85 / 155
泪視点
El Presidente
しおりを挟む
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい。まあ……」
帰宅の挨拶をすると両親が挨拶を返して来たのだが、圭の目を見たのか、或いはその身長の小ささ故か、母は感嘆を洩らした。圭に両親だと伝えるとよほど緊張しているのか、
「はっ、初めまして。在沢 圭と申し……」
と言った言葉は上ずっていた。見兼ねた瑠香に「堅苦しい挨拶はナシよ!」と遮られ、がっかりしたようにも見えたが緊張が少し和らいだのか、ホッとした顔になった。
「お圭ちゃんの淹れたコーヒーは美味しいのよ! 小野さんが淹れたのより美味しいの!」
という瑠香の言葉に余計なことを言うな! と内心突っ込みを入れるが、そんなことを言おうものならあとで何を言われるかわかったもんじゃないので、口をつぐんだままにしておく。
「ほう?」
「まあ、そうなの? 是非飲みたいわ。でも、お客様にそんなことをお願いするなんて……」
「母さん、お客様ではなく泪の嫁だろう? つまり、私たちの娘だ」
「あら、そう言えばそうね」
「あ、あの……」
戸惑う圭を他所に、両親と瑠香がどんどん話を進めて行く。
が、天然な母はともかく、メールだけではわからなかった父の本心が見え、認めてくれたことがすごく嬉しかった。
一瞬、圭にすがるように見つめられたが、お構い無しにニコニコ笑っていることにした。
オロオロしたりあたふたしている圭を見るのは珍しい。珍しいのでその様子を暫く眺めていると、両親が
「「是非ともコーヒーを飲みたいな」」
と宣った。
(何か雲行きが怪しいわね……)
二人きりになれる時間が減るのは嫌だ。嫌なのだが、両親が二人揃ってコーヒーを飲みたいということは、どうしても飲みたいということだ。これを遮るとのちのち何を言われるかわからないし、俺も飲みたいので姉に文句は言ったものの、他には何も言わないでおいた。
結局圭は、瑠香と母に両腕を掴まれ「逃がさないわよー!」と言われてズルズルと引きずられて行った。
「もう……」
溜息をつくと父に笑われたが、急に真面目な顔になって圭のことをいろいろと聞かれ、二度助けてもらったことや恋人になった経緯や同棲していることを正直に告げると、苦笑されてしまった。
「瑠香から聞いてなければ、とうとう犯罪に走ったのかと思ったよ」
「布団屋のおばちゃんや瑠璃姉さんにも同じことを言われたわ」
「まぁ、あの身長じゃなあ……。ところで泪、彼女はお前のその口調は知ってるのか?」
「知ってるわよ? それに、嫌な顔されたこともないわ」
「それは貴重だな」
ニヤリと笑った顔はからかいを含んだ顔だった。
「それでね……」
「父さん、泪、これ食べてみて?」
圭の事故のことを伝えようとして瑠香に遮られた。その手にあるのは……。
「「伊達巻……?」」
「そう。台所で味見したけど、すごく美味しかったわよ?」
「買ってきたのか?」
「違うわ。お圭ちゃんの手作り。あの様子だと在沢夫人が持たせたみたい」
「嘘……手作りなの?!」
「味は?」
「百聞は一見にしかず、よ。もうじきコーヒーが入るから、戻るわ。ちなみに、コーヒーはサイフォンで入れてるから」
そう言って瑠香は台所に戻った。
「サイフォン? あの娘はサイフォンも扱えるのか?」
「あ、そっか。父さんには言ってなかったわよね。彼女……圭はカフェプランナーの資格も持ってるのよ」
「カフェプランナー?」
「そう。それがあれば喫茶店が開けるわ。しかも、フレアバーテンダーの資格も持ってるから、バーも開けるんじゃないかしら」
俺の言葉に、父が驚いた顔をした。
「……あ? ビジネス用の資格だけじゃないのか?!」
「あれだってほんの一部よ。面接した時に認定証とか資格証を全部見せてもらったけど、ビジネスだけじゃなく、趣味の資格もかなりあってね。手帳サイズのバインダーにびっしり入っていたわ。さすが、在沢 保の娘よね」
