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二十二話目 夢のあとさき 前編

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【商店街夏祭り企画】の後日譚的なお話になっています。もちろん今回のお話は期間中のお話で、篠宮 楓様の『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の一家が出て来ます。
もちろん篠宮様と相談した上でのお話です。




*******



「燗さん、こんにちは」
「おう、女将じゃねえか。どうした?」
「実は、燗さんに取り寄せてほしいお酒があるんだけれど」

 八月のある日、籐子はランチが終わったあとで篠宮酒店に顔を出すと、挨拶もそこそこに店主である燗にそう切り出した。

「俺の伝を駆使して取り寄せるぜ。どこの酒だい?」
「京都の酒造のお酒で、『香田』という特別純米酒なんだけれど……」

 籐子がそう言えば、燗は器用に片眉を上げて

「そりゃまたごたいそうな。店にだすのかい?」

 と、ニヤリと笑った。

「違うわ。ちょっと個人的にね。ネットで頼んでもよかったんだけれど、贈答用に包んでほしかったから燗さんにお願いしようと思って」
「なるほどね。何本くらいだ?」
「そうね……二本、いえ、五本お願いしようかしら。贈答用に包むのは二本で、残りはそのままでいいわ」
「俺は構わねえが、何に使うんだ?」

 そう聞いて来た燗に、籐子はにっこり笑って答えない。こういった顔をする時の籐子は情報通で知られる燗にすら教えないし、本当に個人的なことは言わなかった。

「女将、ヒントくらいくれよ。じゃねえと、贈答用の包みが出来ねえ」
「それもそうね。……月読神社に奉納する、とだけね。それ以上のことはいずれちゃんと話すわ」
「月読神社に奉納、ねえ……。まあ、仕方ねえか。あとでちゃんと教えてくれよ?」
「ええ」

 苦笑しつつも、詮索せずにいてくれた燗に、籐子は申し訳なく思うものの、今は言えない。

(ごめんなさい)

 内心でそう謝りつつ、籐子は入荷したら教えてほしいと燗に告げて篠宮酒店を出たところで、燗の妻の雪に話しかけられた。

「籐子さん、私からもお願いがあるんだけど」

 そう言った雪は声をひそめて燗を気にしていることから、どうやら燗にも内緒の話のようだと籐子も声をひそめる。

「何かしら」
「実は、夏祭りの前日に吟が帰ってくるの。しかも、結婚相手をつれて」
「あら。それはおめでとう! もしかして燗さんにも内緒なの?」
「そうなの。でね、籐子さんにお願いしたいのは、その日に天ぷらとお刺身が五人前と、あと塩辛が欲しいのよ。でね、塩辛は……」

 こそこそ、と塩辛の量を伝えたあとでいいかしら、と言った雪に、籐子は嬉しそうに頷く。

「もちろんよ! なら、御目出度いことだし、天ぷらにもお刺身にもイカをいれる?」
「あら! ふふ、是非お願いするわ!」

 悪戯っぽくそう言った籐子に、雪はにっこり笑って答える。笑った雪の顔もどこか悪戯っぽい。籐子は内心で苦笑しつつも、「承りました」と頷くと、篠宮酒店をあとにした。

 そのお酒が届いたと連絡をもらったのが、商店街の夏祭りの前日だった。二本は奉納用にきちんと包装されて瓶口は紙紐で縛られており、籐子はそれを風呂敷に包む。

「これと二本はあとで店に持って来てもらえるかしら」
「構わねえが、この一本は?」
「それは燗さんに。手を煩わせたお礼と、味見、かしら」
「へ?」
「店で期間限定で出すつもりだけれど、評判がよかったら継続しようかなと思っているのよ」
「そういうことか! なら、有難くもらっておくよ」

 知らない味の酒が飲めるとあってか、燗はいつも以上に上機嫌だった。あとで届けると言った燗に頷いて店に戻ると、徹也と嗣治に雪に頼まれたものは大丈夫かと聞けば、「もうじき終わるぞ」という答えが返って来た。
 盛り付けられた刺身や天ぷらにラップをかけ、冷蔵庫から塩辛を出したところで、燗と雪の息子である醸が顔を出した。

「女将さん、配達に来ました!」
「ご苦労様、ありがとう。風呂敷に包んであるのは座敷に置いてくれるかしら? 剥き出しのは……」
「あ、僕が運びます。どこに置きますか?」
「カウンターに置いてもらえるかしら。今日のオススメにするから」
「わかりました!」

 ちょうど出勤してきた大空が籐子を手伝う。籐子の妊娠が発覚して以来、大空はこうしてさりげなく籐子をフォローすることが多くなっていた。そのことを嬉しく思っているのは内緒だ。

「あと、母さんに頼まれたものを引き取りに来たんですけど」
「ああ、これだ。今日は軽トラか?」
「ええ」
「一人じゃ運べないから、積み込みだけは手伝うぞ。嗣、大空、手伝ってくれ!」
「「わかりました!」」

 今日は五人前とあって大皿を使っている。天ぷらは大皿二枚分、刺し盛は舟盛りを二つだ。四人で料理を運べば一回で済むが、刺し盛の内容を見た醸はなぜか微妙な顔をしている。

「あら、醸くん。そんな顔をしてどうかした? 嫌いなものは入れてないはずだけれど……」
「……いえ、何でもないです……って、何ですか、その塩辛のサイズ!」
「ふふ、すごいでしょ? 雪さん指定のサイズなの」
「か、母さん……」

 がっくりと項垂れている醸に、徹也は苦笑しながらも「料理を頼む」と肩を叩くと、座敷に置いてあった風呂敷に包んである酒を持って、一旦自宅へと帰って行った。

 塩辛の量は、二リットルは入るタッパに並々と入っていたのだった。


 そんなやり取りをしたのは、つい数日前のことだ。

 商店街のイベントも全て終わり、喧騒自体も静かになったある日、籐子は燗に包んでもらったお酒を持って月読神社に来ていた。


 ――願いがかなったお礼と願解きのために。




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今回は篠宮一家が出て来ましたが、彼らがどうして料理を五人前頼んだのか、醸くんがどうなるのかは、後日UPされる篠宮様の作品にてご確認下さい。


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