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エピローグ -ある恋人達の日常-
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任務を終えて、後処理も済ませたのちの、久々の休暇。
カルロと同棲中のミレイは、朝日を窓から感じながらキッチンに立っていた。
彼女は好きな紅茶をコップに注ぎながら、とある男と電話で話している。
「──…で、そろそろ仕事には慣れてきたかい?」
「はい、…あーっ、……そう言いたいのは山々だけれど…。……まだ、少し」
「訓練と実戦では話が違うからね。気を抜いては駄目だよ」
「そうですね…っ、ありがとうございます……」
電話の相手はスミヤだった。
今もLGAの生徒である彼とは、直接顔を合わせることがない。
優雅で甘い声色──それに、爽やかな話し方。
ともすると、1年前に彼に見せ付けられた狂気じみた内面を、忘れそうになる。
「それより、ハルトくんがLGAを卒業したのは本当ですか?」
「そうだよ」
1年──そう
あれからもう、そんな月日が流れていた。
正確に言えば1年と2ヶ月。
ミレイは実の父親、ジンの意向でLGAを中退した後、彼女を迎えに来たカルロと共に都内のマンションで暮らしている。
彼女はすぐに別の養成校に入学して、1年弱の訓練を受けて晴れて卒業──。
小さな警備会社に就職して、ガードマンとして働き始めたところだ。
そして先日、東城ハルトがLGAを卒業し、海外のとある要人と専属契約を結んだことが、この業界ではもっぱらの噂になっていた。
LGA創立以来の天才青年の名は、それほど注目を浴びていたのだろう。
18歳になったハルトは銃の所持も認められて、一人前のガードマンになったのだ。
「ひとりで外国に行ったんだ……ハルトくん」
「心配しなくても寂しくなったら戻ってくるさ」
「……スミヤさんは?卒業する気はなさそうですね」
「ああ……僕はね」
電話の向こう側からは、スミヤの声の他に、カチャカチャと部品を扱う音が聞こえる。
彼はちょうど、銃の手入れの最中だろうか。
「僕は、教官になるための試験を受けているんだ」
「え!…教官っ…?」
「そう。手始めにLGAの教官になって……それから」
「……!!」
「──…この学園のトップに、君臨してみようかなってね。そういう計画」
学園のトップ──つまりは、理事長に。
スミヤの目標を聞いたミレイは、納得できるが……やっぱり意外な、不思議な心境だった。
LGA学園は、彼らの父、東城ヒデアキがここまで成長させてきたと言っても過言でない。
そう……スミヤにとってこの学園は、他人に譲り渡せる場所ではないのだ。
それでも意外だ。
彼が、こんなふうに学園に執着を持っていたなんて知らなかったから。
「これが僕なりのけじめでもあるかな」
「そうなんですね……。なら、応援します!」
「ありがとう。─…と言ってもハルトが卒業してから、からかう相手がいなくて困っているんだ」
「……はは」
からかう相手……
そうだったんだ…っ
初めて知る情報に、ミレイは思わず渇いた笑いが溢れてしまう。
あのハルトをもってしても、兄とは敵わない存在なのか
兄弟のいないミレイにとって興味深い。
「まぁ……代わりの玩具はいるから、とくに不自由はないけれど」
「…は…?…え、おもちゃ?」
「ナツくんだよ、覚えてない?彼は本当に面白くてね……フフ。僕の一挙一動に、いつも満点のリアクションで返してくれるから飽きなくてさ」
「久保山…くん…!?」
──訂正を加えよう。
" この " 兄であるからこそ
あのハルトでも敵わないのだと。
LGAに残してきたナツが、とてもとても心配だ。
「じゃあミレイ、君もしっかり頑張るんだよ」
「…あのっ…い、今のはいったいどういう…!? 久保山くんは無事ですか!?」
「クスッ…何のことかな。じゃあね」
「待っ…!!」
───プツ
スミヤの声はそこで途切れて、ミレイは無音の中に置いていかれた。
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