「……」
あんぐりと口を開けた父に、ふふふと笑う。
伊達巻を食べようと促し、二人で箸を取って伊達巻を口に運んで、驚いた。
「何これ……!」
「甘さが控え目なのに、きちんと甘さがある!」
「しかもふわふわ!」
「「美味しい!」」
残りをあっという間にたいらげ、父と二人で目をうるうるさせる。母はどういうわけか、伊達巻や栗きんとんといった甘味のものの味付けを必ず失敗するのだ。
つまり、見た目は綺麗にできていても、甘すぎて食べれないのである。
余韻に浸っていると三人がコーヒーやお菓子を持って戻って来たので、うるうるしたままの目を圭に向ける。コーヒーを配り終え、圭が俯き加減で俺の隣に座ったので、満面の笑みで抱き付く。チラリと両親や瑠香を見ると、やはり満面の笑みだ。
「母さん……」
「何かしら?」
「やっと娘の手料理が食べれるな」
「そうね」
両親の夢は『娘の手料理を食べること』だ。姉が六人もいるのに、不思議なことに皆一様に料理下手なのだ。
「でかしたぞ、泪!」
「ふふん、当然でしょ?」
「……悪かったわね、料理が下手で!」
「あ、あの……?」
戸惑いの表情を浮かべる圭に、俺を含めた穂積家の面々は小さく頷く。どうやら考えていることは皆同じようだ。いっせいに口を開き
「「「「是非ともお手製の御節料理が食べたいな」」」」
と綺麗にハモりながら宣うと、圭は
「……はいっ?!」
と、すっとんきょうな声を上げ、青ざめた。
善は急げと謂わんばかりに母と瑠香は圭を台所に引っ張って行き、材料を確かめに行った。待っている間にコーヒーを飲みながら父と今後のことを打ち合わせ、例の書類を渡す。
「あとで記入してほしいんだけど……」
「何の書類だ?」
「婚姻届」
ブッ、とコーヒーを噴いた父に「汚いわねぇ」と言いながらティッシュを渡す。
「げほっ、ごほっ……! こっ、こっ」
「父さん、いつから鶏になったの? じゃなくて、ここに来る前に在沢家に寄ってきたんだけど、結納をどうするのか聞いたら、『うちは圭の仲人をやりたがるヤツが多すぎるから結納品はいらない。代わりにこれをやる』って言われて、渡されたのよ」
「なんというか……在沢家って……」
「まぁ、言いたいことはわかるけどね。今すぐ籍を入れようって言ってるわけじゃないから、安心して? まぁ、アタシは今すぐにでも出したいけど」
「泪……」
「まだ圭と二人できちんと話をしてないし、圭が戸惑っているうちは出さないわ」
「わかった」
父はそれを一旦しまってテーブルに置くと、母が瑠香に何かを言っているのが聞こえた。そのうちに母が圭と二人で顔を出し、「荷物が多くなりそうなので四人で買い物に行こう」と言われ、四人で連れ立って近くのスーパーに出かけた。
近くとは言え歩いて行けない距離ではないが、大荷物になりそうと言われたため、車で向かった。運転は父がしている。
圭が眼鏡をしていなかったため、いつものように手を引いて駐車場から店内まで圭のペースで歩いた。だが、あまりのローペースに先を歩いていた父が痺れを切らし、睨むように俺を見た。
「泪、もう少し早く歩けないか?」
「あら。だったら母さんと先に行ってちょうだい」
「泪!」
「はいはい、喧嘩しないの。何か理由があるんでしょう?」
母にそう言われ、そういえば父に説明するつもりで瑠香に遮られ、そのままになっていたことを思い出す。何か言いかけた圭の言葉を遮り、小さいころ事故に遭って以来足を悪くしてあまり早く歩けないことを伝え、早く歩きたいなら先に行ってと溜息混じりで話すと、二人の眉間に皺が寄った。圭を見ると悲しそうな顔をして俯き、目を閉じていた。
(あら……これはまた勘違いしてるわね)
苦笑していると手を引き抜こうとしたため、安心させるように圭の手をギュッと掴むと、父に低い声で呼ばれた。
「泪」
「なあに?」
