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第十四章
引き返せぬ運命
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“ 遠方の村があのような状態になっていようとは…っ ”
夜もふけた頃
自邸の寝室で、帰宅したばかりのバヤジットは疲れて椅子に腰をおろした。
ここ数日の彼は、対帝国の前線まで部下とともに馬を走らせていた。
砂嵐の襲来により兵を引いた帝国だが、嵐がやんだ今ふたたび警戒が必要だからだ。
そして偵察の結果、今のところは帝国に目立った動きはなかった。よって数人の部下を残しバヤジットは王都ジゼルに戻ったところだ。
ただ、今回の偵察でバヤジットを困惑させたのは、遠方の街や村の窮迫ぐあいである。
お互い兵を引いたとは言え、カナート(地下用水路)の破壊をめぐる帝国との敵対は続いている。宿屋は仕事が半減したうえに、国からの支給も途絶えた為、多くの者が生活に苦しんでいた。
“ 帝国からの物資が途絶えただけでっ…我らの国はここまで窮地に立たされるというのか ”
貧しい民の暮らしは、バヤジットの疲弊を強めていた。
さっさと着替えて眠りにつこうとした時
コン、コン
玄関の外で、来訪を知らせる銅製のリングがドアに数回打ち付けられた。
「ん…?」
バヤジットは脱ぎかけていた手を止めて階段を降りた。
ドアを開けたその先に
まさか、彼が立ち尽くしているとも思わず──
ギィー...
「……!! …ッ…シアン、なのか…!?」
「──…」
バヤジットがドアを開けると、すぐ目の前に顔を俯かせたシアンが立っていた。
それだけなのだが、迎えたバヤジットは声を震わせた。
「どうした……!? 傷だらけじゃないか……!?」
暗いがひと目でわかる。
シアンの隊服は乱され、砂にまみれ、冬だと言うのに上着を来ていない彼の手足は、擦り切れていた。
こちらを見ようとしない顔もきっと傷だらけに違いない。
「……夜分に、失礼致します」
「は?──お、おい!」
シアンは軽く頭を下げると、バヤジットの横をすり抜けて勝手に中に入ってきた。
バヤジットが止める隙もない。
困惑して見守るバヤジットは、シアンのぎこちない歩き方を見て、やはり彼が酷い手傷を負っているのを確信した。
「シアン!その怪我はなんだ?」
「……」
「また何者かに淫らな事をされたのか!? …ま!まさかお前が王宮警備兵になった事をよく思わない連中に襲われたか!?」
「……いえ」
「っ…? どう…した…?その先に用なのか?…オメルはもう寝ていると思うが」
バヤジットの屋敷は他の貴族と比べて広くない。
シアンが向かう先にいくつも部屋があるわけではなく、バヤジットの予想どおり、彼はオメルの部屋にはいっていった。
ノックもせずはいったその部屋には
当然──誰もいなかった。
「オメルは帰っていないようだな…?」
「……」
「……!」
状況が掴めないバヤジットが部屋を見回してそう言うと、それまで顔をふせていたシアンが、首だけ回して横顔を見せた。
「オメルはもう戻りません」
「何を言ってる?いや、お前──ッ その返り血はどうした……!?」
白い横顔に散った赤──
兵士であるバヤジットは知っている。それは人間を殺した者にこびりつく返り血だ。
硬直したバヤジットをよそに四方を見渡すシアンは、寝台の足元にオメルの手荷物を見付け、そこへ歩いた。
いつの物かわからないピタ(乾燥パン)や木の実が溜め込まれたその中から、あの日オメルが見せてくれた古びた本を取り出す。
ボロボロの黄表紙に、他国の言葉で記された本。そのページの途中に貼り付いた──…小さな白色の花びら。
本を手に腰を上げたシアンは
それをバヤジットへと差し出した。
「…?それはオメルの持ち物だろう?本、か…?」
「これを代わりに供養してやってください」
「なんの事だ…ッ…」
「遺体はとられてしまいました。…十中八九ゴミ同然に捨てられるでしょう。だがそんな事は許されません。どうかバヤジット様の手で……どうか、神聖な葬儀で……彼を陽の国に送り出してくださいませんか」
「‥‥‥!?」
「賤人である彼の葬儀をっ…貴族の貴方に頼むなどふざけている、論外だ、それは承知しております。しかし…ッ…今の僕には貴方しか…」
「…葬儀…だと…!!…オメルが?何故だ……何が……起こった」
「……ッ」
バヤジットに問いを返されたシアンは、本を床に置き、自らもそこに跪いた。
そして困惑するバヤジットの足元で、深々と座礼をおこなったのだ。
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