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第十八章
壁ごしの約束
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ピチャン
ギュッ・・・!
王の寝所に隣接した浴場で、シアンは湯にひたした手ぬぐいを軽くしぼる。
あまり広くないそこは湯を溜めておく陶器と座椅子があるだけの簡単な造りで、臨時用に設けられた場所にすぎない。
ただ、寝所から出なくなったアシュラフ王は日常的にここを使う。
先ほども王はここで召使い達に身体を洗わせており、シアンはその残り湯を使って身を清めていた。
「──…そこにいるのはシアンか?」
「……!」
彼が身体をふいていると、足元の排水口から何者かの声がした。
湯を流すために壁に空いた穴の、向こう側は外。王宮の裏手にあたる。
この声は……
「…バヤジット様、ですか」
「…っ…そうだ、やはりお前だったな」
「……。今度はいったい何の用ですか」
シアンは一瞬 驚いたものの、洗う右手は止めずに小声で聞き返した。
「実は昼刻に宿舎の部屋に行ったんだが…。お前はしばらく陛下の護衛で、外に出ないと聞いたんだ」
「そうでしたか。無駄足をふませて申し訳ありません。…………それで?」
「その、……ああ待て、周りには誰もいないだろうな?」
「ええ僕ひとりですよ」
外のバヤジットも、他の者に気付かれないためか声を潜めている。
そもそも
日中ではなくこのような日暮れ後に、正式に戸をたたいてやってこないあたり、第三者に聞かれてはマズイ話というわけだ。
シアンはいつものように薄い笑みで揶揄った。
「それで?こんな方法で会いに来るなんて、よほど切迫した用なのですね?──…まぁお気持ちは察します。貴方にしてみれば、僕が陛下のお傍につくなんて危なくて眠れないでしょう」
「……!」
「もしくは逆に…僕の正体が明らかになり、陛下の手で始末されないかを心配してくださっているのですか?」
「……」
壁向こうのバヤジットは返事をしない。
図星だったのか。
シアンが何者であるかを知っている彼にとって、王室で、シアンとアシュラフが二人きりになる事態は危険すぎる。
だから、こうして牽制に来たのか。
《 俺はお前に惚れているんだ、シアン 》
そんな戯言をつむいだところで、結局、シアンを信用していない。
物珍しさから手元に置いてみるものの、疑心の念はぬぐえていない。
結局、貴方もそうなのだ
スルタン・アシュラフと同じように──。
「……っ」
「何故、黙っているのです?」
外のバヤジットは口元に手をやり、ああ、と項垂れて壁に背を付けた。
そして壁にもたれたまま、ずるずると腰を落とした。
「とくに用がないのであれば、僕は陛下のところへ戻りますよ」
「いやっ……違う、話す事はある」
シアンに問いつめられた彼は
恥ずかしそうな…気まずそうな表情で、片手を額に当てて答えた。
「ただ……そうだな。お前の言うように、まずそれを気にかけるべきだったと……反省していた」
「……?」
「俺の用というのはな、その、…お前の好きな物を教えてほしいというもので」
「は……?」
今度は、シアンが言葉を失う番だった。
それがますます恥ずかしかったのだろう。バヤジットは慌てていた。
「もうすぐ生誕日だろう?」
「…!?」
「だから──…お前の、生誕日だ」
ナンの話だ
手ぬぐいを持つシアンの手が止まった。
「それで何を贈るべきか考えたのだが……っ、俺はそういうことがよくわからんっ。街に出たりもしたのだが、装飾品は女に贈るものだし、香油のたぐいも…どれも同じ気がして、シアンに似合うものを決めきれない」
「……」
「なら食い物か?と思ったが、それこそお前は飯をあまり食べないしな」
「…ッ」
「それか、ああ、そうだ新しい義手はどうだ?もとのは失くして今は代用品だろう?身体にあった使いやすいのを新調させる。どうだ!」
弁明のように早口で喋るけれど、話せば話すほど情けなくなってくる…。
自覚しているバヤジットは、誰が見ているわけでもないが、顔を赤くしてまくしたてた。
「…まぁ、そういうことだからお前の生誕日を祝おうにも!祝いの品を用意できなくて困っていたんだっ……もう直接聞いたほうがいい。──おい、どうした?」
だがその時 物音がやんで、壁向こうのシアンの様子がわからなくなる。
「シアン?聞いているのか?」
バヤジットは振り返って、足元の小さな排水口に顔を近付けた。
シアンの声がしない。
「どうした?どうして黙るんだ?」
「──…」
急に声が途切れたので、バヤジットは不安になった。
何かあったのか──
まさか、シアンの護衛任命をよく思わない連中に、襲われていやしないかと──
嫌な予感にみまわれる。
「シアン!何があったんだ返事をしろ!」
「……………ふふっ」
「──…?」
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