「そういう大事なことは先に言いなさい! 知ってたら早く歩けなんて言わなかった! 悪かったね……在沢さ……じゃなくて、圭」
「え……」
パッと顔を上げた圭は、驚いた顔をして二人を見つめている。
「ああ、だから瑠香は座敷ではなく、あの部屋に変えたんだな」
「社長……」
「そんな他人行儀な……。泪の奥さんに、ひいては私たちの娘になるんだ。会社ではないんだから、せめてお義父さんと呼んでくれ」
「あ……」
俺を見る圭の目は「いいの?」と言っている。大丈夫という意味でにっこり笑って小さく頷くと、滅多に見れない満面の笑顔で「はい、お義父さん」と返事を返していた。
「……可愛いなぁ、母さん」
「でしょう?」
「あげないわよ!」
「はい?」
ニパーッと笑った両親に苛つきながらも、自分のことだと思っていない圭はきょとんとした顔をして首を傾げる。そんな仕草も可愛いと思いつつ、両親と三人で苦笑いをした。
買い物途中で夕食の話になり、父が瑠香に電話で出前を頼んでいるのが聞こえたので、いつもの寿司屋だなと見当をつける。素知らぬ顔で買い物を続け、大荷物を持って帰宅するとちょうど瑠璃が帰って来たのか、圭を見た途端
「お圭ちゃん、いらっしゃい!」
と瑠香に引き続き、ギュッと抱き締めた。だが、俺の顔を見たのか、ニヤリと笑って呆気ないほど簡単に圭を離して話しかけて来た。
「泪、例のやつなんだけど」
「ちょっと待って。先に荷物持って行かないと」
悪いと思いつつも瑠璃の話を遮って荷物を持ち、疲れた顔をしていた圭に「圭は手ぶらでいいわよ」と荷物を持つと、瑠璃も一緒に荷物を持って来てくれた。台所に荷物を置いたあとは母や圭に任せ、瑠璃と一緒に別の部屋に行く。
「ごめんね、瑠璃姉さん」
「いいわ。私も悪かったし。それでね泪、例の指輪なんだけど、サイズが直し終わったから、時間のある時に取りに来てちょうだいね」
「え? もう?! 早くない?!」
この時期は直しが集中したり工房が休みになったりするため、早くても二~三週間はかかると瑠璃に言われていた。誕生日プレゼントにするつもりだったからそれほど急いでいたわけではない。が、それにしてもこの時期にしては驚異的な速さだ。
「工房に出そうと思ってたんだけど、日程を工房に確認したらお圭ちゃんの誕生日に間に合わないことが判明してね。で、自分の身内になるわけだし、あの時のお礼も兼ねて、店の工房を使って自分で直しちゃった」
「……」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。確かに、瑠璃は小さなことからアクセサリーを作ったりするのが得意だった。ビーズだろうとシルバーだろうと、いとも簡単に作っていた。
「だってプラチナ……」
「うちの店にはレーザー溶接機があるもの、簡単に直せるわ。尤も、急ぎのお客様か上得意じゃないと使わないし、やらないけど」
瑠璃の言葉に、いや、そんな簡単に……と思わず脱力しそうになるが、そういえばそうだったと思い出す。この人は手先が器用で、ことアクセサリー関連になると異常なほど執着するのだ。そして、機械だろうと何だろうと一旦やり方を覚えてしまえば、自分のモノにしてしまうのだ。
「はあ……。瑠璃姉さんもある意味化け物よね……」
「『化け物』言わない! ただ単に好きなだけよ! で、どうするの?」
「年が開けたら取りに行くわ。お店はいつから?」
「五日からよ」
「わかったわ」
話を打ち切って二人で居間に行くと、テーブルにはお寿司やつまみ、味噌汁が並んでいた。
当然のように圭の隣に座ると、早速父の「食べようか」の合図で「いただきます」をし、食べ始める。
終始和やかな雰囲気で食事を終えると、荷物を持って圭を案内がてら自分の部屋に行く。
(やっと二人きりになれた……)
数日ぶりに圭を抱ける。
逸る気持ちを抑え、荷物を下ろしてドアを閉めると、圭を補充するように後ろからギュッと抱き締めた。
