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連載
216、少女の勇者
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カズヤたちが、教会を出た丁度その頃。
夜の闇の中を二つの小さな人影が走っていた。
「うぇ、リナお姉ちゃん、ごめんなさい」
マールは、姉のリナの手を握って大粒の涙を流していた。
まだ小さな妹の手をしっかりと握りしめて、リナは走り続ける。
「泣くのをやめなさいマール! もう、パパもママもいないの、自分のことは自分たちで守るしかないんだから」
「ぐす……お姉ちゃん」
マールの右腕には、大きなクマのぬいぐるみが抱き締められている。
それを見ているとリナも涙が出そうになってしまう。
大好きな両親からのプレゼントだ。
マールはこれを取りに帰るために、夜の闇の中を一人で家に帰ったのだろう。
(マールの馬鹿、隠れ家から出てはいけないとあれほど聖女様に言われていたのに)
まだ幼いエルフの姉妹。
妹のマールは8歳、姉のリナは11歳だ。
エルフの都であるこのアルカディレーナを帝国が襲撃した時、その混乱の中で両親とははぐれてしまった。
生きているのかどうかさえも分からない。
聖女というのは、そんな姉妹を見つけ保護してくれた人物だ。
他にも彼女が作った隠れ家にかくまわれている人たちがいて、彼女をそう呼んでいたのでリナも自然にそう呼ぶようになった。
噂では、教会の中でも聖女と呼ばれるほど力を持つシスターだったそうだ。
その彼女が出かけている隙に妹のマールがいなくなった。
他の誰かに相談しても聖女様が戻るまで待つように止められるに決まっている、だから一人で探しに出た。
それにリナには妹が何処に行ったのか心当たりがあった。
両親と暮らしていた家だ。
家にいけば、もしかしたら両親がいるのではないかとマールは思ったのだろう。
いるはずもないのに。
ボロボロと涙を流しながら、ぬいぐるみを抱き締めるマールを見ているとリナも両親を思い出して涙が出てしまいそうになる。
でも、幼い姉は唇を噛み締めてそれを堪えた。
(きっとパパとママは生きてる! また会えるんだから……それまで、マールは私が守るの!)
まだ11歳の少女の瞳に強い決意が宿る。
リナは妹の手を握りしめると夜の街を走った。
「早く隠れ家に戻らないと、あそこに帰れば安全なんだから」
自分にそう言い聞かせるように何度もつぶやくリナ。
何かが自分たちを追いかけてくる、リナにはそんな気がした。
まるで慌てて逃げる自分たちを見て楽しんでいるかのように。
そんな視線を感じて背筋が凍る。
「きゃう!!」
「マール!」
妹がつまづいて転ぶ。
手を引いているリナも一緒にその場に倒れ込んだ。
マールの手からこぼれたぬいぐるみが、地面を転がっていく。
その時──
リナは見た。
黒い人影が空から舞い降り自分たちの傍に降り立つのを。
そして、それは妹のぬいぐるみを手に取って笑う。
「くく、逃げ惑うさまをもう少し眺めているのも悪くなかったが、少々飽きたぜ。にしても、こんなガキどもがこんな場所をうろついてやがるとは。どうやら、聖女と呼ばれる女と『隠れ家』の噂は本当らしいな」
リナたちの目の前に立っているのは、黒い翼を持つ魔族の兵士だ。
まるでオーガのように、その額には大きな角が生えている。
悪魔のごときその邪悪な表情。
「お姉ちゃん!」
「マール!!」
リナは妹を庇うようにしっかりと抱き締める。
それを見て魔族の兵士は笑った。
「エルフ共が消えたこんな場所を監視するつまらねえ仕事だと思ってたが、いいおもちゃが転がり込んできやがった」
「私たちはおもちゃなんかじゃないわ! このケダモノ!!」
恐怖に泣きじゃくるマールを抱いて、そう叫ぶリナ。
だが、その心は絶望に染まっていく。
小さな頃、寝る前に母が読んでくれた物語。
世界が邪悪に包まれた時、現れる勇者。
何処の国にでもある、ありふれた童話だ。
でも現実の世界にはそんな勇者はいない。
自分たちの国の都が帝国に占領されたその日、幼い少女はそれを知った。
悲鳴を上げても誰も来てくれない。
(私がマールを守るしかないんだ!)
