出戻り巫女の日常

饕餮

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帝国編

私の異世界生活はまだまだ終わりそうにないなぁ

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 翌日の朝食の席で、聞くのを忘れていた薬を作った報酬をどうするのか、カムイ経由でおっさんに聞いてほしいとお願いしたのだが。

「……まあ。グリスは報酬の提示もせずに、桜に薬を作らせたのね?」

 笑顔を浮かべながらも低い声でそう言ったのは祖母でした。

「そこは僕も迂闊でした……申し訳ありません、母上。桜、そのあたりはきちんと兄上に聞いておくから安心して。報酬としてほしいものはあるかい?」
「この国の物価や特産物、判るなら周辺国の特産物は何かとか教えてほしいなあ……」
「それはわたくしが教えますわ、桜。ついでに歴史も一緒に勉強なさい」

 祖母の提案に頷く。

「歴史は興味があるから助かるよ、お祖母様」
「ふむ……金銭は当然のこととして、あとは何を報酬につけるかによるな」
「いえ、お祖父様。お金がもらえるなら必要経費分と技術料だけでいいよ?」
「そんなわけにはいかんだろう。あやつは散々桜に迷惑をかけたのだから、その分も報酬に入れればよいではないか。なあ、ジョゼ」
「そうね。素敵な提案だわ、レイン」

 私よりも、祖父母のほうがノリノリで報酬の話をし始めてしまったので焦る。
 あー、しまった。カムイと二人っきりの時に話せばよかったよ……。

「いっそのこと、あの街みたいな温室と庭付き一戸建てにしちゃおうかな……」
「王宮に住むのは嫌だということかい?」
「うーん……ちょっと違う。いや、ある意味間違っていないのかな? 私はこの国どころかこの世界のどこにも戸籍がないから、王宮にずっといたままっていうのは気が引けるっていうか……」

 冒険者的な旅人ならば、拠点となる家があってもおかしくないだろうし、戸籍がなくても問題ないと思う。ただ、この国で戸籍がなくても家が買えるかどうか判らないのがつらい。ボルダードではベルタの好意で買わせてもらったけど、実際はどうなんだろう。
 その辺を聞いたら、世界中を旅する冒険者も家や土地を買えるそうなので、買う分には戸籍がなくても問題ないそうだ。それはどこの国でも共通らしい。

「戸籍はどうにかするけれど、王宮が嫌なら離宮に住むかい?」
「いや、それもちょっと……」
「どうして?」
「離宮って王族専用の建物でしょ? お父さんかお祖父様達が使うとか、招待される形でそれに便乗して一緒に住むならともかく、私一人で住むのはまずいんじゃないの?」

 不思議そうな顔をした祖父母にシュタールでのことをかいつまんで話すと、ベアトリーチェの所業を思い出したのかカムイが苦笑した。

「でしたら、今はほとんど使うことのない離宮の一つを、桜の報酬として要求すればいいわ」
「ああ……あの離宮か。周囲には川や湖、少し行けば海や山に行けるあの場所だな?」
「ええ。あそこなら王都から五日ほどの距離ですし、元々クリフの所領内のものですもの。拒否しづらいのではないかしら」

 祖母の言葉に、食事をしていたカムイの手が止まり、驚いた顔を向ける。

「え……あの場所、まだ残っているんですか? 父上や兄上のことだから、僕がいないのをいいことにとっくに誰かの所領になっているとばかり……」
「そなた自身が稼いで儂に『売ってくれ』と言った土地を、許可も取らずにそんなことをするわけがなかろう? レウティグリスは自分の娘が婚姻する時の持参金にしたいと抜かしおったが、『そなたはヴォールクリフの個人資産を取り上げるのか? ならば、そなたが治めている一番大きなものと一番小さなものとを合わせた皇太子領と交換する形にするがよいか? それぐらいの価値と金額になるのだぞ、ヴォールクリフ自らが稼いで買った私領地は』と言ってやったら、あっさり引き下がりおった」
「…………へえぇぇぇ。なら、それとは別に僕の領地の隣にある、兄上の離宮を要求しましょう。あそこは個人資産ではなく王家所有のものですし、ほとんど使っていなかった筈ですから」
「今も使われていませんよ。現皇太子も『使わない』と言い切っていますし、姫の持参金も別のものになりましたもの。要求しても何の問題もないのではなくて?」

 まだまだ続く王族家族の物騒な会話に、黙り込んで視線を逸らす。確かに話題を振った私が悪いんだけどさ、大声で叫びたいくらいだよ……


 ――どうしてこうなった!


