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血の因果
しおりを挟む「枢木アンナは14年前
任務中に依頼者を庇って銃弾に倒れた。
その銃を撃ったのが、……私だ」
「‥‥‥」
「──…私が彼女を殺したのだよ」
「‥‥ぅ」
ああ、やっぱり
「‥‥おかあ さんを‥!?」
当人から知らされた真実
そこに大きな驚きはなかった。
嫌な予感はしていたのだ。
そうした予感は、往々にして当たってしまうものなのだ。
そんな予感がしていたのに
知ろうとしたのは、自分なんだ……。
ミレイは片手を頭に添えて、酷い目眩に襲われて目を閉じた。
この瞬間、熱がいっきに上がってしまったようだ。
「……っ」
喋ろうとした唇が細かく震えて
消え入りそうな、か細い声がやっとだった。
「……あなたが、お母さん を……殺した……」
告げられた真実を噛み砕き、自分の言葉になんとか直す。
「──…ど、…」
どうして?
何故?
……彼女の頭を埋め尽くしたその言葉は、疑問であり非難であった。
「どうしてですか」
目を開けられない状態で、それを吐き出すのが精一杯だった。
「……理由を問うのかい」
ヒデアキは彼女の言葉を予想していたのだろう。
彼は迷うことなく、はっきりと言い切った。
「私が彼女を──…アンナを愛していたからだ」
自分の言う事に寸分の疑いも持っていない。
ヒデアキ自身の表情がそれを物語っていた。
“ 愛していた…? ”
この人は何を言っているんだろう。
愛していたら殺せる筈がないじゃないか。本当に母を愛していたなら、母の命を奪えるわけがない。
そんなものが……愛なわけ、ない。
「……嘘です、ね」
ミレイは彼の言い分を心の内で否定して、そして瞼を持ち上げた。
頭に添えた手の隙間から、顎をひいて男を睨む。
「あなたは、自分を選ばなかったお母さんを逆恨みしただけ…!! こんなの…っ…ただの嫉妬だわ」
そうだ……これは逆恨みだ。
愛という言葉で誤魔化そうだなんて
そんなこと許すものか。
「そんな身勝手な言い訳!おかしい…ッ!! 絶対 に、…おかしい!あなたはお母さんを愛してなんていない…──ッ ‥」
不安定な音程で男を罵るミレイ。
身体のバランスを失いそうになり、彼女は掴んでいるカルロの腕にすがった。
カルロはもう……口をはさまなくなっていた。
すがるミレイが声をつまらせて泣き出しても何もしない。
「…酷い、なん で、お母さんを…っ…!」
「……君に理解できるとは思っていない」
ヒデアキは彼女の罵りを受けてなお、平然と構えていた。
「身勝手なのは承知の事だ。正常でないのも認めよう。……だが、これが私の愛し方だ」
「…っ 違う!それは愛なんかじゃ…」
「私はアンナを恨んでいない。彼女が私を選ぶか否かに大した興味はないのだから…な」
「…ッ…──く、…狂って る…!!」
「──…それも認めよう」
何を言われようと彼は動じない。
彼にとって、他人の理解など──純粋な愛を濁らすだけの異物にすぎないのだから。
ヒデアキは今までに多くの女を愛してきた。
実力と人望を併せ持つ彼の周りには、魅力ある女がいくらでも集まる。
カルロ達の母親は、儚げな雰囲気で人を惹き付ける絶世の美女であったし、ハルトの母親は、誰からも愛される可愛らしさと底抜けの明るさを持った女だった。
だが枢木アンナほど彼の心を奪った女はいなかった。
彼は本気でアンナに惚れ込み──
アンナの全てを自分の物にしたいと願う。
そうして行き着いた愛の皃。
それは、彼女の全てを自分の手で奪うこと…。
「──…君が信じないのも無理ないが…。
では、隣の男に聞いてみたらどうだろうか。
君がその腕にすがっている男だ 」
「……!!」
「…っ…カルロさん?」
首を横に振るのをやめないミレイに、優しい声色でヒデアキが提案した。
ミレイは顔を上げる。
自分が腕にすがっている男──動かないカルロに向かって、またしても腕を揺すりながら問いかけた。
「カルロさん……!! こんなの、変ですよね?おかしいですよね?」
「──…」
「…ッねぇ!? そうでしょう?カルロさ…──」
カルロはやはり、何も答えなかった。
....
《 …兄さんが猫を殺した理由は何だと思う? 》
「…ッ……ぁ…? 」
ふいにミレイの頭にスミヤの言葉がよみがえる。
《 好きだから、殺したんだ 》
スミヤに教えられたばかりの……謎めいた真実。
それを思い出し、カルロの名を呼ぶ彼女の声が途切れた。
“ カルロさんも、同じ……なの? ”
そんなわけないと、認めたくない想いが勝手に溢れていくけれど
今の肯定も否定もしないカルロの横顔を見れば、…認めざるを得ない。
「そんな……」
ミレイは立ちくらみに似た感覚に襲われて、後ずさりながらカルロから離れた。
開け放たれたままの扉に背をついて、じっと彼に目を向ける。
「……フッ」
それを見たヒデアキが笑うと
「クク‥」
同じ様にカルロも笑った。
二人が浮かべた黒い笑みは瓜二つ──。
まさに親子のそれであった。
父が息子に話しだす。
「思った通り……お前も私と同じなのだ」
「……」
「──…では質問を繰り返そうか?カルロよ……、彼女の首に付いている紅い痣は、お前の仕業なのか」
「……俺ではない」
スッ─
カルロは答えると同時に、腰のベルトに下げている短銃を取り外し、その銃口を部屋の中の男へ向けて構えた。
カチンと安全装置を解除して
的をしっかりと見定める。
「ほぉ?…何をしている?」
この行動を予想していなかったのか、銃口を向けられた当人は愉しげだ。
「……残念だったな」
カルロは銃を構えたまま、整った顔に邪悪を映し込んだ表情で、相手を嘲笑った。
「俺はあんたとは違う。俺は……何にも執着しない。
……誰のひとりも、愛さない」
しかし邪悪でありながらも、一寸の切なさを隠しきれない瞳をしている──。
「俺は決して、あんたと同じ真似はしない……」
ここで全てと決別してやる。
彼の瞳はそれを語っていた。
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