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008 5月:黄昏の森

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 目的地に向かう道すがら、ジョーさんが言った。

「レベルが上がらないって、可哀想だなぁ」

 ジョーさんは、ギルドで叫んでいた人だ。
 PTのリーダーで、本体レベルは52で、年齢は27歳で、彼女は募集中。
 腰に使い古された剣を携えている。

「その代わり、魔法の防壁が張られているので安心です!」

「スキルレベル50相当の防御スキルと同等の効果だっけ?
 心強いけど、そんなの着ける冒険者なんかいないぜ」

「私達はまだ見習いなんで!」

 ジョーさんとマリが話しているのは、僕達3人が身に着けているネックレスのこと。

 俗に“お守り”と呼ばれている魔法具だ。
 冒険者学校の規則により、着用が義務づけられていた。
 こっそり外して活動する者が多い、とエマから教わった。

 お守りには特殊な効果がある。
 装備することで、常時、防御スキルの効果を得られるのだ。
 これさえ着けておけば、背後から殴られても気にならない。

 お守りは強力な反面、デメリットもある。
 身に着けている間、本体レベルが変動しないのだ。
 つまりは経験値を得られないということ。
 召喚石で呼び出した召喚獣は元から経験値がないし、通常の敵からもお守りのせいで経験値を得られないとなれば、やれやれ、僕の本体レベルはいつになったら上がるのか。

「それにしても、レイ君は羨ましいなぁ!」

 光る頭頂部が特徴的なハーゲさんと、

「2人の美女に囲まれているなんてなぁ!」

 ふくよかな体型が特徴的なデーブさんと、

「まさにハーレムでござるな!」

 忍び装束の半蔵さんが言った。

「ありがとうございます」

 言っておきながら、何に対してありがとうなのだろう、と思った。
 この対処法は、家を出る少し前に、お母さんから教わったものだ。
 目上の人との会話で返答に窮したら「ありがとうございます」だ、と。
 その時に「ありがとうございます」と返したら、こっぴどく叱られた。

「さぁて、ここからはお喋りせずに行くぜ」

 ジョーさんが雑談を終了させる。
 僕達の前には、薄気味悪い森が広がっていた。

 ◇

 僕が薄気味悪いと感じた森は、〈トワイライトフォレスト〉という。
 一般的には“黄昏の森”と呼ばれており、F級とE級の魔物が棲息している。

「ギャオオオオ!」

 森に入ってすぐ、10体の魔物が襲い掛かってきた。
 五歳児くらいの背丈で、全身の色は赤く、手足の爪が鋭い。
 座学を真面目に受けているので、この魔物について知っていた。
 僕はモンスターの名を叫ぶ。

「ゴブリンだ!」

「「グレムリンだよ!」」

 ジョーさんとマリから同時に言われる。

「そうか、こいつはグレムリンか」

 グレムリンについても、学校で学んでいた。
 F級モンスターで、全身の色が赤く、手足の爪が鋭いこと。
 おお、まさに教科書の情報通りではないか。
 って、関心している場合ではなかった。

「俺達に任せろ! ハーゲ! デーブ!」

「「おう!」」

 ジョーさんが2人の仲間と三角形の陣形を組む。
 僕を含む残りのメンバーは、三角形の中心に立っている。
 4人目の仲間こと半蔵さんは、僕達の傍に居た。

「半蔵さんは戦わないの?」

「それがしは“ポーター”でござるからな」

「ポーター?」

 僕はエマを見た。

「ポーターとは、運搬を専門とするクラスです」

「さよう。それがしの戦闘能力は諸君と同程度でござる。
 主な役割は、テントなどの荷物を運搬することにあるでござる」

 僕は、半蔵さんを舐める様に眺めた。
 運搬専門というが、何も荷物を持っていない。
 リュックサックを背負っているわけでもなかった。
 完全な手ぶら。僕と同じで武器すら持っていない。

「手ぶらでどうやって物を運ぶの?」

「スキルでござるよ。例えば……それっ!」

 半蔵さんが、水の入った革袋――水筒を召喚した。
 どこからともなく、ポン、と目の前に現れたのだ。
 それを僕に向けながら言う。

「飲むでござるか?」

 僕は「飲みます」と頷いた。

「わ、私も頂いてよろしいですか?」

「大丈夫でござるよ。まだまだあるでござる」

「私にもちょーだーい!」

「かしこまったでござる。拙者も飲むでござる」

 僕達3人は、半蔵さんと共に、水筒の水をグビグビ飲む。
 その間も、ジョーさん達は必死に戦っていた。

「やれ! ハーゲ!」

「おうよ! 輝け! 〈ホーリーフラッシュ〉!」

 ハーゲさんのスキル〈ホーリーフラッシュ〉が炸裂する。
 持っている杖の先端が光り、その光がハーゲさんの頭に反射し、グレムリンの視界を遮った後、ジョーさんが横から斬り捨てた。

「すごい!」

 僕は興奮のあまり叫んでしまった。
 巧みな連携を見て、これが冒険者の戦いか、と感動したのだ。

「だから言ったろ? 魔物は俺達に任せれば大丈夫だって」

 ジョーさんが僕にウインクする。

 ◇

 その後、度重なる戦闘を経て、目的地に到着した。
 森の奥深くで、目の前にはひときわ大きな巨木がある。

「あれだ」

 ジョーさんが巨木の上を指す。
 太くて大きな枝に、怪鳥の巣があった。
 ツバメの巣を巨大化したような見た目をしている。

 下からでも、卵が5個あると分かった。
 1個あたりの大きさは、僕達が両腕で抱えられるくらいだ。
 たしかに、アレを持ちながら敵と戦うのは難しい。

 ジョーさんが素早く周囲を確認する。

「ヤークックは留守のようだな」

 デーブさんが「へっ、好都合だな!」と舌を舐めずる。

 さて、ここからどうやって卵を回収するのだろうか。
 黙々と考え、好奇心から目を光らせる僕に、ジョーさんが言った。

「俺達が卵を下に落とすから、キャッチしてくれ」

「割れないんですか?」

「大丈夫。鶏卵とは硬度がダンチだからな」

「ダンチって、段違いって意味ですか?」

「そうだ。今時の若者は使わない言葉なのか?」

「……ありがとうございます!」

「何がありがとうございますなのか分からんが、まぁいい、始めよう」

 半蔵さんを除く3人が木登りを始めた。
 巨木を囲むように立ち、同時に登っていく。
 まるで木登り競争をしているかのようだった。

「疑問なんですが、どうして半蔵さんが居るのに僕達が必要なんですか?」

 気になっていたことを尋ねる。
 ポーターが居るなら、卵も楽に運べるのではないか。
 その為のポーターだろう。
 半蔵さんが答えを教えてくれた。

「ポーターのスキルには、収納できない物も存在するでござる」

「ヤークックの卵もその1つってわけですか」

「さようでござる」

 僕達が話していると、

「ほげぇええええええ」

 デーブさんが木から落ちた。
 脂肪が邪魔をして、最初からまともに木を掴めていなかった。
 だから、情けなく落下する様を見ても「だろうな」としか思わなかった。
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