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女執事の恋
二話目
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アリエスは洗濯室にいた侍女にタオルを託すと今日まで使っていた自室へと行き、懐中時計を一旦テーブルへと置いてから執事服を脱ぎ、質素なドレスへと着替える。執事服をハンガーにかけ、シャツを丁寧に畳んでベッドの上へと置くとテーブルへと戻る。
懐中時計を持ってベッドの側へ行くとその懐中時計をいとおしそうにそっと握り、その手を胸へ持って行き祈るように目を瞑る。
この懐中時計をずっと持っていたかった。想いが叶わずとも、ずっとこのアルアサド家に仕えていたかった。
そしてこの懐中時計を想い出とし、持って帰りたかった。たが、アルアサド家の紋章である獅子が刻印されたこの懐中時計を、持って帰るわけには行かないのだ。
アリエスはそっと溜息をついて懐中時計をシャツの一番上に置くと、昼の間に纏めておいた荷物を持ち上げて部屋の外へ出る扉へと向かったのだが、ノックの音と共に主の妻であるレオーネが入って来た。
「奥様……」
「アリエス、今すぐ帰ると言うのは本当なの?!」
「はい。間もなく迎えの馬車が来ますので」
「そんな! せめてレーヴェが湯殿からあがるまで……いえ、あと五分でいいの! もう少し待ってちょうだい!」
レオーネの慌てぶりに困惑しつつも、窓の外に目線を向けるとちょうど馬車が到着するのが見えたため、アリエスは無作法と承知しつつも、レオーネに頭を下げて歩き始める。
「申し訳ございません、奥様。たった今、迎えの馬車が来てしまいました。私は行きませんと」
「なら! せめてレーヴェに最後の挨拶を……!」
「三日前に済ませておりますし、できればそれは奥様が……旦那様の妻であるレオーネ様からしていただけませんか?」
「…………は? 妻?!」
「今までありがとうございましたと、お伝えくださいませ。レオーネ様も、お健やかに」
レオーネの問いかけを遮るようにそう言ったアリエスは、逃げるようにそのまま小走りで玄関へと向かう。
「待ってちょうだい! わたくしがレーヴェの妻とは、どういうことですの?!」
まだ雷鳴が轟いていたもののそう叫ぶレオーネに気付くことなく、アリエスは幾分雨足が弱った外へと出て迎えの馬車に乗り込み、馬車の窓からアルアサド家を見る。
この屋敷――アルアサド公爵家は、王宮に程近い高位貴族達が住む一角にある。アリエスはそれを眺めながら、今までのことを思い出す。
この国では男女関係なく執事になることができ、執事になるための専門の学院もある。アリエスはその執事に憧れ、アリエスの実家でもあるヴィッダー子爵家の執事に教えを乞いながら、日々勉強した。
もちろん、学院に入ることを、最初は両親や兄に反対された。だがアリエスはそれを説得して学院に入り、数が少ないながらも数十人いた女子生徒と勉強し、一部の男子生徒の嫌がらせに耐えながらも彼女たちと一緒に卒業したのだ。
半年くらいは執事となれる家を探したように思う。貴族の屋敷でなくとも、豪商の家の執事でも良かったアリエスは、街で就職先を探していた時に嫌がらせをしていた男子生徒に絡まれていたところを、アルアサド家の主であるレーヴェに助けられたのだ。
アリエスが執事の資格を持っていると知るや否や、レーヴェは老成した執事の代わりを探しているとアリエスにそれを打診し、あれよあれよという間にアルアサド家の執事となって約七年半。
レーヴェに対し、アリエスは最初は感謝の気持ちで彼に仕えていた。だが彼の人となりを知るにつれ感謝は尊敬に変わり、尊敬は好意に変わり……。
いつしかアリエスの気持ちは好意が愛情へと変わった。
彼に妻がいると知りつつも、レーヴェを近くで見ていられるだけで良かった。彼に仕え、彼が仕事しやすいように、彼が滞りなく出仕できるように、彼に自室や自宅で寛いでもらえるようにするだけで良かった。
だが、いつしかそれが苦しくなってしまった。
身分違いの恋。
片や、貴族の頂点に位置する公爵家。片や、貴族の底辺に近い子爵家。
