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第三章「砂漠の国編」

反撃

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「シルク~早くしろ~。」

家に寄ったシルクにのんびり声をかける。
ドアの前で待ちながら、それとなく辺りを観察した。

……ああ、見張られてるな。

それとなくそこにいる見張りに、俺は気づかない振りをした。
そこに上機嫌なシルクが飛びついてくる。

「お待たせ!オーナー!!」

何故か抱きついてきたきたので、ちょうどいいと思い耳打ちした。

(見張られてる。下手なこと喋るなよ?キョロキョロもするなよ。)

シルクが少しだけギクッと動きを止める。
俺はそれを誤魔化す為に、苛立ったようにシルクを引き剥がした。

「あのな!俺はお前の恋人じゃあないんだぞ!べたべたすんな!!」

「ひどい!!わかってたって傷つくんだぞ!!オーナーのバカっ!!」

いや、これは状況を打破する為の方便でだな?!
ツンツンとそっぽを向くシルク。
何で本気で怒るんだよ??
ぷりぷり怒るシルクを連れ、俺は食堂に向かった。






「あ……ハクマさん……。」

食堂につくと微妙な緊張感が走った。
店の内装がどことなく変わっている。

どうやらここにも訪問があったようだ。
俺は気付かぬふりをして、にこやかにカウンターに近づいた。

「……お騒がせしたね。おじさん。」

「いや、こっちは大丈夫だよ、ハクマさん。でも悪いことは言わない……。」

「わかってる。ただ少し情報が欲しい。シルクの話じゃ埒が開かなくて。」

世間話をするようににこにこ会話をする。
外には見張りがいるようだが、声まで聞こえる距離じゃない。
態度に出さない限り大丈夫だ。
おじさんもその辺はわかっているのか、料理の下準備をしながら、話半分、相手にしていないという態度を崩さず教えてくれた。

「……相手は大地主のハーン様だ。ここの町で逆らえる奴なんていない。」

「あの、デカイ宮殿みたいな家?」

「ああ。噂は色々ある。関わっちゃ駄目だ。」

「ありがとうございます。おじさん。」

やはりもうこの街でシルクは踊れない。
俺はそう言うと、包みをおじさんに差し出した。
迷惑料というかお世話になったお礼だ。
おじさんはチラリとそれを見、悲しそうに目を反らせて作業を続けている。

「……シルクは連れていきます。」

「そうか……ちょっと待ちな。」

おじさんはそう言うと、それとなくその辺の食べ物を袋に詰めてくれた。
そして俺達を追い払うようにして、それを渡してくれる。

「ごめんな、何も力になれなくて。」

「いえ、十分です。本当にありがとう、おじさん。……シルク!!」

「俺、行くよ!オーナーと!色々ありがとな!」

長く話す訳にはいかない。
邪険にあしらわれ追い払われた体で、俺たちは食堂を離れた。




追い払い、去っていくシルクの背中をしばらく見つめる。
見張りの目を気にしながら食堂のオーナーはキッチンに戻り、作業に戻を続ける。
そしてぽそりと呟いた。

「何だかんだ、お前にとっちゃ、それが一番幸せだろうな?シルク?」

踊り子は流れていくもの。
それがわかっている彼はそれ以上、何も言わなかった。







「で?これからどうするの?オーナー?」

食堂を離れ、歩く俺たち。
シルクは不思議そうに絡んでくる。
それに俺は平然と言い放った。

「敵陣に乗り込む。」

「は!?」

「お前を拐って怪我させたやつの、顔を拝んでやろうと思ってな。」

何でもない事のように言う俺を、シルクがけったいな物を見るように眺め、言った。

「……え?マジ?」

「ああ、マジ。」

さすがのシルクも俺がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。
鳩が豆鉄砲でも食らったみたいな顔をしている。

「このまま行くんじゃなくて!?」

「やられっぱなしじゃ、目覚めが悪いからな。ちょっとばかり、からかってやろうかと。」

ニヤッとそう言うと、ぽかーんと言葉を失った後、シルクはため息をついた。

「……オーナーって、怖い人??」

「いえいえ、善良な庶民でございます。」

「なにそれ!?」

ケラケラ笑うシルク。
行くのは嫌だと言われたら少し考えたが、怖いもの知らずなのはシルクも一緒のようだ。
行くと決まってしまえば飄々としている。
シルクのこの肝の座り具合は結構好きだ。

