ。アシさんが、私のお母さんを殺したところ」
ああ、そうか。見られていたのだ、あの日の出来事を。
彼女はずっと……私と出会ったあの日から、私の正体を知っていたのだ。
「私に拾われたのは……復讐のため、ですか?」
リーベは何も答えない。
包丁を固く握りしめたまま、彼女は歩み寄ってくる。
私は臆することもなく、向けられたその刃先を見つめていた。
彼女に殺されるのなら――私としては本望だ。
「――違うよ、エッセン」
包丁の刃先が、反対側にひっくり返った。
リーベは、自分に向けた刃先を自らの腹部に押し当てる。
彼女は短く呻き、膝から崩れ落ちた。
「な、何を……何をやっているのです、リーベ!」
「あ、あはは……」
彼女の腹に突き刺さった包丁を引き抜く。
止めどなく血の流れる腹の傷は、もう塞がらない。
「はじめて名前、呼んでくれたね……」
「何故、こんな馬鹿な真似を……!」
ぐったりとしたリーベを抱きかかえる。
虚ろな目をした彼女は、掠れた声で私にいった。
「エッセン、私をっ……私を食べて」
「は……? 貴方、何を……」
「お母さんに、会わせてよ。そこに……いるんでしょ?」
リーベは私の下腹部を見て言った。
彼女を抱く腕が震える。
そして、悟った。
騎士団に密告して私を襲わせたのも、このためだったのだ。
月に一度の〈食事〉の前を狙って、自然に回復できないほどの傷を私に負わせた。
回復のための〈食事〉として、自分を食べてくれるように。
「私、お母さんに会いたいんだ。そっちに、行きたいんだ……」
「だからって、貴方は……!」
「ごめんってば……だって、全然私のこと、食べてくれなかったからさ……」
彼女の瞳から、涙が一筋流れた。
最後の力を振り絞って、リーベは訴えかける。
「エッセン……あなたは、優しい人だよ。私を救えるのは、あなたしかいないんだよ」
それを最後に、彼女は力尽きた。
彼女の瞼はそれから、永遠に開かれることはなかった。
***
不味い。
味がしない。
こんなに味のしない料理は、生まれて初めてだった。
「ああ、リーベ……」
おかしい。塩など入れていないはずなのに、ひどく塩辛い。
味覚がおかしくなったのだろうか。
味気のない食卓で一人、切り分けた肉を口にした。
自分の咀嚼音と食器のぶつかる音だけが響く。
気が狂ってしまいそうだった。
すべての料理を食べ終え、ナイフとフォークを置く。
そして、手を合わせた。
『イヒ リーベ ディヒ』
それは今までで一番、味気のない〈食事〉だった。
今やもう、彼女の欠けた生活は想像できなくなっていた。
気づけば彼女は、もう十三歳。
出会った頃よりも背は幾分か伸び、より快活な子に育った。
いつからか、二人で同じ料理を食べることが当たり前になった。
食卓に並ぶ彼女の手料理の味が、私は好きになっていた。
そして反対に、月に一度の〈食事〉が苦になっていった。
「さて……食料も買えたことですし、帰りますか」
ある日私は、夕食の材料を買いに出かけた。
今日は私が手料理を振る舞う日だ。
腕によりをかけて、彼女の満足する食事を作らねばならない。
沈みかけた夕陽に急かされ、森の中にある家へと戻った。
その道中、私はある集団に声をかけられた。
「すみません、少しよろしいですか?」
「? なんでしょうか?」
鉄の鎧を着込んだ男たちが五人ほど、そこに立っていた。
携えた剣や弓を見る限り、王国の騎士団といったところだろうか。
少し、嫌な予感がした。
「この辺りで最近『人を襲って食料にしている化け物がいる』という情報が入りまして」
「へぇ、そうなんですか。それは物騒ですね」
「ええ。寄せられた目撃情報によれば、『手足が異様に長い細身長身の男』……だとか」
彼らの私を見る目が変わったのがわかった。
殺気立った彼らの雰囲気を、肌で感じた。
最前列にいた騎士が、静かに剣を抜いた。
・・・