どんなに恋焦がれたとしても、レーヴェが独身だったとしても、アリエスにとっては叶わない恋でしかなかった。
しかも、アリエスの片想い。どうすることもできなかった。
もう二度と逢うことの叶わない人。
潔く諦めるしかないのだ。
内心でそう呟くと、アリエスはアルアサド家から目を逸らし、迎えの馬車の中にいた兄のほうへと顔を向けて、自身に来ている縁談のことを聞いた。
***
「レーヴェ! 先ほどアリエスが帰ってしまったわ!」
「は?」
湯殿から上がったレーヴェは、ペッシが用意した紅茶を飲みながら首を傾げる。
「今夜実家へ帰ると聞いていますが……。それが何か?」
「アリエスは暇乞いをして帰ったのよ?!」
「実家に帰るのです。暇乞いをするのは当然だと思うのですが。それよりも一旦落ち着いて下さい、母上」
レーヴェがレオーネに落ち着くように言ってから椅子を進めると、レオーネは鼻を鳴らすように息を吐き、一呼吸置いて椅子に座る。それを見計らったようにペッシがレオーネの前に紅茶を置くと、レオーネはそれを一口飲んで息子のレーヴェへと向き合う。
「さあ、落ち着いたわよ。早速だけれどレーヴェ、アリエスは三日前に、貴方に暇乞いをしたそうね」
「はい」
「その時、アリエスは何と言ったの?」
「確か……『スティールもいることですし、実家に帰りたいのですが』だったかな」
「僭越ながら、旦那様。実家にの前に『私は必要ないでしょう。執事を辞めて』という言葉が抜けております」
レーヴェの言葉を捕捉するようにスティールが告げると、レーヴェはゆるゆると目を見開いて「聞いてないぞ?!」と声を荒げた。
「旦那様、確かにわたくしもそのようにお聞きしました」
「旦那様は急ぎの書類に集中しておられたようですから、聞き逃したのかも知れませんが」
ペッシとスティールにそう言われたレーヴェは呆然と二人を眺め、そんな息子にレオーネは「貴方って子は……」と盛大に溜息をついた。
「それに対して、貴方は『そうか、わかった』としか言わなかったそうじゃないの!」
「『辞める』なんて聞いてなかったし、僕は休暇のつもりでいたから……」
困惑した顔をしたレーヴェに、レオーネは呆れた顔をした。
「『切れ者』なんて言われているのに、貴方は仕事以外の肝心なところが抜けてるのよね」
「……耳が痛いですね」
苦笑したレーヴェと呆れた顔をしたレオーネは、それぞれまた紅茶を飲むとレオーネが口を開く。
「それとね。帰り際にアリエスに会ったのだけれど、アリエスはわたくしが貴方の妻だと言っていたわよ?」
「は? 妻? 母上が?!」
「そう、わたくしが。レーヴェ、貴方はわたくしのことをアリエスに何と説明したの?」
「このアルアサド家の女主人だと……」
それを聞いたレオーネは、こめかみに指を宛て、頭痛に耐えるような仕草をしたあとで、盛大に溜息をついた。
「レーヴェ、それではアリエスが勘違いしても仕方がないわ」
「それは……。それに、母上のことは、アルフートがアリエスに教えているとばかり思って……」
「…………」
レオーネ付きの侍女も含め、レーヴェ以外のその場にいた全員が彼に呆れたような目を向け、レーヴェはその視線に黙り込んでしまった。
アルフートは、アリエスが来る前にいた老執事だ。そして、この屋敷のことの全てをアリエスに教えたのは彼である。
――レーヴェとレオーネの関係以外は。
アリエスが来てから雇った使用人はスティールだけだが、スティールはレーヴェや他の使用人からそれとなく聞いていたため、レーヴェとレオーネの関係を知っていた。
屋敷にいた者たちはアルフートがレーヴェとレオーネの関係をアリエスに教えていると思い込み、常に屋敷の人たちもレオーネのことを奥様と呼ぶために、アリエスが勘違いをしているなどとは夢にも思わなかったのである。
「仕方がないと言えば仕方がないのだけれど……。それすらも確認できないわね。……レーヴェ、明日からは……いえ、今夜からアリエスはいません。それを忘れないでちょうだい」
「……はい」
その言葉を最後にレオーネは紅茶を飲み干して立ち上がると、扉の前でたった今思い出したかのように