リナは泣きじゃくる妹の体を突き放して叫んだ。
「逃げなさいマール!」
「リナお姉ちゃん!」
リナの右手に魔力がこもる。
今自分が出来る最大限の魔法。
小さな炎が右手に宿る。
可憐な少女の決意が込められた炎、それを見て魔族は声を上げて笑う。
「ふはは! ガキが、そんな小さな炎で何が出来る?」
そう言って、手に持ったぬいぐるみの手を引きちぎる。
そして邪悪な瞳でリナを見下ろした。
「見たか? こうやってお前のその手も引き抜いてやるぜ。その後、ゆっくりと聖女や隠れ家の話をお前の妹から聞くとしようか」
マールの目から大粒の涙が零れる。
両親がくれた宝物が無残に壊され、そしてその宝物よりもずっとずっと大事なお姉ちゃんが殺されるかもしれない。
そう思うとマールの涙は止まらなくなった。
リナも恐ろしくて体がガクガクと震える。
「恐ろしいか? ならば泣き喚け! くくく、誰も助けに等来ないがな!!」
目の前に迫る魔族の兵士。
「ぐがぁ!?」
その時──
魔族の体が、ゆっくりと前のめりに倒れた。
一体何が起こったのだろうか?
リナには分からなかった。
気が付くと、リナとマールを守るように目の前に立っていたその男。
突然現れた男が振るった剣の峰が魔族の兵士の胴を薙ぎ、打ち倒したのだとは少女たちには分からない。
現れたその瞬間すら全く見えなかったのだ、それほどの速さと技のキレ。
「悪趣味な野郎だ。子ども相手に、とんだ外道だぜ」
倒れ伏す魔族の兵士の傍に立つその姿。
リナは呆然と彼の横顔を見る。
それはまるで、物語から抜け出してきた勇者のように見えた。
彼は姉妹の方を振り返る。
「大丈夫か? お前たち」
リナは妹の体をしっかりと抱いて、彼女の勇者の言葉にコクリと頷いた。
夜の闇の中を二つの小さな人影が走っていた。
「うぇ、リナお姉ちゃん、ごめんなさい」
マールは、姉のリナの手を握って大粒の涙を流していた。
まだ小さな妹の手をしっかりと握りしめて、リナは走り続ける。
「泣くのをやめなさいマール! もう、パパもママもいないの、自分のことは自分たちで守るしかないんだから」
「ぐす……お姉ちゃん」
マールの右腕には、大きなクマのぬいぐるみが抱き締められている。
それを見ているとリナも涙が出そうになってしまう。
大好きな両親からのプレゼントだ。
マールはこれを取りに帰るために、夜の闇の中を一人で家に帰ったのだろう。
(マールの馬鹿、隠れ家から出てはいけないとあれほど聖女様に言われていたのに)
まだ幼いエルフの姉妹。
妹のマールは8歳、姉のリナは11歳だ。
エルフの都であるこのアルカディレーナを帝国が襲撃した時、その混乱の中で両親とははぐれてしまった。
生きているのかどうかさえも分からない。
聖女というのは、そんな姉妹を見つけ保護してくれた人物だ。
他にも彼女が作った隠れ家にかくまわれている人たちがいて、彼女をそう呼んでいたのでリナも自然にそう呼ぶようになった。
噂では、教会の中でも聖女と呼ばれるほど力を持つシスターだったそうだ。
その彼女が出かけている隙に妹のマールがいなくなった。
他の誰かに相談しても聖女様が戻るまで待つように止められるに決まっている、だから一人で探しに出た。
それにリナには妹が何処に行ったのか心当たりがあった。
両親と暮らしていた家だ。
家にいけば、もしかしたら両親がいるのではないかとマールは思ったのだろう。
いるはずもないのに。
ボロボロと涙を流しながら、ぬいぐるみを抱き締めるマールを見ているとリナも両親を思い出して涙が出てしまいそうになる。
でも、幼い姉は唇を噛み締めてそれを堪えた。
(きっとパパとママは生きてる! また会えるんだから……それまで、マールは私が守るの!)
