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第九章
無意識の想い
しおりを挟む「悪い…っ、俺は」
「……」
「暑さでのぼせたか?俺は……いったい何を……!」
「…先にバシュに触れたのは僕なので、貴方に非はありません」
シアンの両肩を掴んで起こしてやる。バヤジットは酷く戸惑っているようで、混乱する頭に手を当てた。
シアンは小さく咳払うと、いつもの冷静さをよそおう。
心臓の音が五月蝿いのは暑さのせいだ。そうに……決まっている……。
「すまない…っ、俺の中の何かが暴走した。決して邪な感情は無い!…筈、なのだ。すまなかった」
「貴方の誠実さは信じますが、何も知らない他の者に見られては威厳を失いかねませんよ?」
「そ、そうだな……気を付けよう」
「そうしてください」
背を正したバヤジットはバツが悪そうに下を向く。
大柄な男がそうやって俯く姿は、似合わなすぎて珍妙だった。
沈黙の後、耐えきれなくなったバヤジットが勢いよく立ち上がった。
「…どちらへ?」
「頭を冷やして…ッ──水に、沈めてくる」
「さすがに水浴みの頻度が高すぎると思います」
「しかしっ…」
「気を鎮めるためなら……ああ、ちょうどいい、彼に手伝ってもらえば良いでしょう」
「彼?」
シアンが顔を上げた先には、洗い場から戻るオメルの姿があった。
「おいで、オメル」
「なんだ?どうした?」
名を呼ばれて、ペタペタと石貼りの床を走ってくる。
事情を知らないオメルは何故か仁王立ちのバヤジットを不思議そうに見上げた後で、シアンに顔を向けた。
「せっかくだから、邸宅で匿って頂いているお礼にバシュの背中を洗って差し上げたらどうだろう」
「オレが洗うの?いいのか?バヤジットさま」
「…あ?……ああ」
キラリと純真な目で見上げられて、バヤジットはうっと言葉に詰まる。
こんな顔で尋ねられて断れる訳がなく……
「…っ…頼んだオメル」
「いいよ、まかせろ」
逃げ出そうとしていた足を止めて、バヤジットはしぶしぶ腰を下ろした。
「オメル、将官は強めに擦られるのがお好きだそうだ。力いっぱい頼むよ」
「わかった強めにだな」
「しっかりね」
「りょーかい!」
オメルは身体の垢を落としてもらって気分がいいのか、いつにも増して爽やかな返事で応える。
バヤジットの広い背中に布を当て、注文通りの渾身の力で擦り始めた。
「…ッッ」
「痛かったらおしえてなバヤジットさま」
「へ…平気だ」
皮を削ぐ気かと思う力加減だが、止めることは今のバヤジットに許されていない。
身構えた彼の背中に肩甲骨が浮き上がる。
「んなふうに背中でこぼこさせたら洗いにくいよ…ですよ?もっと力ぬいてくださいよ」
「ぐ…っ」
「腕疲れるけど頑張ろっ。……あれ、シアンはどこ行くんだ?」
「僕は水を飲んでくるよ」
オメルとバヤジットの我慢比べが始まったところで、シアンはゆっくりと立ち上がった。
長い間座っていたので、少し歩くとふらついてしまう。
「……フゥ」
二人から離れた所で息を吐き出す。
のぼせたのは……シアンのほうだ。
頭を冷やすべきなのも、同じく、彼のほうだったのだろう。
──…
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