侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月

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9 水面に映る精霊の魔法

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(――え!?)

 温かく柔らかい唇の感触。
 これって…。

 ナイジェル様がわたしにキスしたのだ。

 ナイジェル様が?
 ――わたしに!?

「キャ――ッ!!」
 両隣の令嬢達からいままでの数倍は大きい耳をつんざくような悲鳴が聞こえて、わたしはハッと我に返った。

「ん、な――…!」
 慌ててわたしは自分ソフィアの肩を抑えて唇から顔を引きはがす。

 見下ろしたナイジェル様わたしは何故かまだ怒った表情をしている。
(ええ!?…キスされた方なのがわたしなのになんでナイジェル様が怒っているの?)

「¥%&$#!はしたないわ!!&%#¥…なんて事を――!!」

 真っ赤になった伯爵令嬢達はこのまま卒倒するんじゃないかと心配に成るほどの甲高い声で、わたしソフィアを批難した。
 言葉の内容の半ばが何を言っているのか聞き取れない位だ。

 口論が気になって外で待機していたギャラリー達も、令嬢の声で野次馬の如くわざわざパウダールームへ集結して、その場は一時騒然となってしまった。

 お父様が今までとは違う厳しい声でソファに座るナイジェル様を見下ろした。

「よくも事態を更に大きくしてくれましたな。さあ、急いでここを離れますよ。ナイジェル様」
 わたしは慌ててナイジェル様わたしの身体を抱え上げてさっきよりもずっと騒がしくなったパウダールームを後にしたのだった。

  +++++

 ここは魔術師団団長であるお父様の執務室である。

 パウダールームを這う這うの体でやっと抜け出したわたし達は、王宮魔術師団にあるお父様の仕事場兼研究所へと逃れたのだった。

 お父様の仕事場は『実は物置になっているだけでは?』と疑いたくなるほど、ガラクタや怪しげな魔法の道具があちらこちらに雑然と並べられている。

「何だ、これ?男ものの靴下か?何故半分しか無いんだ?」
「…あら?このお鍋、すごく不思議…。取っ手の部分に固まっているのはノームだわ…」

「…そこいらの物に勝手に触らんといてください、ナイジェル様。それは『呪いの靴下』ですよ」
(ナイジェル様は慌てて靴下から手を離した)
「――ソフィア、お前もだ。ノームの魔法が強制発動したらどうする。鍋が勝手に動くぞ」

 お父様は興味半分で魔法や呪いの物品を触ったり持ち上げていたナイジェル様とわたしを注意した。

「…申し訳ない」
「はあい…ごめんなさい」

「全く二人とも落ち着かんですな。そこの椅子にでも座っていてください」
 わたし達は古びたソファに座って大人しく待つ様に指示されてしまった。

 +++++

 わたしは並んで隣に座るナイジェル様の表情が見た。
 先程から憮然としてわたしの方を見ないのがとても気になってしまう。

(何故かしら…ずっとナイジェル様の機嫌が悪いわ)

 あの逢い引き現場を見たからと言えばそれまでなのだけど。
 やはりそれ程セリーヌ嬢の事が気にかかっているのだろうか。

(と言うよりも…)
 あのパウダールームでの一件以降――機嫌が悪い気がする。

(でもそれは…そうなってしまうのかも)

 ナイジェル様のお話を聞けば、もともと一方的にどんどんと距離を詰めて来られる女性が苦手な様子だったから。
 パウダールームでも両隣から超音波並みの女性の金切り声を浴びせられてしまった為に不機嫌になっても仕方がないのかもしれない。

 ふとわたしはさっきのナイジェル様からのキスをいきなり思い出してしまった。
 かあっと顔が熱を帯びるのが分かる。

(お、落ち着いてソフィア…舞い上がってはいけないわ。ナイジェル様の事だからまた『売られた喧嘩だから受けて立った』位のお気持ちだったのよ、きっと…)

『婚約破棄』をする相手になんてある訳がない。
 期待をしてはいけないのだ。

(さっきのキスの事は忘れよう…)
 わたしは顔をふるふると横に振った。

「――ナ、ナイジェル様…あの、まだ怒っていらっしゃいますか?」
 暗に御令嬢の件を尋ねるとナイジェル様はきっぱりと首を横に振った。

「いや違う。あの令嬢達の事はもう気にしていない。自分の不甲斐なさに腹を立てている…ただの自己嫌悪だ」
「まあ……」

 (ではやはりセリーヌ様の事で思う事がおありなんだわ)
『婚約の破棄』――その事を考えるとわたしの気持ちもまた落ち込んできてしまった。

「おっと、ようやく見つけましたぞ。ちとに尋ねてみる事にしましょう」

 声に振り返ると、丁度お父様は無造作に積まれた魔法の道具から銀色の水盆と小さなベルを取り出していた。

 銀色の水盆は細かい精霊文字が美しい細工模様で刻まれている代物だ。
 お父様は息で積もっていた埃をふうっと吹いてそれを月の光が当たる窓辺へと持って行く。

 そしてピッチャーからゆっくりと水盆へ水を注いだ後――。
 水面に片手を翳して月の精霊の呪文を唱え始めた。

 +++++

 揺れる水面に一緒に満月も揺れながら映っている。
 お父様の月の精霊の詠唱は続く。

 お父様が呪文を小さく唱えながら時折鐘を振り、リーン…という澄んだ音を鳴らした。

 すると水盆に張ってある水に映る満月から銀色に輝く小さな人影のようなものが現れて、ふるふると揺れながらリーンと鳴る鐘の音に合わせて、そのシルエットが伸びたり縮んだりしている。

 その光景をわたしとナイジェル様も息を詰めながら見守っていた。

 魔法陣の描かれた銀の水盆に手で翳しながら、お父様はわたし達の方に向かって説明を始めた。
「――やはり原因は月の精霊の…彼女の魔法の様ですな」

「な、何?…一体何故そんな事を?」
 ナイジェル様は訳が分からないと混乱した様にお父様へと尋ねた。

 確かに月の精霊がわざわざ何故そんな魔法をかけた(発動させた?)のか意味が分からない。
 しかも『婚約破棄』の――宣言の、あのタイミングで。

「まあ…それも含めて後で彼女に尋ねてみましょう」
 お父様は水盆に映っている月の真ん中で伸び縮みをする銀色の人影と、会話をしている様に見えた。

「そもそもこの魔法の効力は短く、眠ってしまえば翌朝はお互いの身体に戻っている程度のものらしいですぞ。まあ本当に一晩限りですな」

 そしてわたしとナイジェル様の顔を交互に見てから、また水盆の方を見やった。
「しかし…色々と混乱するような事態が起こっているようなので。今すぐ彼女に魔法は解除して貰いましょう。いいですね?ナイジェル様、ソフィア」

「あ、ああ、そうだな」
「ええ…分かりましたわ」

「では二人共良く鐘の音を聞いて集中して。どんなに音が大きくなっても耳を塞いだりしてはいけません」
 そう言うと、お父様はまた呪文を唱えながら鐘を振り始めた。

 澄んだ鐘の音が徐々に大きくなっていく。

 …リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…。

 徐々に鐘の音が耳の中で鳴り響き、耐えられなくなるぐらいの音になると同時に頭痛と眩暈が起こり始めて、わたしはこめかみをぐっと押さえた。
 薄目で見れば、隣に座るナイジェル様も苦痛の表情をされている。

 …リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…リーン…。

 そして急に――その音が消えた。
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