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1章、転生で初めて人の温もりを知る

3話、医療と魔法が合わさればそれは最早奇跡では?

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 午前中は体力作りと剣術の訓練に汗を流すと、昼食から少しの休憩を挟んだらアンリエッタさんと魔法の特訓が始まる。この少しの時間が忙しい俺の1日の唯一の癒しとなっていた。
 
 アンリエッタさんは我が家の使用人として雇われてるんだけど、我が家の身代しんだいは1代限りの騎士爵であり、使用人を大勢雇えるほど裕福な家ではない。
 そんな我が家に勤める使用人は僅か2人しかおらず、1人はオデット婆さんで残るもう1人がアンリエッタさんなのだ。
 そんな状況なので当然アンリエッタさんは忙しい。
 あの日から毎日、彼女の空き時間に魔法の基礎を教わっているけど、1時間ほど教えてもらえる日もあれば15分程度しかない日もあったんだ。
 
 夕食からしばしの時がたち、庭で剣の素振りでもしようかと外への扉を開けると、ちょうど扉を開け中に入ろうとするアンリエッタさんと出会でくわした。
「アンリエッタさん、それは?」
「皆さんの湯浴みの準備ですよ」
 重そうなバケツを持っているのに、笑顔で答えてくれるアンリエッタさん。元の世界のような大きな浴室や湯船はないけれど、浴室には大きな壺のような窯? があり、皆その湯を使って髪や体を綺麗にしていたんだ。
 
 アンリエッタさんが一人で、毎日あの水を汲んでいた? すごい量じゃないか。
 バカだなぁ俺は、一生懸命に朝から晩まで働いて、ほんの少し出来た僅かな時間で俺に魔法を教えてくれていたのに、短いよ、少ないよ、もっと長くなんて思ってた自分が情けない。
 こんな事に今更気づくなんて。
 
 だから童貞何だとか言ったやつ、後で覚えとけよ? 忘れんからな。
 アンリエッタさんの事に関しては洒落は通じんぞ?
 意を決し、彼女からバケツを奪う。
 
「うぉ、重っ」
 毎日剣を振り、体力作りをしていても所詮は子供だ。
 水が並々と張られたバケツは、子供には十分すぎるほど重い。
「ぼっちゃま? 重いですから」
「強くなりたくて剣術の訓練をしてるのは知ってるでしょ? 体力作りだよ!」
 えへん、と得意顔で彼女に言った。
 恩着せがましいと、アンリエッタさんが遠慮してしまうだろ?
 
「でも、ぼっちゃまにさせる訳には……」
「これも特訓だよ?」
 じっとアンリエッタさんに見つめられたので腕をまくり、無い力こぶを見せる。
 幸い父は騎士としてご領主様の城館に詰めている事が多く、母は自室にいる事がほとんどだ。この光景を見られて彼女が怒られることはない。もし見つかっても鍛錬の一環だ! で済むはずだし、済ませてみせる。
 
↓ 水を汲むアンリエッタさん挿絵です ↓

  
「ありがとうございます」
「──ただし無理だと思ったらすぐに仰ってください。本来それは私の仕事ですから」
「うん、わかったよ」
 顎に指をやり少し上を見つめ、何かを考える様な仕草を見せるアンリエッタさん。
 今日も美しくて良き。
「そうね、では、空いた時間で魔法の特訓を増やしましょうか」
「時間はありますか? 私の小さな騎士様」
 手をポンと叩いた後、手伝いで空いた時間は魔法を教えてくれるのだと言う彼女。
「ホントに? やったぁ」
 アンリエッタさんは優しくて、慈しみ見守るかのように俺に接してくれる。
 人をやる気にさせる天才かもしれない。
 
 ◇◇

 突然連れて来られたこの世界、食事は基本すべてが塩味で味にバリエーションは無い。素材は悪くないだけに何とも惜しいんだ。
 元の世界でも塩で頂くのが好きだった俺は何の問題もないが、ソースやマヨネーズが無いと食べられないような輩らにはこの世界は無理だと思う。濃いものが食べたくていずれ発狂するんじゃないかな?
 あ、そうそう女子は100%無理だね、それは断言できるよ。
 まず甘味が無い。
 我が家は騎士爵だよ? 平民よりは裕福なんだぜ。そんな家でも1度として出た事がない甘味。スタバのない世界は女子には無理だろ?

