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第十四章
引き返せぬ運命
しおりを挟む「貴方へ対する数々の無礼…今だけ、お許し頂きたい…!どうかこれだけは頼まれて欲しいのです」
「冗談ではないのか…!?」
「はい」
「…ッッ──待てシアン!」
懇願の座礼をしたシアンは、本を置き去りバヤジットの横をかいくぐった。
逃げるように駆け足になる。
バヤジットは後を追った。
「…ハァッ…待て…!止まるんだ!」
「──…ぅッ」
ガシッ ────‥!!
玄関のドアにシアンが右手を伸ばすと
その腕ごと、バヤジットが背後から彼を捕らえる。
ギュウウウ...!!
「‥ァッ‥‥ク‥‥!!」
太い腕が力をこめて抱き締めてくるので、重傷のシアンの身体が痛んだ。
それだけじゃない
もがく想いも、叫び出しそうな心も、バヤジットの腕が強引に引き戻すから、……堪え難かった。
「シアン……!! お前は……!!」
「ハァッ……ハァッ……」
「──…泣くのを堪えてどうする!?」
「は……!?」
「そのまま泣け……そうだお前は泣くべきだ。涙を流せば、お前がっ、自分でどれだけお前自身を苦しめているのか、わかる筈なんだ……!!」
バヤジットにとってはオメルの事が唐突すぎて、いったい何が起こったのか…その断片すら推し量れない。
だが先ほどのシアンの横顔でわかるだろう?
深い悲しみを与えられた彼が
魂の嘆きも、叫びも、揺らぎすら許されないまま
背負った宿命を果たす為に、たったひとりで進み続けようとしている。
「もう止まるんだ…!! 復讐なんてやめろ!そんなくだらない事を続けようと、お前がもっと苦しめられるだけだ…」
「復讐がくだらない?ではいったいどれほど高尚な理由があれば…僕に生きることが許されると?」
「馬鹿なことを言うな!お前が生きるのに理由など必要ない!」
「──…そうですね。貴方はそういう人だ」
「……っ」
たったひとり
生かそうとしたのはバヤジットだけだった。
他の誰もが死を望み、彼を貶め、殺そうと動いた。
実の兄でさえ──" 彼 " を救おうとしなかった。
そんな彼が、" シアン " としてまたこの世を生きていく為には……理由が必要だった。
目的が必要だったのだ。
たとえどのような犠牲を払おうと成し遂げなければならない、目的が。
「止めたければ今度こそ僕を殺してください」
「な…!?」
「……でも、優しい貴方にはそれができない」
ドスッ....!!
「‥‥!?‥ぐ‥‥‥!?」
シアンを抱き締めていたバヤジットが目を見張る。
歯を食いしばり視線を下ろすと、バヤジットの太ももに銀色の針が刺さっていた。
カランと針が落ちる。
「シアン…!?」
「麻酔針です。しばらくの間、痺れが続きます」
「な…‥んだと…‥!?」
その針にしこまれた毒は、バヤジットの大きな体躯すらあっという間に侵蝕した。
シアンが身体をひねる。
バヤジットは彼を捕まえておれず、がくりと床に膝をついた。
そんなバヤジットの前で、シアンは堂々と外への扉を開けた。
「待て!待て……シアン!いったい何をするつもりなんだ!」
「僕を殺せない貴方にそれを問う資格などありません」
バヤジットが手を伸ばしたが、痺れで力が入らない手は簡単にはらわれる。
「…やめ…ろ、行くな…!まだお前は…!」
「……」
「まだ……引き返せるだろう……!」
「……、無理ですよ…っ」
「シアン!」
「もう…戻れない」
自身に言い聞かせるかのように…語る背中。
「オメルのこと……どうかよろしくお願いします」
オメルの弔いだけを託して、たったひとり、シアンは夜へと戻っていく──。
待てと叫ぶバヤジットの声だけでは到底、彼の足を止める事はできなかった。
──…
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