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第九章 穏やかな日々
四五七話 ブラック
しおりを挟むブラックに案内されて入った室内は、雑多に積まれていた雑誌や、汚れた食器は綺麗に片付けられていて整理整頓が行き届いて、俺が以前訪れた時とは様子が違っていた。
小屋の主人がトムからブラックに変わったのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど、俺は少しだけ寂しさを感じていた。
「コーヒー飲むか?」
「あ、えと……」
「ふ……苦手か」
「恥ずかしながらちょっと」
「構わんさ。なら紅茶でいいか」
「うん。砂糖とミルクもあれば嬉しい」
「了解だ」
少し軋む木製の椅子に座り、紅茶とコーヒーを入れるブラックの背中をじっと見つめる。
過去に帝国に所属していたゼロ——千年前の十三英雄の一人ノーザンクロスの手によって強化兵へと改造され、トムの手足となって活動していた記憶と、強化兵になる以前の記憶を持つブラックとピンク。
二人はロンシャン連邦国での戦いの最中に自我を取り戻したけれど、多くを語らず何も聞かずに俺の配下になってくれた。
願わくば残りの二人、ブラウンとホワイトの自我も目覚めてくれればいいのだが……いかんせん何故自我を取り戻せたのかが不明なために手の打ちようがない。
けれど強化兵の四人は俺が、俺自身の意思で亡き者にしたトムの忘れ形見だ。
一度トムの記憶を追体験した今、彼の人生はもはや俺の人生の一部であり、そんなトムから託された強化兵の四人は俺の中でとても大事な存在になっているのは言うまでもない。
「俺がコーヒーを入れるのがそんなに珍しいか?」
「あはは……そういうわけじゃないんだけどな」
「砂糖とミルクは適当に入れておいた。足りなければ勝手にやってくれ」
「ん、ありがと」
俺がブラックの背中を見つめていたことには気付いていたようで、カップを両手に持ったブラックが苦笑いをしながら俺の正面に座った。
「さて、それで? 何かあったような顔じゃないが……本当にたまたま立ち寄っただけなのか?」
「んー実はたまたまってわけじゃあないんだ。どうしてるかと気になってさ」
「どうもしないさ。ロンシャンから帰って来てからは平和なもんさ。木を切って魚を釣って、狩りをして、ブラウンとホワイトの世話をして……のんびりやらせてもらってるよ」
「そっか」
「まぁただ……」
「ただ?」
「冒険者の等級は降格処分になってしまったがな」
「降格処分!? どうして……って……もしかしてトムの」
「察しの通りだ。元隊長がやらかしたあの事件でな、ハンニバルは四等級の格下げだ」
「四等級も……」
「むしろ降格処分だけで済んだんだ、俺はこれでいいと思ってる。元隊長、トムさんがやらかしたことは……決して許されることじゃあない」
「……ごめん」
「なぜ隊長が謝る? 隊長は関係ないだろう」
「関係ないわけじゃあない。トムの暴走を引き起こしたのはこの俺だ」
「……なるほど。だからどうしたと言うのだ?」
「どうしたって……結果的にトムは自分の配下の冒険者達を無差別に殺して……その原因が俺にあって……」
「それで自分が悪いと思っているのか?」
「あぁ……」
「それは違う。隊長が悪いのではない。悪いのは自身を制御できなかったトムさんだ。俺達強化兵の中には拡張された闘争本能や破壊衝動が存在するが、隊長とやりあったことによりそこらへんが膨張し、狂戦士化してしまったのだろう。厳密には分からないがな。だから、というのも変かもしれないが、隊長は悪くない。自分を責める必要はないんだ」
「それ、でも……」
「ならどうする? 俺に殴られればすっきりするのか?」
「わからない……けどそれもありかな、とは思う」
「はぁ……しゃきっとしろしゃきっと。ロンシャンでの隊長と今の隊長とでは大違いだな」
「うるさいやい。俺だって悩みや抱えてることくらいあるっつの」
「すまん。ロンシャンではやけに大人びた雰囲気だったが、今は年相応の顔をしていると思ってな。若く、青く、何に対しても考えてしまう、そんな顔だ」
「だてに十五歳じゃないですよーだ」
「はっはっは! そうだな! 随分若い隊長さんだ。だが……トムさんを激昂させ、狂戦士へと追い立て、それでもなお打ち勝った実力には興味がある」
「興味……?」
そこまで話をしたブラックは空になったカップをソーサーに置き、力強い視線を俺に送ってきた。
今までの穏やかな気配ではない、戦士の眼差しが俺の目を、心を穿つ。
「俺に殴られるのもありかもしれないと、そう言ったな」
「あ、あぁ。言った」
「ならば丁度いい口実が出来たな」
「口実ってどういう……?」
ブラックは俺の問いには答えずに席を立ち、俺と自分のカップをシンクの中へと静かに置いた。
そしてゆっくりと振り返りこう言った。
「俺と戦え、隊長」
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