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第十一章
引き止める者
しおりを挟む「シアン…どこ行くんだ?」
「──…?」
不安そうな声がシアンを背後から呼び止める。
振り返るとそこにオメルが立っていた。
声の正体を知ったシアンは表情を柔らかく繕い、穏やかに微笑む。
「…おはようオメル。そんな顔してどうしたの」
「……」
「やっと嵐が弱まったようだから、外の様子を見てくるだけさ」
「バヤジットさまが、シアンは外出禁止だって」
「──…」
「寝室にかぎかけて閉じこめてるって言ってた。
なあ……シアン。……どこに行くんだ?」
バヤジット不在の刻、邸宅の廊下を出歩くシアンを呼び止め、恐る恐る…オメルは尋ねた。
「そうか、将官から聞いたんだね」
「部屋に閉じこめたシアンがっ…ぜんぜんメシを食べないから困ってたよバヤジットさま。出したメシにひとつも手をつけないから、このまま餓死するつもりかって心配してた…!」
「──そうだよ。それで衰弱したフリをして倒れた僕に、今しがた見張り人が気付いてくれてね。慌てて部屋の鍵を開けてくれたさ」
「え…?」
「脱出の為にひと芝居うっただけ。親切な彼は今ごろ部屋で横になっているよ」
いやこの場合 軽率と言うべきか。シアンにまんまと騙された見張りは気を失って倒れている。
それを聞かされたオメルは、何と返せばいいのかわからなかった。
「じゃあ僕は外に出るよ。他の人に見つかると面倒だから」
「まっ…待ってよ!」
わからないけれど咄嗟に呼び止める。
このままシアンを行かせてしまったら、取り返しのつかない事になる気がした。
それくらい今のシアンは様子がおかしかった。
オメルを怯えさせないように温和に答えているが、言葉選びが投げやりで、目が冷めている。
何かに怒っている?
このまま行かせてしまったら……たぶんキミは、二度と戻ってきてくれない。
「あいつの…──スレマンさまのとこに、行くのか?」
「──…!気付いていたの?」
「うん……知ってた」
「そうか…」
意外そうなシアンが、少し感心した様子で微笑んだ。
「いつも夜になるといなくなるシアンが、スレマンさまのとこに酒持って行ってるの知ってたよ」
「誰かに後を付けられてる気はしていたけれど、君だったんだね」
「今日も、行くのか?」
「そうだよ。そしてここにはもう戻らない」
淡々と答えるシアンは、やはり投げやりだ。
オメルの言葉が途切れると、あっさりと見切りを付けて立ち去ろうとする。
「待ってよ!やだよオレっ…シアンがあんな奴に好きかってにされるの、嫌だ!」
「……」
「バヤジットさまに守ってもらえばいいじゃん!喧嘩したなら謝ろうよ!あいつのとこ行くな…!!」
背中を見せたシアンをオメルが引き止めた。
スレマンの執務室で、毎夜何がおこなわれているのか
それすらもオメルは知っているのだ。
奴に身体を蹂躙され…汗を流してヨガり悶えるシアンの姿を、鍵穴の隙間から見てしまったから。
オメルは、シアンがそんなふうに扱われるのが嫌だった。
でも言い出せなかった。だってシアンはこれまで…ずっとそうして生きてきたんだ。
否定したくない。
オメルはシアンが好きだから、彼の生き方を否定したくなかった。
「行かないでくれよぉ…!!」
「──…」
でも、シアンが そちら側に 行ってしまうのはとても悲しい。
引き止めたい。とどまって欲しい。
シアンは、家族以外で初めて優しく接してくれた人なんだ。だから…シアンも大切にされてほしい。優しくされてほしい。
けどあいつは…スレマンは、シアンを大切に扱ってはくれない。
そんなの、あんまりじゃないか。
「なんで行くんだよ…ッッ…なんで、あんな奴に…!!」
「……僕は」
「戻ってよ、行くなよ、行くなよ…!!」
「──…」
取り乱すオメル。
シアンは彼に、とどめのひと言を口にする事もできたけれど、彼の純真な想いを前にそんな非道は はばかられた。
「君は本当に優しいね」
「……ッ」
「ありがとう」
それと、ごめんね
「これからはバヤジット将官が君を守る。あの方は君を貶めたりしないから安心していい。そしていつかここを出て──…君の夢を叶えてくれ」
白い花
それが君の宝物
いつか、一面に広がる白い花を…
この干からびた国に、君の夢を咲かせてくれ
シアンは託すような言葉をかけて、優しい言葉だけを残して、オメルをおいていく。
部屋から盗んだ大きめな夜着を身にまとう彼は、他の使用人に見つからないよう注意をはらいながら、邸宅の出口に向かった。
「オレは、まだ…!」
オメルの泣き声が背中を追った。
「まだ敬語の使いかた教えてもらってない!約束したのに!手紙だってっ…まだひとりじゃ書けねぇ…!!」
「……」
「知らない、まだ、教えてくれてないこといっぱいあるのに!まだ、まだ、まだ、まだ…ッッ」
だが外へ続く扉を開ける頃には、その声も聞こえなくなる。
「まだオレ──…シアンのこと……
…ッ…何も知らないままじゃんか……」
一度も振り返らず、オメルが何を言おうと取り合わない。
こうやって彼を突き放す事が、シアンにも許された、思いやり故の決別だから。
「……知る必要は無い」
だからどうか、僕のことは忘れてくれ
──…
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