 と。
 この世界の王族全てがそうなのか、帝国の王族が物騒なのかは判りかねるけども、心情的には後者のような気がしてならない。
 私の報酬だから私に決めさせてくれと思わなくもないけど、「聞いてね」とお願いしたのは私だし三人が提案してくれたことなので非常に言いづらい。

「桜、どうする?」
「えーと……とりあえず、おっさんや帝国の重鎮たちに最低でも十年は会いたくないので、そこは継続で。あと離宮もいらない」
「どうして?」
「おっさんの離宮なんでしょ? それを理由に会いにきそうだもん」
「「「あー……」」」

 私の言葉に、揃って遠い目をした祖父母とカムイ。ですよねー、おっさんはそういうイキモノだと思ったよ。ここ数日で学習しましたとも。

「その反応ってことは、可能性があるのか……。なら、やっぱり後腐れがないお金かなあ。あっても困るものじゃないし、当分薬類を売って稼ぐのも無理そうだしね。あ、『解毒薬はお願いされれば作るけど、次回から有料だから。癒しの力も使わない』とも伝えてほしいです」
「いいよ。薬に関しては作れる人材が戻って来てるんだから、彼らに作らせればいいことだしね」
「そうだね。まあ、作れない薬もあるけど、そこは今日教える約束をしたから問題ないと思うよ?」
「あれ? 教えないんじゃなかった?」
「ジェイド達は知り合いだよ? それに彼らは中級の力量を持ってるもの、赤の他人や全くの素人に教えるわけじゃないからいいんだよ」

 技術を持ってる人間に教えるのと、全く持ってない人間に教えるのとでは勝手が違う。ほんの数日教えたくらいで作れるようになるような、簡単なものじゃない。それを説明したうえで、丸薬にするには神気が必要だと言えば、祖母が溜息をついた。

「どこの神殿でもそうだと聞いたけれど、神気を纏うに至るまで、早い人でも五年はかかるもの。桜が拒絶するのも無理はないわねえ……」
「それを知ってるってことは、お祖母様も神殿にいたの?」
「ええ。とても短い間でしたけれど」

 やっぱり祖母も神殿にいたのか。どことは明言していないけど、多分この国のだろうなぁ。

「薬作りに関して、おっさんは軽く考えすぎなんだよね」
「昨日桜がやっていたものか?」
「そうだよ。あれがきちんとできないと、他の薬作りなんかできない。ましてや、擂り潰すことなく一気に丸薬にしたあの方法は、上級巫女になるまでに培った経験と知識と技術が必要だから、たかが一日や二日聞きかじったところで作れる代物じゃないんだよ。あれをやるには、最低でも十年は必要」
「そんなに、か……」

 私が話す神殿事情に、祖父が溜息をつく。

「見てたなら判ると思うけど、擂り潰すのは葉っぱだけじゃないから。切ってきた一本丸々擂り潰すんだよ。『リーチェ』は死ぬまでの約十五年間、最高位の巫女の仕事をしながら、小さな手でずっと薬を作り続けてきたの。陰で人の二倍も三倍も努力してたの。いくら薬作りを教えたところで、『擂り潰しがつらい』だなんて泣き言をいう輩は基本中の基本で躓いて、『擂り潰しばかりさせて、本当は教える気がないんだろう!』なんて言い訳をして逃げるのが関の山でしょうが」
「……っ」
「だから教えるつもりはこれっぽっちもないよ。知りたいなら、最低でもフローレン神殿で初級巫女になってからこいっての。根性なしが」

 冷めた口調で『リーチェ』がやってきたこととこの国の大人が言いそうなことを話すと、祖父は息を呑んだ。

 ジェイド達から大人組が『三日もたたずに帰った』と聞いた時、第三王子の件だけじゃなくこういったことも踏まえて、この国の人間に教えるだけ無駄だと考えたんじゃないかと思った。そうでなきゃ、とっくに誰かが薬を作れているはずだ。
 そんなことも話すと、祖父母は「可能性はあるな」と思いっきり溜息をついた。

 全員がそうだと言ってるわけじゃない。けれど、おっさんの命令で沢山の人間を派遣したのに、ジェイド達しか薬を作れないっておかしいだろうが。おっさんの人選ミスか、お国柄根性なししかいないとしか思えないじゃないか。

「薬作りや武術に関しても、きっちり釘を刺してきてね、お父さん」
「そうするよ。ついでに桜の言葉も伝えよう」
「いや、それはちょっと……」
「桜もちゃんとレネフェリアス家の血を引いているのねぇ……」

 間違っちゃいないけど、どういう意味ですか、祖母よ。
 そんな会話をしながら食事をし、城下へと出かけるのだった。


 買い物したり、冒険者と仲良くなったり、カムイや祖父母と離宮に行ったり、旅をしたりもしたけれどそれはまた後日の話で、なんだかんだ言いながらきっとこんな生活をしていくんだろう。

 私の異世界生活はまだまだ終わりそうにないなぁと感じた日だった。

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