まだ11歳の少女の瞳に強い決意が宿る。
リナは妹の手を握りしめると夜の街を走った。
「早く隠れ家に戻らないと、あそこに帰れば安全なんだから」
自分にそう言い聞かせるように何度もつぶやくリナ。
何かが自分たちを追いかけてくる、リナにはそんな気がした。
まるで慌てて逃げる自分たちを見て楽しんでいるかのように。
そんな視線を感じて背筋が凍る。
「きゃう!!」
「マール!」
妹がつまづいて転ぶ。
手を引いているリナも一緒にその場に倒れ込んだ。
マールの手からこぼれたぬいぐるみが、地面を転がっていく。
その時──
リナは見た。
黒い人影が空から舞い降り自分たちの傍に降り立つのを。
そして、それは妹のぬいぐるみを手に取って笑う。
「くく、逃げ惑うさまをもう少し眺めているのも悪くなかったが、少々飽きたぜ。にしても、こんなガキどもがこんな場所をうろついてやがるとは。どうやら、聖女と呼ばれる女と『隠れ家』の噂は本当らしいな」
リナたちの目の前に立っているのは、黒い翼を持つ魔族の兵士だ。
まるでオーガのように、その額には大きな角が生えている。
悪魔のごときその邪悪な表情。
「お姉ちゃん!」
「マール!!」
リナは妹を庇うようにしっかりと抱き締める。
それを見て魔族の兵士は笑った。
「エルフ共が消えたこんな場所を監視するつまらねえ仕事だと思ってたが、いいおもちゃが転がり込んできやがった」
「私たちはおもちゃなんかじゃないわ! このケダモノ!!」
恐怖に泣きじゃくるマールを抱いて、そう叫ぶリナ。
だが、その心は絶望に染まっていく。
小さな頃、寝る前に母が読んでくれた物語。
世界が邪悪に包まれた時、現れる勇者。
何処の国にでもある、ありふれた童話だ。
でも現実の世界にはそんな勇者はいない。
自分たちの国の都が帝国に占領されたその日、幼い少女はそれを知った。
悲鳴を上げても誰も来てくれない。
(私がマールを守るしかないんだ!)
リナは泣きじゃくる妹の体を突き放して叫んだ。
「逃げなさいマール!」
「リナお姉ちゃん!」
リナの右手に魔力がこもる。
今自分が出来る最大限の魔法。
小さな炎が右手に宿る。
可憐な少女の決意が込められた炎、それを見て魔族は声を上げて笑う。
「ふはは! ガキが、そんな小さな炎で何が出来る?」
そう言って、手に持ったぬいぐるみの手を引きちぎる。
そして邪悪な瞳でリナを見下ろした。
「見たか? こうやってお前のその手も引き抜いてやるぜ。その後、ゆっくりと聖女や隠れ家の話をお前の妹から聞くとしようか」
マールの目から大粒の涙が零れる。
両親がくれた宝物が無残に壊され、そしてその宝物よりもずっとずっと大事なお姉ちゃんが殺されるかもしれない。
そう思うとマールの涙は止まらなくなった。
リナも恐ろしくて体がガクガクと震える。
「恐ろしいか? ならば泣き喚け! くくく、誰も助けに等来ないがな!!」
目の前に迫る魔族の兵士。
「ぐがぁ!?」
その時──
魔族の体が、ゆっくりと前のめりに倒れた。
一体何が起こったのだろうか?
リナには分からなかった。
気が付くと、リナとマールを守るように目の前に立っていたその男。
突然現れた男が振るった剣の峰が魔族の兵士の胴を薙ぎ、打ち倒したのだとは少女たちには分からない。
現れたその瞬間すら全く見えなかったのだ、それほどの速さと技のキレ。
「悪趣味な野郎だ。子ども相手に、とんだ外道だぜ」
倒れ伏す魔族の兵士の傍に立つその姿。
リナは呆然と彼の横顔を見る。
それはまるで、物語から抜け出してきた勇者のように見えた。
彼は姉妹の方を振り返る。
「大丈夫か? お前たち」
リナは妹の体をしっかりと抱いて、彼女の勇者の言葉にコクリと頷いた。
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