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二. 食人鬼、日々を過す。

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 その日から、少女は私の家に棲みつくようになった。

 自分以外の人間と過ごす日々は、私にとって疲れるものでしかなかった。
 おまけに、こんな小さな子供などと……。

「アシさん、この料理おいしくない!」

 この少女――“リーベ”は、我儘わがままだ。
 私の作った料理に生意気にも文句を付けてくる。

「だからなんです? 黙って食べなさい」
「味が変だよ! アシさんの舌、おかしいんじゃないの?」

 私の料理が彼女の口に合わないのは、当然だ。
 人間の口に合う味など、私の知るわけがない。

 だからといって、毎回のようにケチをつけられるのは屈辱的だ。
 私なりに、彼女の好む味を研究してみようと思う。

「ねぇ、アシさんは食べなくていいの?」

 純朴な目で少女は訊いてくる。
 料理を作るだけ作って食べない私を、不思議に思ったのだろう。

 人間を食べることで〈食人鬼〉は一ヶ月生きられる。
 普通の人間のような食事を摂る必要もない。

「私はいいのです。好きなだけ食べなさい」
「そっかぁ……。でも、なんかさびしいね」

 寂しげな顔をして、少女は料理を口に運んだ。

 
   ***


「さて、調達してきたはいいものの……」

 少女が来てひと月。
 次の〈食事〉を行う日がやってきた。

 食材を調達できたはいいが、少女がいる手前、堂々と〈食事〉を行うわけにもいかない。一部始終を見られれば、私が〈食人鬼〉であることが露見してしまう。

「彼女は……もう眠ったようですね」

 先ほどベッドに入った少女は、静かに眠りについている。
 人間を殺してくるにも捌くにも、彼女の見えない場所で行わなければいけない。
 
 こそこそ〈食事〉を摂らなければいけないなんて面倒だ。
 
『フィーレン ダンク』
 
 彼女との生活は不便で不自由だ。
 誰かに縛られるような日常など、やはりいいものではない。

 しかし、どうしてだろうか。
 彼女に隠れて食べる肉は、美味しいと思えなかった。

 
   ***


「アシさん、料理作ってみたから食べてみて!」
 
 あの少女、リーベが来てから一年が過ぎた頃。
 
 リーベは私に、手料理を振る舞うようになった。
 誰に言われたわけでもなく、自発的に。

「私は、食事など摂らなくても……」
「知ってる。でも、食べてみてよ。案外、美味しいかもしれないよ?」
 
 そんなはずはない。
 人間の食べるものなんて、どんな害があるかわからない。

「仕方ありませんね……」

 しぶしぶ、彼女の作ったジャーマンポテトを一口いただいた。

「…………」
 
 ふむ。これが、人間の味付けか。
 思っていたよりも、悪い味ではない。

「どう? おいしい?」
「ええ、まあ。悪くはありませんね」
「ほんとに? よかった! わたしね、ほんとはアシさんと一緒にご飯食べたかったの」

 向かい側に座るリーベは、そういって嬉しそうに笑みを私に向けた。
 
 初めて二人で囲む食卓。
 愛の盛り付けられた料理は、今まで食べたどんな人肉よりもずっと――

 ――美味しかった。
 
「アシさんと一緒のご飯、初めてだね! 嬉しいなぁ~」
「……フフッ、そうですか」
 
 時が経つにつれ、いつの間にか彼女との時間も苦ではなくなっていた。

 だが次第に、当初の目的が薄れているようにも思う。
 
 彼女を拾ったのは、あくまでも非常食として育てるためだ。
 成長した彼女を、いつかはこの腹に収めなければいけない。
 
 だから……余計な感情を抱いてしまう前に、なんとかするべきなのだ。
 
 
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