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敦が帰った後、俺は未だに目の前の男が北村とは思えず、信じられない気持ちで見上げた。
目が合うと、北村は途端に顔を引きつらせて深々と頭を下げる。
「篠崎さんすみません。色々と出過ぎたマネをして……。その上ゴルフクラブを傷つけてしまって……弁償します。しかも、演技とは言え〝歩〟などと呼び捨てにしてしまって」
その恰好で頭を下げられると、自分もまたそっち系の人になった気がする。
だが、北村の表情は俺が知っているいつもの好青年に戻っていたので、ホッと息を吐いた。
「い、いやその……むしろこっちこそゴメン。その、お前は……」
その筋の人だったのか。
などと言えるはずもなく口ごもると、北村はそれを察したのか「違いますよ」と珍しく慌てた様子で言った。
「そんな訳ないじゃないですか。どんな噂が流れてるか知りませんが、俺の実家は太くないし、むしろ田舎の貧乏大家族の末っ子ですよ。高校まで荒れたヤンキー校にいたので、この手の脅しが得意になっただけです。相手より先に、相手の倍ぐらいキレてビビらせるっていうのが吹っ掛けられた喧嘩を買わずに終わらせる一番楽な手段だったんで……まあでも、今回は私怨もあって少しキレすぎましたけど」
そう言いながら、北村はゴルフクラブの先に付いた敦のスマホの破片を忌々しそうに乱雑に拭き取った。
「……ありがとな。助けてくれて。変な事に巻き込んでごめん」
「いえ。こちらこそすみませんでした。明らかにやりすぎました」
「今日来ると思わなかったからびっくりした。……でも、悪い。今日はちょっとその……Hは出来ないかも」
俯きながら言うと、北村はコンビニのビニール袋を掴んで掲げた。
「元々、今日はセックスするために来た訳じゃないですから。花火大会に間に合いそうになかったんで、篠崎さんとこれしようと思って」
中には手持ち花火が入っている。
「え……?」
「篠崎さんと会うときは絶対スーツって決めてたんです。地元じゃフツーの恰好だったんですけど、東京で出来た友達に〝お前私服のセンスやばいぞ〟って言われてたんで……。でもさすがにスーツで花火は出来ないんで。ただ、結果的に今日は私服で来て逆に正解でした。めちゃくちゃビビってましたね」
北村は念書を見下ろしながら苦笑した。それにつられるようにして俺も思わず笑ってしまった。
「あれだけ脅せば、もう来ることはないと思いますが……万が一来たときはすぐに連絡してください。警察よりも早く駆け付けます」
そう言って北村はスタジャンのポケットに手を突っ込むと、中からメモ帳を取り出し、服装と全く似合っていない几帳面な端正な字で連絡先を書いて俺に渡した。
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