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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 これまでにも大の男が、子供と小娘を大声で悪し様に怒鳴り付けていたから、何人かの人が足を止めてこちらを見ていたのだが、わたしが痛い痛いと大袈裟に声をあげたので、その人数は増えてきていた。



 しかし誰も助けに入ってくれないのは、夜遅い時間にこうなった状況が読めなからだ。
 これが昼間の出来事なら、もう既にわたしとパピーは周りに助けられていたと思う。

 だけど、ここは夜の繁華街で。
 まともな子供や女性なら、こんな時間にこんな場所で、勤務中のおじさんから怒鳴られている訳が無い、と思われているのだろう。
 事情も分からずにわたし達を助けようとするのに、躊躇いがあるのだ。



 ようやくおじさんも周囲の様子に気付いたのか、自分は困っているのだとアピールするように、大きなため息をついた。
 そして、取り囲む男性達に説明するように、わたしに話し出した。


「このガキはな、俺の店に忍び込んでパンを盗んだ泥棒なんだぜ。
 これから警察に付き出してやるんだから、関係ないならあんたは引っ込んでろよ」


『引っ込んでろよ』と言われて、おとなしくパピーが連れていかれるのを見ているだけのつもりはない。

 今夜のわたしはあのふたりへのモヤモヤが燻り続けていて、好戦的なテンションになりつつあった。
 結構言いたいことは言えたような気がしているけれど。
 あれだけでは、まだまだ言い足りない。 
 やっぱりもっと理詰めで、こんこんと攻めるべきだった。



 それとは何の関係もないおじさんには申し訳ないけれど、不機嫌なわたしに向かって、アマなんて言った貴方が悪いのよ?
 八つ当たりしたいわたしも、性格が悪いけどね!


「わたくし、ジェラルディン・キャンベル・クレイトンと申しますの。
 貴方様のお名前を伺っても?」

 ファミリーネームに続く地名は、そこを領地とする貴族の証だ。
 かつて観た劇に登場した高飛車な悪役令嬢はありがちな感じだったが、彼女をイメージしながら、見下すようにおじさんに名前を尋ねた。


「……お嬢さんは貴族階級の……」


 そう貴方がアマと呼んだのは、ね。
 貴族のご令嬢には見えないだろうから無理もないけれど。


 おじさんがパピーの襟元からそっと手を離したので、すかさずわたしの方へ引き寄せたが、もうおじさんはそれを見ているだけだ。


 でも、もうこれで充分ね。
 余りやり過ぎると、鼻持ちならない貴族の小娘が、善良な働くおじさんを苛めているように見えてしまう。

 言う通り、パピーがおじさんの店からパンを盗んだのなら、貴方のお怒りは納得出来る。
 だけど、小さな子供相手にやり方が乱暴だ。


 パピーは見た目はともかく性格が可愛らしくて、荒んだわたしの心を癒してくれたけれど、多分街の浮浪児で、結局は警察に引き渡すしかないのかも知れない。
 だけど、泥棒として付き出すのはやめて欲しかった。
 警察にはわたしが、これから迷子として連れて行く。


「この子が盗んだパンの料金は、わたくしが支払います。
 金額はおいくらになりますか?」


 わたしは自分の身分とお金で、この状況を解決しようと考えた。

 わたしが持っている、おじさんに対抗出来るカードはそれしかないから。
 

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