「そう言えば、アリエスに縁談が来ているそうよ。縁談が纏まらなければ、修道院に行くのですって」
そうレーヴェに告げ、侍女を伴ってさっさと自室へと行ってしまった。
「アリエスに、え、縁談? それに、修道院……っ?!」
それを聞いたレーヴェは驚き、顔を青ざめさせながら呆然と椅子に寄りかかった。アリエスの縁談と修道院行きという言葉に、思った以上の衝撃を受けた。
アリエスを雇ったのはある意味気紛れだった。確かに執事を探してはいたが、それはアルフートが忘れなければ、彼から紹介されるはずだった。
用事があって街に出掛けた際に数人の男に絡まれていたところをたまたま助けた令嬢は、その時の話から執事の資格を持っており、女性執事が珍しいこともあって、面白半分でアリエスを雇ったのだ。使えなければ予定通りの人物を招けばいい。そんな軽い気持ちで雇ったのだ。
屋敷に来た当初は不安そうにアルフートから教えを乞うていたものの、日々の仕事をこなし自信がついて行くにつれ、アリエスは思った以上の働きをしてくれた。頼もしさから好意へ、好意から恋へ、恋から愛へと変わったのはいつだったのか……。
ここ最近、アリエスの実家であるヴィッダー家から頻繁に手紙が来ていたことは知っていた。まさか、縁談の薦めだとは思わなかったが。
ふ、とレーヴェは自嘲気味に笑うと、テーブルに腕をついて頭を抱える。話を半分聞いていなかったばかりか、その返事すらも何の労いもない、そっけないものを返してしまった。
その言葉はきっと、アリエスを傷つけた。
だが、とレーヴェは思う。これでアリエスを妻に迎えることができるではないか、と。
彼女の実家は子爵家で、周りからしてみれば身分違いだと言うだろう。
それでも良かった。
彼女が妻となり、自身を支えてくれれば、側にいてくれれば良かった。
レーヴェ自身の心が決まればあとは早かった。レオーネも屋敷の者もレーヴェの気持ちを知っているから説得の必要はなく、寧ろ応援してくれるほどだった。
レオーネに至っては、子爵家だろうと庶民だろうと、「アリエスならば構わない」と言うほどアリエスを気に入っていた位だ。あとはヴィッダー子爵家とアリエスを説得すればいいだけだ。
そう考えたレーヴェは、まずは諸々の相談ををするべくレオーネの部屋へと向かった。
懐中時計を持ってベッドの側へ行くとその懐中時計をいとおしそうにそっと握り、その手を胸へ持って行き祈るように目を瞑る。
この懐中時計をずっと持っていたかった。想いが叶わずとも、ずっとこのアルアサド家に仕えていたかった。
そしてこの懐中時計を想い出とし、持って帰りたかった。たが、アルアサド家の紋章である獅子が刻印されたこの懐中時計を、持って帰るわけには行かないのだ。
アリエスはそっと溜息をついて懐中時計をシャツの一番上に置くと、昼の間に纏めておいた荷物を持ち上げて部屋の外へ出る扉へと向かったのだが、ノックの音と共に主の妻であるレオーネが入って来た。
「奥様……」
「アリエス、今すぐ帰ると言うのは本当なの?!」
「はい。間もなく迎えの馬車が来ますので」
「そんな! せめてレーヴェが湯殿からあがるまで……いえ、あと五分でいいの! もう少し待ってちょうだい!」
レオーネの慌てぶりに困惑しつつも、窓の外に目線を向けるとちょうど馬車が到着するのが見えたため、アリエスは無作法と承知しつつも、レオーネに頭を下げて歩き始める。
「申し訳ございません、奥様。たった今、迎えの馬車が来てしまいました。私は行きませんと」
「なら! せめてレーヴェに最後の挨拶を……!」
「三日前に済ませておりますし、できればそれは奥様が……旦那様の妻であるレオーネ様からしていただけませんか?」
「…………は? 妻?!」
「今までありがとうございましたと、お伝えくださいませ。レオーネ様も、お健やかに」
レオーネの問いかけを遮るようにそう言ったアリエスは、逃げるようにそのまま小走りで玄関へと向かう。
「待ってちょうだい! わたくしがレーヴェの妻とは、どういうことですの?!」
まだ雷鳴が轟いていたもののそう叫ぶレオーネに気付くことなく、アリエスは幾分雨足が弱った外へと出て迎えの馬車に乗り込み、馬車の窓からアルアサド家を見る。