「おかえり」
「おかえりなさい。まあ……」
帰宅の挨拶をすると両親が挨拶を返して来たのだが、圭の目を見たのか、或いはその身長の小ささ故か、母は感嘆を洩らした。圭に両親だと伝えるとよほど緊張しているのか、
「はっ、初めまして。在沢 圭と申し……」
と言った言葉は上ずっていた。見兼ねた瑠香に「堅苦しい挨拶はナシよ!」と遮られ、がっかりしたようにも見えたが緊張が少し和らいだのか、ホッとした顔になった。
「お圭ちゃんの淹れたコーヒーは美味しいのよ! 小野さんが淹れたのより美味しいの!」
という瑠香の言葉に余計なことを言うな! と内心突っ込みを入れるが、そんなことを言おうものならあとで何を言われるかわかったもんじゃないので、口をつぐんだままにしておく。
「ほう?」
「まあ、そうなの? 是非飲みたいわ。でも、お客様にそんなことをお願いするなんて……」
「母さん、お客様ではなく泪の嫁だろう? つまり、私たちの娘だ」
「あら、そう言えばそうね」
「あ、あの……」
戸惑う圭を他所に、両親と瑠香がどんどん話を進めて行く。
が、天然な母はともかく、メールだけではわからなかった父の本心が見え、認めてくれたことがすごく嬉しかった。
一瞬、圭にすがるように見つめられたが、お構い無しにニコニコ笑っていることにした。
オロオロしたりあたふたしている圭を見るのは珍しい。珍しいのでその様子を暫く眺めていると、両親が
「「是非ともコーヒーを飲みたいな」」
と宣った。
(何か雲行きが怪しいわね……)
二人きりになれる時間が減るのは嫌だ。嫌なのだが、両親が二人揃ってコーヒーを飲みたいということは、どうしても飲みたいということだ。これを遮るとのちのち何を言われるかわからないし、俺も飲みたいので姉に文句は言ったものの、他には何も言わないでおいた。
結局圭は、瑠香と母に両腕を掴まれ「逃がさないわよー!」と言われてズルズルと引きずられて行った。
「もう……」
溜息をつくと父に笑われたが、急に真面目な顔になって圭のことをいろいろと聞かれ、二度助けてもらったことや恋人になった経緯や同棲していることを正直に告げると、苦笑されてしまった。
「瑠香から聞いてなければ、とうとう犯罪に走ったのかと思ったよ」
「布団屋のおばちゃんや瑠璃姉さんにも同じことを言われたわ」
「まぁ、あの身長じゃなあ……。ところで泪、彼女はお前のその口調は知ってるのか?」
「知ってるわよ? それに、嫌な顔されたこともないわ」
「それは貴重だな」
ニヤリと笑った顔はからかいを含んだ顔だった。
「それでね……」
「父さん、泪、これ食べてみて?」
圭の事故のことを伝えようとして瑠香に遮られた。その手にあるのは……。
「「伊達巻……?」」
「そう。台所で味見したけど、すごく美味しかったわよ?」
「買ってきたのか?」
「違うわ。お圭ちゃんの手作り。あの様子だと在沢夫人が持たせたみたい」
「嘘……手作りなの?!」
「味は?」
「百聞は一見にしかず、よ。もうじきコーヒーが入るから、戻るわ。ちなみに、コーヒーはサイフォンで入れてるから」
そう言って瑠香は台所に戻った。
「サイフォン? あの娘はサイフォンも扱えるのか?」
「あ、そっか。父さんには言ってなかったわよね。彼女……圭はカフェプランナーの資格も持ってるのよ」
「カフェプランナー?」
「そう。それがあれば喫茶店が開けるわ。しかも、フレアバーテンダーの資格も持ってるから、バーも開けるんじゃないかしら」
俺の言葉に、父が驚いた顔をした。
「……あ? ビジネス用の資格だけじゃないのか?!」
「あれだってほんの一部よ。面接した時に認定証とか資格証を全部見せてもらったけど、ビジネスだけじゃなく、趣味の資格もかなりあってね。手帳サイズのバインダーにびっしり入っていたわ。さすが、在沢 保の娘よね」
「……」
あんぐりと口を開けた父に、ふふふと笑う。
