殿下、それは私の妹です~間違えたと言われても困ります~

由良

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19.招待状

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  王都を散策したり、たまにアシュトン卿が招待されたパーティーに同伴したりして、クラルヴェインに到着してから一か月が過ぎた。
 穏やかに流れる時間の中でティルテシアでのことに思いをはせることはない、と言えば嘘になる。
 何気ない雑談に花を咲かせているとき、輝く海を眺めているとき、綺麗な花を観賞しているとき、ふとした拍子に家族は――妹は今、何をしているのだろうと考えてしまう。

 ティルテシアにおける王太子妃は四候から娶ることを前提としているため、政治的役割はさほど重くはない。だけどそれは、王妃や王太子妃が政治に介入している国と比べればの話である。
 外交の場では出しゃばりすぎず、かといって印象に残らないほど控えめでもいけない。国の象徴のひとつである王妃になる身として、他国からの覚えをよくしておくことは大切だ。
 そして自国の貴族や民から羨まれ、尊敬されるふるまいも必要となる。醜聞などもっての他。四候が忠臣であることを前提とした王太子妃なのだから――胸の内はどうあれ――清廉潔白でいなければいけない。

 その重責は一介の貴族令嬢とは比べるまでもないだろう。

「どうかしましたか?」

 読んでいた本から視線を外し、物憂げにしていた私に気づいたのだろう。近くのソファーに座っていたアシュトン卿が手に持っていた本を閉じて首を傾げた。

「……妹はしっかりやれているのだろうかと心配になって……」

 誰を前にしても王太子妃らしいふるまいを求められる生活。婚約者として、妻として、唯一ともいえる心を預けられる相手のアルベルト殿下との仲は――彼の必死さを思えば良好とは言い難いだろう。
 彼は決して、妹のせいだとは言わなかった。ただ間違えただけだと主張していた。だけど心の内では私と同じ結論に達していても不思議ではない。
 基本的には善良で、真面目な人だった。それを思えば、内心どう思っていたとしても家族の前で悪しざまには言えないだろう。

 だからといって、本来起こらなかったはずの醜聞を起こさせた相手に対する憤りが消えるわけではない。
 もしもアルベルト殿下が私と同じ結論に達していたら――きっと彼は、妹に完璧な王太子妃を求めるだろう。王太子として切磋琢磨していた彼をつまずかせたのだから、それにふさわしい対応を求めるだろう。

「息の詰まる生活に嫌気がさしていないといいのだけど……心配だわ」

 妹が、ではない。
 もしも新たな醜聞が生まれたとき、陛下とアルベルト殿下は許し隠匿しようとするだろうか。もしも見放したら――妹の醜聞は、そのまま家族に返ってくる。
 刑に処されることはなくても、四候という忠臣の立場を与えられている身として、誹りは避けられないだろう。
 そして今の妹が醜聞を起こせば――すべて『オリヴィア』のものになる。私が培ってきたものすべてが、妹の気分次第で壊される。
 想像するだけでむなしくて、苦しくなる。たとえ今の私が『エミール』なのだとしても。

「心配でしたら、その目で確かめてみますか?」
「え?」

 不安から視線を落としていた私に、アシュトン卿が何気ない感じで問いかけてきた。

「帰る……ということですか?」
「いえ、実はある招待状を受け取ったもので……」

 そう言って、彼が懐から取り出したのは、金色と紫の縁取りがされた招待状。金と紫は単独ではなんの意味も持たないただの飾りだ。
 だけどそのふたつを同時に使えるのは――クラルヴェインでは王家だけに限られている。

「近々ティルテシアの王家を招いた夜会が開かれるそうです」

 クラルヴェインとティルテシアは友好国で、定期的に互いを招いてパーティーを開いてきた。
 交流会、とでも言えばいいのだろう。国王同士は外交の場で会うので、次世代の友好関係を築くという名目で、互いに王子――あるいは王家筋の誰かを送りあっていた。
 前に行われたのは三年ほど前で、当時十五歳だったアルベルト殿下がクラルヴェインに赴いたのを覚えている。

 だからきっと今回来るのも――

「今回参席するのは王太子――アルベルト殿下ですね」
「……アルベルト殿下おひとり、ですか?」
「護衛を除いてという話であれば、そのようです」
「まだ王太子妃でないから、妹は来ないのでしょうか……」
「さあ、そのあたりはわかりませんが……殿下の様子を見ればある程度推測が立てられると思いますよ」

 どうしますか? そう問いかけるようにこちらを見つめているアシュトン卿に、私は自然と口を閉ざしていた。
 もしもまた、間違えただけだと主張されたら。オリヴィアと彼に呼ばれたら。どうしようもない現実と失ったものを突き付けられたら。

 もしも彼が幸せそうに笑っていたら。妹との関係が良好で満足していたら。これまで私が培おうとしてきたことすべてが無駄だったのだと突き付けられたら。

 どちらに転んでも恐ろしくて、不安で、怖い。

「……わかりました。ご一緒しても、いいですか?」

 だけど、いずれは直面しなければいけない。いつまでもこうして、リヴィとしてクラルヴェインで過ごすことはできない。
 いつかは『エミール』としてティルテシアに帰らなければいけないのだから。
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