この屋敷――アルアサド公爵家は、王宮に程近い高位貴族達が住む一角にある。アリエスはそれを眺めながら、今までのことを思い出す。
この国では男女関係なく執事になることができ、執事になるための専門の学院もある。アリエスはその執事に憧れ、アリエスの実家でもあるヴィッダー子爵家の執事に教えを乞いながら、日々勉強した。
もちろん、学院に入ることを、最初は両親や兄に反対された。だがアリエスはそれを説得して学院に入り、数が少ないながらも数十人いた女子生徒と勉強し、一部の男子生徒の嫌がらせに耐えながらも彼女たちと一緒に卒業したのだ。
半年くらいは執事となれる家を探したように思う。貴族の屋敷でなくとも、豪商の家の執事でも良かったアリエスは、街で就職先を探していた時に嫌がらせをしていた男子生徒に絡まれていたところを、アルアサド家の主であるレーヴェに助けられたのだ。
アリエスが執事の資格を持っていると知るや否や、レーヴェは老成した執事の代わりを探しているとアリエスにそれを打診し、あれよあれよという間にアルアサド家の執事となって約七年半。
レーヴェに対し、アリエスは最初は感謝の気持ちで彼に仕えていた。だが彼の人となりを知るにつれ感謝は尊敬に変わり、尊敬は好意に変わり……。
いつしかアリエスの気持ちは好意が愛情へと変わった。
彼に妻がいると知りつつも、レーヴェを近くで見ていられるだけで良かった。彼に仕え、彼が仕事しやすいように、彼が滞りなく出仕できるように、彼に自室や自宅で寛いでもらえるようにするだけで良かった。
だが、いつしかそれが苦しくなってしまった。
身分違いの恋。
片や、貴族の頂点に位置する公爵家。片や、貴族の底辺に近い子爵家。
どんなに恋焦がれたとしても、レーヴェが独身だったとしても、アリエスにとっては叶わない恋でしかなかった。
しかも、アリエスの片想い。どうすることもできなかった。
もう二度と逢うことの叶わない人。
潔く諦めるしかないのだ。
内心でそう呟くと、アリエスはアルアサド家から目を逸らし、迎えの馬車の中にいた兄のほうへと顔を向けて、自身に来ている縁談のことを聞いた。
***
「レーヴェ! 先ほどアリエスが帰ってしまったわ!」
「は?」
湯殿から上がったレーヴェは、ペッシが用意した紅茶を飲みながら首を傾げる。
「今夜実家へ帰ると聞いていますが……。それが何か?」
「アリエスは暇乞いをして帰ったのよ?!」
「実家に帰るのです。暇乞いをするのは当然だと思うのですが。それよりも一旦落ち着いて下さい、母上」
レーヴェがレオーネに落ち着くように言ってから椅子を進めると、レオーネは鼻を鳴らすように息を吐き、一呼吸置いて椅子に座る。それを見計らったようにペッシがレオーネの前に紅茶を置くと、レオーネはそれを一口飲んで息子のレーヴェへと向き合う。
「さあ、落ち着いたわよ。早速だけれどレーヴェ、アリエスは三日前に、貴方に暇乞いをしたそうね」
「はい」
「その時、アリエスは何と言ったの?」
「確か……『スティールもいることですし、実家に帰りたいのですが』だったかな」
「僭越ながら、旦那様。実家にの前に『私は必要ないでしょう。執事を辞めて』という言葉が抜けております」
レーヴェの言葉を捕捉するようにスティールが告げると、レーヴェはゆるゆると目を見開いて「聞いてないぞ?!」と声を荒げた。
「旦那様、確かにわたくしもそのようにお聞きしました」
「旦那様は急ぎの書類に集中しておられたようですから、聞き逃したのかも知れませんが」
ペッシとスティールにそう言われたレーヴェは呆然と二人を眺め、そんな息子にレオーネは「貴方って子は……」と盛大に溜息をついた。
「それに対して、貴方は『そうか、わかった』としか言わなかったそうじゃないの!」
「『辞める』なんて聞いてなかったし、僕は休暇のつもりでいたから……」
困惑した顔をしたレーヴェに、レオーネは呆れた顔をした。
「『切れ者』なんて言われているのに、貴方は仕事以外の肝心なところが抜けてるのよね」
「……耳が痛いですね」
苦笑したレーヴェと呆れた顔をしたレオーネは、それぞれまた紅茶を飲むとレオーネが口を開く。
