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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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「わたし以外の皆が、幸せで。
 それが嬉しいはずなのに。
 わたしだけが取り残されている、そんな気がするんです」


 24歳の5月。
 一昨年、司法試験の予備試験に合格するまでは、表向き順調だった。
 しかし、去年司法試験本番で……落ちた。



 2回目の試験が来月に迫ってきて、日々死に物狂いで勉強しているのだが、鬼気迫るわたしの様子に、一度落ち着け、とフィリップスさんがランチに誘ってくれて。
 わたしはフィリップスさんを相手に、愚痴り始めた。


「そんな風に思い始めたきっかけは何かあったんですか?」


 本当はわたしの愚痴等聞きたくもなかろうに。
 口では自分は冷めた人間だとを言いながら、本当は面倒見の良いフィリップスさんが話すように促してくれる。


「先週、クレイトンのマーサからベンと結婚すると連絡がありまして、おめでとう、と言えたのは言えたんですけれど」


 ベンはクレイトン循環オムニバスの運転手になっていた。
 同じ孤児院出身のふたりと各自1台ずつ自分でバスを購入して(祖父に借金して)3人で3台のバスを領内巡回する、バス会社を立ち上げたのだ。


「ベンくんは、あれでしょう。
 初めて王都に来た時に、王都内全ルートの2階建てオムニバスに乗りたい、と制覇した強者でしたね」

 その通り、初めて王都にやって来た15歳のベンから王都では何がお薦めか、と聞かれたわたしが
『2階建てオムニバスが最高だ』と答えたので。
 到着したセントラル駅から早速乗り込んだ彼は、その素晴らしさに感動して。
 3日間、下車せずにオムニバスの2階から名所を眺めて、全ルートを制覇した。



「それから、次は従兄のフレディです」

「あぁフレデリックくん、貴女のご友人の……ジョーンズ嬢と、でしたね」


 それは最初から分かっていたことだった。
 フレディがドアマンの仕事を始めた時から、彼がメリッサを好きになることは読めていた。
 何故なら、メリッサはムーアの人間が好むタイプの女性で、フレディは典型的なムーアの男だから。


 フレディからは、メリッサが逃げられなくなるまで(こんな恐ろしい言葉が存在する?) 自分の正体は絶対にバラすな、とお願いされ。
 メリッサからは、同僚のフレディ・グラントの優しさ(!)エピソードを聞くたびに、顔がひきつった。


 そして2日前、ゲストリレーションズマネージャーに任命されたフレディは、アシスタントのメリッサに正体を隠したままプロポーズをして、受けて貰ったのだが。

 彼が一体いつまで秘密にしておくのか。
 逃げられなくなってからそれを知った時のメリッサが、従兄だと黙っていたわたしをどう思うのか。
 考え始めたら、背中を冷たい汗が流れる。

 それでも確かに、ふたりは幸せそうで。
 わたしは、繰り返し言った。


「おめでとう、と言えたのは言えたんですけれど」

「あぁ……なる程ね」


 フィリップスさんはきっと、わたしが司法試験について悩んでいるのだろう、と経験した先輩としてアドバイスのひとつでもしてくださるつもりだったのに。
 わたしの口から出たのは、己の器の小ささを物語る、大切なはずの友人達の愛の成就への妬みの愚痴なので、いささかもて余している様に見えた。


 だから続けて言えなかった。
 19のリアンが16のクララを、自作のミューズにしていることは。
 リアンは芸術学院の卒業制作で、クララをモデルにした作品を提出して。
 卒業後も学院内で飾られていたそれを、昨日返却されてきたからと見せて貰ったのだが、その淡く優しい色合いがリアンの心情を表していて羨ましくて。
 ……また嫉妬した。


 マーサやメリッサ、クララ。
 彼女達は皆愛されて求められて。
 今や、わたしの心の支えは、フィリップスさんへの叶わぬ片想いに焦がれながらも、『わたしはひとりで、思うように生きていくの』と宣言している従姉モニカの存在だ。


 わたしは24歳……
 後1年待って、25歳になっても。
 アレが会いに来てくれなかったら、どうしてくれようか……


 
 食後のお茶に多めの砂糖を入れて、マナーも無視してカチャカチャといつまでもかき混ぜているわたしを、フィリップスさんが眺めていた。


「貴方にも恋人がいたでしょう?」


 フィリップスさんには詳しく話さずに、ただ恋人がいるとだけ伝えていた。
 わたしの面倒を見てくれ、と頼んだ祖父の目的はそう言うものではない、と分かって貰いたかったからだ。




「かつて『たった1日でも、一生ものの恋に落ちることはあるかもしれない』と言った人が居るんですが。
 わたしの場合は3日間でした。
 金曜の夜から日曜の午後までの3日間。
 わたしにとっては一生ものの恋でしたが……」


 たった1日でも……、とオルに言ったのは前回のフィリップスさんだった。
 今回のこの方がどう思っているのかは不明だけれど、わたしの気持ちを分かってくれるような気がして。



 それを聞いて、今回のフィリップスさんは少し考えていた。
 もしかして、そんな短い間に燃え上がるから駄目なんですよ、とか言う……


「……僕は真剣な恋愛経験がないので、一生ものの恋については語れないんです、すみません。
 でも、3日間か……
 これは恋の話ではないですが、僕が3日というものについて常々考えていたことを、話してもいいですか?」

「……どうぞ」

「僕は3日あれば、ひとは復活すると思っているんです。
 悲しかったり辛かったり、いきなりの不幸に見舞われても。
 3日後には少し余裕が出来て、違うものの見方が出来る、みたいな」

「3日後、ですか……
 それは、今わたしが愚痴って落ち込んでいても、3日後には元気になるよ、みたいな?」

「こんなことしか、言えなくて申し訳なく思います。
 貴方の3日間の一生ものの恋についての答えにもなってなくて。
 僕は恋の相談相手には向いていません。
 お前はいくつだよ、って笑われそうですが」


 少なくとも、わたしは笑わない。
 ずっとどうしてなのか、分からなかった答えをくれたから。



 前回、リアンが意識不明になって直ぐにクレイトンへ帰れ、と。
 フィリップスさんがわたしに取ってくれたのは、その日の最終便のチケットだった。
 だけどオルには『後から来い』と3日後のチケットを用意して。
 どうして彼だけ3日後なのか、ずっと分からなかった。


 ……前回も同じ考えだったなら。
 わたしの両親も、祖父も、クリフォード達も。
 リアンの事故から3日経って、少し落ち着いて。
 そこにオルが登場したら、受け入れやすいだろう、と。

 そう思って、フィリップスさんは彼のチケットを用意してくれたんだ……
 ノックスヒルで、彼の居場所を作りやすくするために。


 あの行動の意味がやっと分かって、鼻の奥がツンとした。
 恋の相談が苦手なくせに、泣かせないで欲しいよ。
 おかしい、木の芽どきも無事に乗り切ったと言うのに、やっぱりわたしは情緒がおかしくなっている。



「慰めにもならないですよね。
 でも、先に言ってた『たった1日でも、一生ものの恋に落ちることがある』でしたっけ?
 あれ、僕もどこかで使わせて貰ってもいいですか?」

「『落ちることがあるかもしれない』でしたよ」



 わたしが訂正したので、フィリップスさんが笑った。
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