伊達巻を食べようと促し、二人で箸を取って伊達巻を口に運んで、驚いた。
「何これ……!」
「甘さが控え目なのに、きちんと甘さがある!」
「しかもふわふわ!」
「「美味しい!」」
残りをあっという間にたいらげ、父と二人で目をうるうるさせる。母はどういうわけか、伊達巻や栗きんとんといった甘味のものの味付けを必ず失敗するのだ。
つまり、見た目は綺麗にできていても、甘すぎて食べれないのである。
余韻に浸っていると三人がコーヒーやお菓子を持って戻って来たので、うるうるしたままの目を圭に向ける。コーヒーを配り終え、圭が俯き加減で俺の隣に座ったので、満面の笑みで抱き付く。チラリと両親や瑠香を見ると、やはり満面の笑みだ。
「母さん……」
「何かしら?」
「やっと娘の手料理が食べれるな」
「そうね」
両親の夢は『娘の手料理を食べること』だ。姉が六人もいるのに、不思議なことに皆一様に料理下手なのだ。
「でかしたぞ、泪!」
「ふふん、当然でしょ?」
「……悪かったわね、料理が下手で!」
「あ、あの……?」
戸惑いの表情を浮かべる圭に、俺を含めた穂積家の面々は小さく頷く。どうやら考えていることは皆同じようだ。いっせいに口を開き
「「「「是非ともお手製の御節料理が食べたいな」」」」
と綺麗にハモりながら宣うと、圭は
「……はいっ?!」
と、すっとんきょうな声を上げ、青ざめた。
善は急げと謂わんばかりに母と瑠香は圭を台所に引っ張って行き、材料を確かめに行った。待っている間にコーヒーを飲みながら父と今後のことを打ち合わせ、例の書類を渡す。
「あとで記入してほしいんだけど……」
「何の書類だ?」
「婚姻届」
ブッ、とコーヒーを噴いた父に「汚いわねぇ」と言いながらティッシュを渡す。
「げほっ、ごほっ……! こっ、こっ」
「父さん、いつから鶏になったの? じゃなくて、ここに来る前に在沢家に寄ってきたんだけど、結納をどうするのか聞いたら、『うちは圭の仲人をやりたがるヤツが多すぎるから結納品はいらない。代わりにこれをやる』って言われて、渡されたのよ」
「なんというか……在沢家って……」
「まぁ、言いたいことはわかるけどね。今すぐ籍を入れようって言ってるわけじゃないから、安心して? まぁ、アタシは今すぐにでも出したいけど」
「泪……」
「まだ圭と二人できちんと話をしてないし、圭が戸惑っているうちは出さないわ」
「わかった」
父はそれを一旦しまってテーブルに置くと、母が瑠香に何かを言っているのが聞こえた。そのうちに母が圭と二人で顔を出し、「荷物が多くなりそうなので四人で買い物に行こう」と言われ、四人で連れ立って近くのスーパーに出かけた。
近くとは言え歩いて行けない距離ではないが、大荷物になりそうと言われたため、車で向かった。運転は父がしている。
圭が眼鏡をしていなかったため、いつものように手を引いて駐車場から店内まで圭のペースで歩いた。だが、あまりのローペースに先を歩いていた父が痺れを切らし、睨むように俺を見た。
「泪、もう少し早く歩けないか?」
「あら。だったら母さんと先に行ってちょうだい」
「泪!」
「はいはい、喧嘩しないの。何か理由があるんでしょう?」
母にそう言われ、そういえば父に説明するつもりで瑠香に遮られ、そのままになっていたことを思い出す。何か言いかけた圭の言葉を遮り、小さいころ事故に遭って以来足を悪くしてあまり早く歩けないことを伝え、早く歩きたいなら先に行ってと溜息混じりで話すと、二人の眉間に皺が寄った。圭を見ると悲しそうな顔をして俯き、目を閉じていた。
(あら……これはまた勘違いしてるわね)
苦笑していると手を引き抜こうとしたため、安心させるように圭の手をギュッと掴むと、父に低い声で呼ばれた。
「泪」
「なあに?」
「そういう大事なことは先に言いなさい! 知ってたら早く歩けなんて言わなかった! 悪かったね……在沢さ……じゃなくて、圭」
「え……」