手傷を負ったのは、六年ぶりだった。
口から血を吐くほどの傷は、初めてだった。
「うっ、ゴホッゴホッ……」
五人の兵士たちを倒したはいいものの、出血が酷い。
今すぐにでも人肉を摂取しなければ、この傷は癒せないだろう。
だが今は、人間を襲いに行っている場合ではない。
――帰らなければ。
あの子の待つ家に。
私の帰りを待つ、あの子のもとへ。
「……リー、ベ」
地を這うような真似をしつつも、なんとか帰宅した。
脇腹を押さえながら、玄関先で私は崩れ落ちた。
その音を聞きつけたのか、リーベが家の中から駆けてくる。
リーベは、包丁を両手で握っていた。
その意味を、私は瞬時に理解した。
「ああ……なるほど」
「……アシさん、ごめんね」
彼女にしては悲しげな微笑みだ。
「貴方だったんですね……騎士団に密告したのは」
先刻の騎士団の情報――『人を襲って食料にしている化け物』。
人間を襲うところは見られたとしても、私が家で実際にそれを食している一部始終までは、近隣の住民であっても見ることはできない。
――彼女以外は。
「私、知ってたんだ。アシさんが〈食人鬼〉だったってこと」
包丁を持った彼女が近づいてくる。
「それに、見たんだ。アシさんが、私のお母さんを殺したところ」
ああ、そうか。見られていたのだ、あの日の出来事を。
彼女はずっと……私と出会ったあの日から、私の正体を知っていたのだ。
「私に拾われたのは……復讐のため、ですか?」
リーベは何も答えない。
包丁を固く握りしめたまま、彼女は歩み寄ってくる。
私は臆することもなく、向けられたその刃先を見つめていた。
彼女に殺されるのなら――私としては本望だ。
「――違うよ、エッセン」
包丁の刃先が、反対側にひっくり返った。
リーベは、自分に向けた刃先を自らの腹部に押し当てる。
彼女は短く呻き、膝から崩れ落ちた。
「な、何を……何をやっているのです、リーベ!」
「あ、あはは……」
彼女の腹に突き刺さった包丁を引き抜く。
止めどなく血の流れる腹の傷は、もう塞がらない。
「はじめて名前、呼んでくれたね……」
「何故、こんな馬鹿な真似を……!」
ぐったりとしたリーベを抱きかかえる。
虚ろな目をした彼女は、掠れた声で私にいった。
「エッセン、私をっ……私を食べて」
「は……? 貴方、何を……」
「お母さんに、会わせてよ。そこに……いるんでしょ?」
リーベは私の下腹部を見て言った。
彼女を抱く腕が震える。
そして、悟った。
騎士団に密告して私を襲わせたのも、このためだったのだ。
月に一度の〈食事〉の前を狙って、自然に回復できないほどの傷を私に負わせた。
回復のための〈食事〉として、自分を食べてくれるように。
「私、お母さんに会いたいんだ。そっちに、行きたいんだ……」
「だからって、貴方は……!」
「ごめんってば……だって、全然私のこと、食べてくれなかったからさ……」
彼女の瞳から、涙が一筋流れた。
最後の力を振り絞って、リーベは訴えかける。
「エッセン……あなたは、優しい人だよ。私を救えるのは、あなたしかいないんだよ」
それを最後に、彼女は力尽きた。
彼女の瞼はそれから、永遠に開かれることはなかった。
***
不味い。
味がしない。
こんなに味のしない料理は、生まれて初めてだった。
「ああ、リーベ……」
おかしい。塩など入れていないはずなのに、ひどく塩辛い。
味覚がおかしくなったのだろうか。
味気のない食卓で一人、切り分けた肉を口にした。
自分の咀嚼音と食器のぶつかる音だけが響く。
気が狂ってしまいそうだった。
すべての料理を食べ終え、ナイフとフォークを置く。
そして、手を合わせた。
『イヒ リーベ ディヒ』
それは今までで一番、味気のない〈食事〉だった。
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