 朝食に味の薄い野菜スープと硬いパン、塩をかけただけの少しの鶏肉を頂いた後は剣術の訓練だ。今日は久しぶりに父がいるので、父に剣術を見てもらう。
 ちなみに父とは、この世界にやってきたあの日『店長』と思ったあの人だ。あの人が僕の父さんで名をアドリアン・コンスタンツェと言う。
 
 あの日から始まった親子関係だけど、親子として長く過ごせば情が湧くのも人間だし、落馬で頭を強く打ったあと数日に渡って目が覚めず、目が覚めれば記憶が無いという設定の俺にいつまでも優しく接してくれる両親、父や母と呼ぶ事にもう抵抗はなかった。
 
「はっ」「やっ」
 掛け声と共に父へ斬撃を見舞うが、簡単に受け止められる。
 相手は現役の騎士だ、子供相手にわざと隙を見せ攻撃を誘い、逆手に取り攻撃を叩きこむなんて手法は取る必要ない。ただ撃たれる斬撃を何の苦もなく受け止め、簡単に払いのける。
「父さんは強いなぁ、歯が立たないや」
「わはは、フェリクスも強くなってるぞ?」
「そうかなぁ」
 手合わせの相手が強すぎて、全然実感がわかないや。

「同い年でお前に叶うものはおらんだろ」
 父さんは俺と手合わせ出来るのが嬉しいのだと思う。
 あの日死んでたかも知れない息子と、剣を合わせれるのが堪らなく幸せなのだろう。良い人達に恵まれた第2の人生だと思う。本当に。

 父との剣の訓練を終えると、午後のアンリエッタさんとの至福の時間がやってきた。
「あらあら、頑張るのは良いのですが、痛そうですね」
 血マメと傷だらけの俺の手を見て、アンリエッタさんが呟いた。
「では今日からは趣向を変えて、治癒魔法の練習をしていきましょうか」
「治癒? 治せるの?」
「ええ、見ててくださいね?」

「彼の者を癒したまえ、ー治癒ヒーリングー」
 と彼女が唱えると、アンリエッタさんの手がかざされた血マメだらけの俺の右手が緑の淡い光に包まれる。傷だらけだった手の平から腫れが引いて、創部が癒やされていくのがわかるんだ。
 そして、緑の淡い光を反射したエメラルドの様な瞳は本当に綺麗だった。
「す、すごい! すごいよ! アンリエッタさん!」
 まるで、黒髪の女神さまだよ。
「力が制限されてて、今はこれくらいの効果しかなくてごめんなさいね」
 
「今見たのをイメージして、左手は自分で治してみてください」
「僕が? 自分で?」
「ええ、すぐに出来なくても大丈夫ですから、やっちゃいましょう」
 首を少しだけ傾けて微笑むアンリエッタさんが、良き。
「わかったよ、アンリエッタさん」
「粘り強く頑張ればいつかできるようになりますから。ぼっちゃまなら大丈夫です」
 今日まで彼女に教わりやってきたことは、体の中に流れる魔力を意識すること。
 体の中に流れる魔力を指先に集め火を点けること。それが出来れば極限まで火を小さくコントロールし、それを長時間続ける事だった。アンリエッタさん曰く、魔力を大放出させるのは誰でも出来ます。それを限りなく小さく長くコントロールするのが難しく、一番に習得すべき技術なのですとの事だった。

 ちなみに魔法のコツは、行使したい事象を強くイメージしそれに合わせた魔力を調整するのが大事らしいんだけど、これが非常に難しいようで魔法使いが増えない主原因らしいのだ。
 そうそう、言っておくがイメージさえ出来ればどんな事でも行使可能な訳じゃないぞ? そこまで万能では無いようで、イメージとが合致して初めて行使されるらしい。アンリエッタ大先生からの受け売りだ。ふふん。
 
 何よりもイメージが必要なんだよなあ? うーん、言っちゃ悪いがこの時代の人の文明レベルはお世辞にも高いとは言えない。おそらく一般人の家には本など無く、知識を得るのは口伝のみじゃないかな? 村を出る事なく一生を終えるような人もいそうだ。
 そんな人達が事象をイメージなんて出来るわけが無い。その点俺は違う、地球で育ち最高の教育を受けてきた。本やテレビ、動画配信などイメージを構築するものには事欠かない世界だったし、何よりも前職は医師だ。人体のイメージに関しては誰よりもある!
 
 左手をジッと見つめて、脳内で強くイメージしていく。
 傷ついた毛細血管は繋がり修復され、炎症が鎮静して行く。それに同調するように真皮や表皮が再生されていくさまを脳内で強くイメージし魔力を放射する。
 言葉に出すことでより強くイメージしやすいなら、こんな感じだろうか。
「ーファストヒール速攻治癒ー」
 応急処置ファーストエイドとアンリエッタさんの治癒ヒーリングを混ぜて見たよ。

 魔力を放射する右手が淡く輝いて、その光を失った時、左手の治療は完了していた。うん、完全に元通りだ。
「え?」
 アンリエッタさんが僕の左手を両手で持ち、表や裏を何度も何度も確認する。
「えええー? すごーーい」
 アンリエッタさんにガバッと抱き上げられ、その場でくるくると回る2人。
 は、は、初めて頬に触れるアンリエッタさんの双丘。
 あ、だめ、幸せで死にそう。
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