パッと顔を上げた圭は、驚いた顔をして二人を見つめている。
「ああ、だから瑠香は座敷ではなく、あの部屋に変えたんだな」
「社長……」
「そんな他人行儀な……。泪の奥さんに、ひいては私たちの娘になるんだ。会社ではないんだから、せめてお義父さんと呼んでくれ」
「あ……」
俺を見る圭の目は「いいの?」と言っている。大丈夫という意味でにっこり笑って小さく頷くと、滅多に見れない満面の笑顔で「はい、お義父さん」と返事を返していた。
「……可愛いなぁ、母さん」
「でしょう?」
「あげないわよ!」
「はい?」
ニパーッと笑った両親に苛つきながらも、自分のことだと思っていない圭はきょとんとした顔をして首を傾げる。そんな仕草も可愛いと思いつつ、両親と三人で苦笑いをした。
買い物途中で夕食の話になり、父が瑠香に電話で出前を頼んでいるのが聞こえたので、いつもの寿司屋だなと見当をつける。素知らぬ顔で買い物を続け、大荷物を持って帰宅するとちょうど瑠璃が帰って来たのか、圭を見た途端
「お圭ちゃん、いらっしゃい!」
と瑠香に引き続き、ギュッと抱き締めた。だが、俺の顔を見たのか、ニヤリと笑って呆気ないほど簡単に圭を離して話しかけて来た。
「泪、例のやつなんだけど」
「ちょっと待って。先に荷物持って行かないと」
悪いと思いつつも瑠璃の話を遮って荷物を持ち、疲れた顔をしていた圭に「圭は手ぶらでいいわよ」と荷物を持つと、瑠璃も一緒に荷物を持って来てくれた。台所に荷物を置いたあとは母や圭に任せ、瑠璃と一緒に別の部屋に行く。
「ごめんね、瑠璃姉さん」
「いいわ。私も悪かったし。それでね泪、例の指輪なんだけど、サイズが直し終わったから、時間のある時に取りに来てちょうだいね」
「え? もう?! 早くない?!」
この時期は直しが集中したり工房が休みになったりするため、早くても二~三週間はかかると瑠璃に言われていた。誕生日プレゼントにするつもりだったからそれほど急いでいたわけではない。が、それにしてもこの時期にしては驚異的な速さだ。
「工房に出そうと思ってたんだけど、日程を工房に確認したらお圭ちゃんの誕生日に間に合わないことが判明してね。で、自分の身内になるわけだし、あの時のお礼も兼ねて、店の工房を使って自分で直しちゃった」
「……」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。確かに、瑠璃は小さなことからアクセサリーを作ったりするのが得意だった。ビーズだろうとシルバーだろうと、いとも簡単に作っていた。
「だってプラチナ……」
「うちの店にはレーザー溶接機があるもの、簡単に直せるわ。尤も、急ぎのお客様か上得意じゃないと使わないし、やらないけど」
瑠璃の言葉に、いや、そんな簡単に……と思わず脱力しそうになるが、そういえばそうだったと思い出す。この人は手先が器用で、ことアクセサリー関連になると異常なほど執着するのだ。そして、機械だろうと何だろうと一旦やり方を覚えてしまえば、自分のモノにしてしまうのだ。
「はあ……。瑠璃姉さんもある意味化け物よね……」
「『化け物』言わない! ただ単に好きなだけよ! で、どうするの?」
「年が開けたら取りに行くわ。お店はいつから?」
「五日からよ」
「わかったわ」
話を打ち切って二人で居間に行くと、テーブルにはお寿司やつまみ、味噌汁が並んでいた。
当然のように圭の隣に座ると、早速父の「食べようか」の合図で「いただきます」をし、食べ始める。
終始和やかな雰囲気で食事を終えると、荷物を持って圭を案内がてら自分の部屋に行く。
(やっと二人きりになれた……)
数日ぶりに圭を抱ける。
逸る気持ちを抑え、荷物を下ろしてドアを閉めると、圭を補充するように後ろからギュッと抱き締めた。
53
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる