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1章、転生で初めて人の温もりを知る

6話、父さんが親馬鹿とは知らなかった

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「やっ」
 ガッ
「はっ」
 ギンッ
 掛け声と共に庭に響く木剣と木剣が激しくぶつかり合う音。
 アンリエッタさんが細めの木剣で華麗に攻撃するも、俺がそれをいなしてはかわす。そうして見つけた彼女のほんの僅かな隙へ剣閃をお見舞いするが、それすらもヒラリと美しく躱されてしまう。
 そんな構図が当たり前の様に繰り返される我が家の朝の一コマ。

 一目見てわかる、細身で非力そうな体躯。
 実際に剣を合わせてみると実に厄介だ。剣に重さは無い代わりに剣速は滅法早い。アンリエッタさんに組手をお願いしてから、メキメキと剣の腕が上がって行くのを実感できる毎日だった。やっぱり相手がいるのはいいね、緊迫感が違うよ。
 剣術が得意じゃないなんて嘘だろうと思う。あれで嗜む程度なら得意な魔法ってどれ程なのよ……。首の輪を外したら魔王アンリエッタ現るみたいになるのかな?

 ないな、精々ポンコツ魔王さ、はは。
 想像したら妙におかしくて一人ほくそ笑む。
 ポンコツ魔王ってフレーズが妙にアンリエッタさんに合ってる気がしてさ、これ気に入った! 脳内にきっちりメモしておこう。
 
 朝は水汲みから始まり、それが終われば先ほどの様にアンリエッタさんに剣術の相手をお願いしている。そして昼食が過ぎれば井戸でアンリエッタさんと並んで洗濯物を洗うんだけれど、並んで洗濯するのが、楽しいと思う日々が訪れるなんて夢にも思わなかったよ。
 前世なんて面倒だったから全部クリーニングだったもんなぁ。
 それがさ、この世界だと洗ってる間に、干してる間もずっとアンリエッタさんと会話出来るから、もうたまんない。
 あ、でも1つだけ残念なのは、毎日毎日洗濯の手伝いをしているけれど、アンリエッタさんの下着は洗ったことも無ければ、当然干した事もないんだ。お手伝いを始めた最初の頃『これはダメです』と言って彼女に奪われてしまった。それからは最初から選り分けられてるのだと思う。俺の分担カゴに入ってた試しがない。

 アンリエッタさんの下着の横に並んで干される俺のパンツ。
 こんなくだらない日常が俺の幸せなんだ。
 幸せにはこんな形もあるんだと、自分もやっと知ったよ。
 
 洗濯が終われば、次はアンリエッタさんと何年も何年も続けてきた魔法訓練の時間が始まる。
 魔法には火、水、土、風、雷と基本になる五属性の教えがあり、それぞれが強く干渉し、また打ち消し合う作用も持っている。この魔法の訓練が終わるとしばらくくの後に夕食が始まって、食べて少しの時間をゆっくりと過ごしたら湯浴みの釜に入れる水を汲みに行くんだ。俺がひたすらに水を汲み入れ、アンリエッタさんが火を起こす。沢山ある俺と彼女の共同作業の一つなのさ。
 昼も夕方も、夜さえ空いた時間があれば相手をしてもらってるんだ、少しでも彼女のお手伝いをしなければいけないし、それを何一つ辛いと思った事もない。こんな俺は変かな?
 それに明日は待ちに待った日なんだ。明日の自由な時間を少しでも長くするためにも、出来るだけ今日のうちに仕事を減らしておきたい。お手伝い頑張るぞ!

 待ちに待った、楽しみで仕方がなかった朝が訪れる。
 楽しみ過ぎて寝れないなんていつ以来だろう? 前世はひたすらに勉強をしていたせいで仲の良い友人はおらず、好きな人も居なければ、そんな俺を好きになってくれる人なんている訳も無い。言わせるなよこんな事。
 筋金入りの陰キャ扱いだったからなぁ、ただ馬鹿みたいに勉強は出来たから虐められるとかは無かったんだよな。頭って良すぎると、悪ぶってる奴らも少し忖度してくれるみたいだよ。そんな前世において楽しみで寝れない日なんてあったかな? とんと思い出せない。
 
 どうしてそこまで楽しみだったかと言うとだね、今日はこの辺りでは一番大きな町リヨンへ行く日なのだよ。アンリエッタさんとの数少ないお出かけの機会なのさ、この喜びが君にわかるかね?
 リヨンは領主様の城館がある街で、父さんはここの城館に勤めている。
 定期的に訪れては父さんから溜まった洗濯物を受け取り、代わりに新しい洋服を渡す。そして帰りに塩やスパイスなどの調味料や、布や糸などの自分達では用意出来ない物や、周りに住む農家の人達から分けて貰えないような物を調達する日でもあるのさ。

 乗合馬車にゴトゴトと揺られる事1時間、ようやくリヨンの街に着いた。
元現代人の俺からするとありえない乗り物だった。なんだあれ? 舗装されてない道を行く馬車の揺れは半端じゃないし、とにかく尻が痛い。揺れるたび隣に座るアンリエッタさんと肩触れ合えるのは最高だけど、1人なら絶対乗りたくないね。軽い拷問だよあれは。

 ちなみに現代人の感覚で言うと街ってアレだろ? 数十万、数万人が暮らす規模なんじゃないか? リヨンはとてもじゃないけどそんな規模じゃない。大きいと言っても精々数千だと思う。数える訳にも行かないし、そういった資料が気軽に読めるような時代でも無ければ、立場でも無いから不明だけれど1万は絶対行ってないね。5千も怪しいんじゃないかと思ってる。ま、現代人の感覚でいうと小さい田舎のしょぼくれた町さ。
 それでも牧歌的なうちの騎士爵領と比べたら雲泥の差だからね? 数は少ないけどリヨンなら買い食いだって可能なのだ。
 
 リヨンに着いたら城館へと続く一番大きくて太い道を、緩やかな傾斜に逆らう様に登って行く、すると数人の衛兵に守られた小さな門が姿を現す。
 ここからは無断では入れないので、父の名前を告げ呼び出してもらう。
「アドリアン・コンスタンツェはいますか? 家族の者です。父に頼まれて必要な物を届けに参りました」
「おう坊主元気そうだな。アドリアン様を呼んでくるから、いつもの綺麗な姉さんと一緒に待っててくれな」
 父が長年勤める城館なだけあって、そこに詰める騎士や衛兵の皆さんはよくも悪くも顔馴染みが多いし、ハーフエルフだからと彼女を悪し様に言うような人はいない。

 その代わり、この町では悪い事は出来そうにないね。だって速攻で身元がバレてしまいそうだもん。しないけどね?
 往来の通行の妨げにならないよう端へと詰め、アンリエッタさんと仲良さげに並びながら言葉を交わして父を待っ。
「おーいフェリクス! アンリエッタも!」
 久しぶりに会う父さんは結構元気そうで安心した。
 言っとくけど、この時代の労働環境は現代のブラック企業なんて目じゃないぞ? 休みの日って宗教関連の祝祭日がたまにある程度だからな。
 毎週休2日とか、有給制度のある現代が如何に温いかって話だよ、効率化を突き詰めた結果の話だから人類の叡智に感謝するべきところかな。

「お館様、いつもご苦労様です」
 アンリエッタさんの凛とした佇まいは今日も素敵で良き。
「父さんお疲れ様」
「2人とも、わざわざ遠い所まですまんなあ」
 申し訳無さそうにポリポリと頬をく父さん。
「お館様、こちらが新しいお洋服と申しつかった日用品になります」
「おお、ありがとう。ではこちらが洗ってほしい物と館に持ち帰ってほしい物だ、頼むぞ。フェリクス、男なんだからお前が持つんだぞ?」
 意外に思うかもしれないが、俺がいるこの世界は元いた世界の中世レベルの文明規模で、騎士がいるような社会だけれど、現代で言うところのレディファースト的な考えはまだ無い。皆が必死に生きる世だからね。
 弱き者を守る、騎士的発想からの父の教えなんだと思う。
 
「わかってるよ父さん」
「そうか、ハハハ」
 父さんに頭をわしゃわしゃとぐちゃぐちゃに撫でられる。
 これだけが父さんの唯一嫌なところなんだよな。髪型はめちゃくちゃになるし、何よりも何時までも子共みたいじゃないか、アンリエッタさんの前でするのはマジで辞めて欲しい。

「おっと、そうだフェリクス、折角だし少し皆に腕を見せて行かんか?」
「どういうこと?」
 父さんが僕の側に近づき、人に聞かれぬよう小声で話し始める。
「お前がメキメキと腕を上げてるのが嬉しくてなぁ」
「うん」
「父さんつい自慢しちまったんだわ」

「で、嘘つけ! となっちまってな? 少しでいいんだ。な? な?」
「誰とするのか知らないけど倒しちゃってもいいの?」
 ニヤリと笑う俺。
「まぁ、ぼっちゃまの悪そうな顔初めて見ました」
「かまわん、かまわん」
 笑い方やその音量に違いはあれど、屈託なく笑い合う3人だった。

 守衛が守る小さな門をくぐり、石畳で出来た細い道を進んでいくと衛兵や騎士の皆さんが使う練習場みたいな広場があり、そこには完全武装ではない半武装? 状態の騎士さんや兵士の皆さんが一生懸命に汗を流していた。

「お、もしかしてそいつが噂の坊主か?」
「おうよ」
 父さんが嬉しそうに応対している。
 知らなかったなぁ、意外と親バカな一面があったんだ。
「若いくせに強いんだってな?」
「よし、じゃあ俺が相手してやるか」
「馬鹿な事を言うなベルガー、お前は現役バリバリの騎士じゃねーか、やらせるなら若い奴にしとけ」
「ちげえねえ」
 ゲラゲラと楽しそうに笑い合う大人達。
「じゃあ、そうだなミゲル! こっち来い!」
 ベルガーさん? らしき人に呼ばれたミゲルとか言う少年。
 たぶん年の頃は18,9のあたりだと思う。
 お前も少年だろ偉そうにって? 俺は中身が大人だからいいんだよ。

「坊主、こいつはミゲルと言ってな、去年騎士見習いとして上がってきた奴だ。なかなか良い筋をしてる。こいつに手合わせして貰い色々と学んで行くといい。ミゲルいいな? 何事も経験だ」
「わかりました」
 そう言い、ミゲルさんに頭を下げられる。
「こちらこそよろしくお願いします」
 俺も慌てて頭を下げた。
 人間、礼儀は大事だよ。道徳や礼節が無ければ人も獣と同じだから。

 模擬戦を始める前にアンリエッタさんの元へと赴く、僕が持ってた荷物の類を預かってもらうんだ。
「勝てるかな?」
「何の心配もしてませんよ? 私の自慢のぼっちゃまですから。うふふ」
 少しだけ悪そうな表情を浮かべるアンリエッタさん。
 アンリエッタさんのああいう表情を見るのは初めてだ。
 悪《ワル》エッタさんも良き!
 そんな俗な部分もあったんだと逆に好感が増しちゃうよね?
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