「ただ逃げるなんて面白くない。お前もやられたまんまじゃムカつくだろ?正面から顔を拝んで、それで堂々と出てってやろう。」

俺はニヤリと笑った。
シルクもニッと悪戯な笑みを浮かべる。

さぁ、どんな顔をしやがるか……。
まさか向こうも、こちらが行くとは思っていまい。
俺はちょっと楽しくなって大股で歩いた。










「昨日は、うちのシルクがお世話になったようで、ご挨拶に参りました。」

俺は取って付けたような笑顔で言った。
ハーンの屋敷を訪ねると、それはそれは、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

目の前で、豊満な体の女性を侍らせ、まるで王のように座るハーンを俺は臆することなく見つめた。
ハーンはチラリとシルクに目をやった後、ただじっと俺を見ていた。

「ご挨拶が遅れました、ハーン様。私しがない商人をしております、ハクマと申します。お見知りおき頂けますと幸いです。」

そして恭しく頭を下げる。
少し後ろで膝をついているシルクは、流石に昨日の今日な事もあり屋敷に入ってからは落ち着かず、そして俺の態度に目を白黒させていた。

「……して?何用だ、商人。」

「はい。この度こちらには個人的な旅行で訪れたのですが、やはり私も商人でしてハーン様のような方とお近づきになれる機会ができたのなら、利用しない手はないと思いお伺いさせて頂きました。」

ハーンは俺の意図するものを何か図りかね、様子を伺っている。
まぁ、訳わかんない行動してるよな。
わざとだけど。
ニコニコと笑みを絶さない俺に、ハーンは折れた。
ため息をつくと言った。

「……何を売っている?」

「はい、こちらになります。」

俺は性具の入った鞄を開けて見せた。
従者達はざわめき、何と卑猥ななどと言っている。

いや、人間拐っていいようにしようとするのに、たかが性具で何言ってんだよ?
だがハーンは興ざめと言った顔で、手を降った。

「そのようなもの、見慣れておる。下がれ。」

「はい、もちろんハーン様のような高貴なお方には、この程度の玩具が必要ではないことは承知しております。」

俺は鞄を閉じた。
そして意味ありげに微笑む。
それはハーンの様な人間の興味を引くには十分だった。

「……では他に何かあるのか?」

ほら、食いついた。
平然として見せているが、耳は初めよりもよく俺の言葉を聞いている。
俺はニマっと笑いたいのを堪えて言った。

「もちろんでございます。私がお見せしたかったのは、こちらにございます。」

俺はそう言って身に付けていた方の鞄から、一つの機械を取り出した。
一見すると、スタンガンのようなそれを、ハーンは興味無さそうに見つめる。

「それが何だと言うんだ?」

「お見せした方が早いかと思います。シルク!こちらへ!」

「へっ!?」

突然、名前を呼ばれたシルクはひどく驚いていた。
ビクッとして素っ頓狂な声を上げると、俺の顔を信じられないと言いたげに見つめる。

「ここへ!早く!」

しかし俺はそれに冷たく対応した。
強めの命令口調でいうと、訳がわからないと言う顔でシルクは俺の隣に座る。

(ごめん、ちょっと頑張ってくれ。後で殴られてやるから。)

そんなシルクに俺はこそっと言うないなや、俺はパチンとシルクの首もとに機械を押し当てた。

「痛っ!!」

シルクはビックリして首もとを押さえる。
不服そうな眼が俺を睨んだ。
俺は平然とハーンに振り返る。
ハーンはつまらぬ余興だと言いたげな顔をしていた。

「何だ?武器か?ずいぶんと貧弱な。」

「いえいえ、私は性具を売るもの、武器などではございません。」

「それのどこが性具なのだ?」

もう帰らせろと言いたげなハーン。
俺はそれを無視してシルクに振り返った。

「……シルク?気分はどうだ?」

シルクはいつの間にか両手を床について、ゆっくり肩で息をしている。
この刹那の間に様子の変わったシルクに、ハーンも少しだけ興味を取り戻す。
俺はそれを確認し、薄く笑いながらシルクに再度尋ねた。

「……シルク?聞いているんだよ?」

俺は静かにしゃがみこみ、下を向いているシルクの顎をくいっと持ち上げた。
シルクの顔は顔が火照ってきている。
いい兆候だ。

「オーナー……俺に何したの……?」

「ん?何だろうね?……どんな気分だい?」

「…………。」

シルクは顎を掴む俺の手を弱々しく払いのけた。
胸元を片手でぎゅっと掴んで、上がりそうな呼吸を堪えている。

「ほぅ……?」

ハーンが興味を示した。
さっきまではねっかえりそのものみたいだったシルクが、突然こんな態度になるのだ。
しかもここは昨日拐われて逃げ出した屋敷。
変な態度は絶対に見せたくないはずなのに、だ。
俺は言葉を続ける。

