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第二十章
誓い
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冬の寒さが柔らんだように感じる朝。
…どうやらそれは違って、窓にかけられた厚い布越しに伝わってきたのは昼の気配──。その隙間から、キサラジャの太陽が光を注いでいた。
気怠さが残る身体を敷布に沈めたスルタン・アシュラフは、眩しそうに目を瞬かす。
「……?」
長い夢をみた後のように意識がはっきりとしない。
どんな夢をみていたのか……
忘れたが、少なくとも悪夢では無かった。
「──…陛下、起きられますか?」
「……」
そんなアシュラフの顔を覗き込んだ者。
「すでに昼の刻でございます。お食事か…、食欲がないようであれば湯浴みをされてはいかがでしょうか」
彼はすでに王宮警備兵の隊服を着て、頭には帽子を被り、腰には護衛用のクルチ(半月刀)までしっかりと身に付けていた。
「シアン・ベイオルク、お前……」
合点がいかないといった顔でまじまじと見るアシュラフに、いつもの整った顔で応えてくる。
「…お前には、余韻というものは無いらしい」
「護衛の身でありながらいつまでも寝てはおれません。朝には起きて、簡易にですが敷布も取り替えさせました」
「ハァ……そうか」
ため息をつき、やや重い身体を寝台に起こしたアシュラフ王は、少し不服そうだった。
それもそうだろう。
はっきりとしない意識の中でも、昨夜の情事の記憶は残っている。それどころか手や肌に触れたあらゆる感触さえ……まだ生々しく思い出されるのだ。なのに
「ふん…小癪だな。慣れたものというわけか」
「……陛下。私はもともと その道 の者です。一夜に十人の相手をした翌日であれ休む暇など与えられません。壊れにくく、丈夫です」
「そのようだな」
淡々と説明するシアンに、呆れと感心が入り混じる。
シアンのほうはアシュラフの前に膝をつき、湯に浸した布をしぼると、てきぱきと王の身体を拭き始めた。
湯浴み前の、簡易な浄めだ。
裸のまま寝台に腰掛けるアシュラフは、柔らかな布で足を拭くシアンをじっと見下ろしていた。
すでに自身は身体を洗ったのだろう。王宮で使われる石鹸がシアンの髪から香る。
それに誘われて手を伸ばしたアシュラフは、サラりと柔らかな彼の髪を撫で、それから頬に触れた。
「……っ」
普段と同じ冷静さで王の身支度を整えていたシアンが、ピクリと反応して手を止めた。
「陛下……」
「顔を見せろ」
そっと顎に指をかけると、シアンが面をあげる。
横から陽の日を浴び、白く反射する睫毛の奥で此方を見上げる瞳。
言葉を言いかけて開いた唇は…ぽってりと紅く腫れていて、透き通る白肌は、砂金が混ぜられているかのような艶やかさを纏っていた。
そこには今日だけの特別な色香があり、あの蜜夜が幻想ではなかったのだと、やっとアシュラフは確信できた。
「……あの、陛下」
「なんだ」
「昨夜の、私が犯した無礼については」
「気に留めるな」
「……」
言いにくそうに切り出したシアンの問いに、即答する。
それを受けて、シアンは安堵とともに、儚げに笑う。
僅かな寂しさも滲ませて。
「寛大なご慈悲を…感謝致します。昨夜の過ちは、陛下もどうかお忘れください」
「──…忘れろとは命じていない」
「…っ」
アシュラフがシアンの腕を掴んだ。
そして彼を引き寄せて、腰に手を添える。
寝台に片膝をついて乗り上げたシアンは、驚く間もなく唇を重ねられていた。
口付けの合間に、アシュラフの片手がシアンの小さな頭を捉えた。意地の悪い指は耳に伸びて、感じやすい耳朶をくすぐる。
はぁ…と色めく吐息を零した口に、角度を変えて丁寧に蓋をする。
口内をひと通り堪能した後、舌先でシアンの下唇を舐めて離れた。
「わかったか?」
「かしこまりました…」
見つめ合う二人。
赤らんだ顔の輪郭をなぞるようにアシュラフの指が動く。
ごく自然と、二人の唇が再び重ねられようとした時──
窓の外でひときわ大きく鳥が鳴いた。伝令の猛禽が飛んできたのだろう。
そのお陰で我に返ったシアン達は、互いにそっと顔をそらした。
「……それを渡せ。前は俺が拭く」
「は、はい」
身体を拭く布を受け取ってアシュラフが立ち上がった。
シアンは器から別の布をとり、こちらに向けられた王の背をぬぐう。
それから無言の時間が続いたけれど、それは穏やかな沈黙だった。
最後に、前開きの衣服をアシュラフの肩にかける。
胸元があいたゆったりとした服を腰紐で固定し、身支度を終えた。
チャプ...
湯をためた器を右手に持ち、シアンがその場を離れる。
「…何処へ行く?」
「外で待つ侍従に渡すだけです。私は陛下の護衛ですから部屋を離れることは致しません」
「そうか……ふっ、お前も息が詰まるな」
「どういう意味でしょうか?」
「四六時中、俺と同じ空間で、疲れるだろうと言っている」
「……?」
呼び止められたシアンは、一瞬、わけがわからずきょとんとした。
それから大真面目な顔で答えていた。
「──…陛下。かつて賤人であった私は……何をしようが、生きようが死のうが、そのすべてが己の自由でありました。つまり私が今ここにいるのは他ならぬ自分自身の選択です」
スルタン・アシュラフは、嘘のない声でそう告げるシアンをまじまじと見る。
「…であれば、自由であったお前を王宮へ呼び寄せたものは何だ?」
「それは……」
「目的があったのだろう」
「勿論です、陛下」
続く問答にも、シアンは即答だった。
「私の目的は、遠き昔の誓いを果たすこと」
「……」
「大切な人へ誓った──…大切な、約束です」
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