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第4章
獣の檻が開く夜
しおりを挟むレオナルドは、ユリウスの切実な誘いに、迷うことなく応じた。
ユリウスの言う「今夜」に備えて、本当ならまずは食事を摂らせたり、ユリウスの荷解きをして部屋を整えたりするべきだった。
だが、二人はそんな「やるべきこと」を全て放棄した。
理性の箍が外れたように、そのまま立った状態で、互いを貪るようなキスを始めた。
お互いの身体を強く掻き抱き、舌を絡ませ、舐め合い、酸素を奪い合う。
ちゅぷ、ぐちゅ、と卑猥な水音が響く。
飲みきれなかった唾液が口の端から銀の糸となって流れ落ちた。
それを見て、ユリウスは朦朧とする頭で「もったいない」と思った。
甘くて、美味しい。
レオナルドの濃厚なフェロモンを含んだ体液を、一滴たりとも零したくない。
全て飲み干してしまいたい。
苦しいくらいのキスが、どうしようもなく気持ちいい。
たまに、レオナルドが昂りを抑えきれずに舌を甘噛みしてくる。
その痛み混じりの刺激にさえ、甘い声が漏れ、身体の奥が疼いてしまう。
その時、ユリウスは先程馬車の中で感じた「予感」が、ただの予感には収まらず、完全に熱となって下腹部からせり上がってくる感覚に襲われた。
「……っ、んぅ……レオ、……」
「どうした?」
唇を離し、荒い息でレオナルドが問う。
ユリウスは熱に潤んだ瞳で、自身の異変を告げた。
「……ぁ、……っ、ヒートが、来てるかも、しれない……」
ユリウスは甘く蕩けるようなキスの余韻に満たされながら、身体の底から湧き上がってくる、抗えない本能的な熱を感じて喘いだ。
久しぶりの、本格的なヒートだ。
オメガとしてレオナルド以外には反応しない身体であるユリウスは、この十年間、薬なしでも定期的なヒートを迎えることはなかった。
再会後、レオナルドに初めて抱かれたあの夜と、その翌日にルシエルに無理やり犯された時に誘発されたヒートだけだ。
それ以来、ルシエルの番にされてからというもの、一度もヒートは起きていなかった。
ユリウスは、退院までの間、病室で何度もあれほど濃厚なキスをして、レオナルドの唾液という濃厚なアルファフェロモンを摂取していたのに、ヒートが誘発されないことを密かに懸念していたのだ。
もしかしたら、番となったルシエルが自決して、魂の片割れを失ったショックでユリウスのヒートは来なくなってしまったのか。
あるいは、あの時のあまりの大量出血と怪我で、身体がオメガとしての機能を閉ざしてしまったのか。
レオナルドを心配させたくなくて、ずっと言えずにいた不安。
だが今、その熱が脳髄まで溶かす勢いで全身を満たし始めている。
レオナルドのフェロモンを感じる、それだけでオメガとしての本能が残っていることはわかっていたが、実際にこうして「発情」できたことに、ユリウスは心から安堵した。
……私はまだ、レオを愛せる身体なのだと。
レオナルドは、キスの合間に息を荒くしながら、ふらつくユリウスを軽々と横抱きにし、ベッドへと運んだ。
触れ合うその身体は、すでに燃えるように熱い。レオナルド自身も、ユリウスから溢れ出した濃厚なフェロモンに当てられ、完全に発情している様子だ。
「……ユーリ。君を悩ませたくなくて言わなかったが……今の反応を見て確信した。
もしかすると、ルシエル殿下との番契約は……消えているのかもしれない」
「……え……?」
ベッドに下ろされたユリウスが、驚いて目を見開く。
「あの時、殿下が言ったような『番と離れた苦痛』が君を襲わなかったこと、そして今こうして俺に反応してヒートが来たこと……そこから、俺は仮定として考えていた。
二人にとって、あまり変な期待を持ちたくはないことだが……」
レオナルドはそう前置きをしてから、ユリウスを仰向けに寝かせ、その上に覆い被さった。
黒曜石の瞳が、ギラギラとした光を宿してユリウスを射抜く。
「このヒート期間中に、君の頸を……俺が噛めば。
……もしかしたら、番になれるかもしれない」
「番、に……」
「ああ。番にならなくても、俺たちは魂で結ばれている。それは変わらない。
だが……もしそのチャンスがあるなら、試してみたい」
レオナルドの瞳は真剣だった。
そしてその奥には、いつ理性を失ってもおかしくないほどの欲望と、祈るような切実さが揺らめいていた。
ただの恋人、伴侶ではなく、生物学的にも唯一無二の番になりたい。その独占欲を隠そうともしなかった。
お互いの理性が吹き飛ぶ前に、ユリウスも伝えたかった。自分の本当の気持ちを。
「私、も……」
ユリウスは熱い吐息と共に、レオナルドの首に腕を回した。
「貴方の番になれるなら、それほど嬉しいことはない。……何もかもを、貴方にずっと捧げたかったのだから……っ」
その言葉を聞いた瞬間、レオナルドの中で何かが弾け飛んだ。
ついに獣のように唸り声を上げ、ユリウスの唇に食らいつくようにキスをした。
重ねてきた我慢も、理性も、紳士的な振る舞いも、全てを放棄して、ただひたすらに目の前の愛しいオメガを貪り尽くしたい。
それが今、二人の脳を支配する、唯一にして絶対の本能的欲求だった。
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