「それとね。帰り際にアリエスに会ったのだけれど、アリエスはわたくしが貴方の妻だと言っていたわよ?」
「は? 妻? 母上が?!」
「そう、わたくしが。レーヴェ、貴方はわたくしのことをアリエスに何と説明したの?」
「このアルアサド家の女主人だと……」
それを聞いたレオーネは、こめかみに指を宛て、頭痛に耐えるような仕草をしたあとで、盛大に溜息をついた。
「レーヴェ、それではアリエスが勘違いしても仕方がないわ」
「それは……。それに、母上のことは、アルフートがアリエスに教えているとばかり思って……」
「…………」
レオーネ付きの侍女も含め、レーヴェ以外のその場にいた全員が彼に呆れたような目を向け、レーヴェはその視線に黙り込んでしまった。
アルフートは、アリエスが来る前にいた老執事だ。そして、この屋敷のことの全てをアリエスに教えたのは彼である。
――レーヴェとレオーネの関係以外は。
アリエスが来てから雇った使用人はスティールだけだが、スティールはレーヴェや他の使用人からそれとなく聞いていたため、レーヴェとレオーネの関係を知っていた。
屋敷にいた者たちはアルフートがレーヴェとレオーネの関係をアリエスに教えていると思い込み、常に屋敷の人たちもレオーネのことを奥様と呼ぶために、アリエスが勘違いをしているなどとは夢にも思わなかったのである。
「仕方がないと言えば仕方がないのだけれど……。それすらも確認できないわね。……レーヴェ、明日からは……いえ、今夜からアリエスはいません。それを忘れないでちょうだい」
「……はい」
その言葉を最後にレオーネは紅茶を飲み干して立ち上がると、扉の前でたった今思い出したかのように
「そう言えば、アリエスに縁談が来ているそうよ。縁談が纏まらなければ、修道院に行くのですって」
そうレーヴェに告げ、侍女を伴ってさっさと自室へと行ってしまった。
「アリエスに、え、縁談? それに、修道院……っ?!」
それを聞いたレーヴェは驚き、顔を青ざめさせながら呆然と椅子に寄りかかった。アリエスの縁談と修道院行きという言葉に、思った以上の衝撃を受けた。
アリエスを雇ったのはある意味気紛れだった。確かに執事を探してはいたが、それはアルフートが忘れなければ、彼から紹介されるはずだった。
用事があって街に出掛けた際に数人の男に絡まれていたところをたまたま助けた令嬢は、その時の話から執事の資格を持っており、女性執事が珍しいこともあって、面白半分でアリエスを雇ったのだ。使えなければ予定通りの人物を招けばいい。そんな軽い気持ちで雇ったのだ。
屋敷に来た当初は不安そうにアルフートから教えを乞うていたものの、日々の仕事をこなし自信がついて行くにつれ、アリエスは思った以上の働きをしてくれた。頼もしさから好意へ、好意から恋へ、恋から愛へと変わったのはいつだったのか……。
ここ最近、アリエスの実家であるヴィッダー家から頻繁に手紙が来ていたことは知っていた。まさか、縁談の薦めだとは思わなかったが。
ふ、とレーヴェは自嘲気味に笑うと、テーブルに腕をついて頭を抱える。話を半分聞いていなかったばかりか、その返事すらも何の労いもない、そっけないものを返してしまった。
その言葉はきっと、アリエスを傷つけた。
だが、とレーヴェは思う。これでアリエスを妻に迎えることができるではないか、と。
彼女の実家は子爵家で、周りからしてみれば身分違いだと言うだろう。
それでも良かった。
彼女が妻となり、自身を支えてくれれば、側にいてくれれば良かった。
レーヴェ自身の心が決まればあとは早かった。レオーネも屋敷の者もレーヴェの気持ちを知っているから説得の必要はなく、寧ろ応援してくれるほどだった。
レオーネに至っては、子爵家だろうと庶民だろうと、「アリエスならば構わない」と言うほどアリエスを気に入っていた位だ。あとはヴィッダー子爵家とアリエスを説得すればいいだけだ。
そう考えたレーヴェは、まずは諸々の相談ををするべくレオーネの部屋へと向かった。
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