「シルク?黙ってたらハーン様がわからないよ?どんな気分だい?」

スッと、シルクの背中を指でなぞった。
その途端、悩ましくシルクの体が跳ねる。

「やっ…っ!!やだぁ……何でっ!?」

びくんとシルクの体が震え、息荒く床に突っ伏す。
俺はそれを抱き起こし、わざとハーンに見せた。
ハーンは微動だにせず座っているが、その意識はこちらに食いつかんばかりに身を乗り出している。
そんな中で、一人、熱に魘されるシルクが艶かしく見をよじって俺に縋った。

「オーナー…体……熱い……やだ……助けて……っ。」

シルクはそう言って俺の首に腕を回した。
昨日の発情期マックス状態から言えばどって事ないが、その色香は甘く周囲に匂い立っている。

もう十分だ。
俺は直ぐに抑制剤を取り出すと、シルクの口に入れ、水で流し込んだ。
シルクは荒い息のまま、顔を見られないよう俺にしがみついている。

俺もシルクを庇うように抱きしめ、周りから隠した。
そしてハーンに目を向ける。

「……面白いな?」

「ありがとうございます。」

爛々とした眼が俺を、いや、俺の腕の中のシルクに向けられている。
昨夜、手に入れたはずの踊り子。
だがそれは自分の手の中にはない。
見知らぬ商人の腕の中だ。

アンタにシルクはまだ早い。
コイツの良さを何もわかっちゃいない奴が手を出していい男じゃないんだよ、シルクは。

俺はシルクを抱きしめながら、静かにハーンに微笑んだ。

「……いくらだ?」

「申し訳ございません。実はこちらは私が開発しております商品の一つなのですが、まだ開発途中と言うこともあり、販売はしておりません。」

「何だと?見せておきながら、売らないだと?」

ああ、そうだよ?
シルクも装置も、見せてやるだけだ。
アンタなんかにはやらない。

それでも俺はハーンに商人として振る舞い続ける。

「はい。未完成ですので、本日はデモンストレーションをさせて頂きました。しかしこれで私がどういう商人かはおわかり頂けたかと……。私はこう言った性具を販売しております。」

ハーンは黙った。
表情は変えないが、怒っているし苛立ってもいる。
だが今の俺に言い返す事はない。
商人が売り込みの為に、販売前の商品のデモンストレーションを行う事は当たり前の事だからだ。
俺はさらにハーンに攻め込んだ。

「こちらの商品がお気に召されましたら、完成後、速やかに販売させて頂きたく思います。ただ……。」

そこで一度、言葉を切る。
間を置くというのは、心理戦で大事な要素だ。
無音はとても雄弁だからだ。

「今回は商売ではなく個人的な旅として来てしまいましたので、よろしければ今後は販売を目的としてこちらに来させて頂ければと考えておりますが、いかがでしょう?」

そう言ってにっこりと笑う。
そこでやっと、ハーンは俺の目的を理解したといった顔をした。

「……なるほどな、食えない奴め。」

呆れたようにため息をつかれる。
そして素早く部下に指示を出した。

「おい!誰か!!こいつに商業許可書を出せ!!」

ハーンの声が響き、従者が俺の元に商業許可書と証明のペンダントを持ってきた。
俺はそれを大袈裟に礼を述べながら受け取る。
ハーンはもう、俺に対しての苛立ちを隠さなかった。

「完成後、速やかに持ってこい!」

「畏まりました。」

「……それから、その腕の中の商品は売らないのか?」

最後に、ハーンは俺にそう聞いた。
普通なら、ここまでしてもらった手土産に踊り子を置いていく事もあるだろう。
だが、俺は無知な若い商人のフリをして微笑んだ。

「商品?いえいえこれは私の愛人でございます。お渡しすることはどうかお許し下さい。」

ハーンの顔が歪む。
俺はしてやったりと笑ってやった。

蠍のような棘のある目が俺を睨んだが、知ったこっちゃない。
うちの踊り子に手を出したからこうなるんだ。

平然とその目を見返す俺を一瞥し、ハーンは何も言わずに立ち上がると、部下にもう返せと指示し、美女を連れて奥へと消えた。

やるだけやってやった。
俺は満足していた。

しかし……。

「……愛人とか言いやがって……すげームカつく……。」

俺の腕の中のシルクは、イラッとしたようにそう小さく呟いた。
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