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せっかくだから祐樹が行きたい店に行こうと誕生日のリクエストを訊いたら、考える間もなく「春餅《チュンビン》屋さん」と返事が返ってきた。
「え、春餅?」
意外なリクエストに孝弘が目を丸くする。
「こっち来てまだ食べてないから」
言われてみれば確かにまだ春餅店に行けていない。
9月頭に大連に赴任して来て以来、中国側の関係先や取引先との接待飲食の機会が多くて、たまに二人きりで食事となると外食続きで胃が疲れているために、家で簡単に済ませることが多かった。たいていは野菜を多く入れた鍋だ。
大連は海が近いから食材が豊富だし、日系スーパーも近くにあるので日本の調味料や食材も簡単に手に入る。だから食事に困ることはないのだが、赴任して間もない時期は何かと接待したりされたりが多いので、家での食事の量には気を付けていた。
中国式の宴会が続くと、気を抜くとすぐに体重が増えてしまう。体質によっては水を飲んでもダメ、料理の油が合わなくてダメ、ビールでもお腹を下すということがあるのだが、二人の胃腸は丈夫なタイプでそんなことはなかった。
孝弘は運動不足解消に北京に住んでいたころは近くのホテルのフィットネス会員になって、週に何度かプールに泳ぎに行っていた。
中国人はあまり泳げないのか泳ぐのが好きではないのかあるいは会費が高いからなのか、いつ行ってもそのプールは空いていたのだ。
たまに会うのはビジネス滞在の外国人かお金持ちの中国人で、何となく顔見知りになって話すようになり、後に仕事に結び付いたこともある。
大連ではまだそんな時間の余裕がなくて、日々は慌ただしく過ぎて行く。でも忙しくても祐樹と毎日会えるし、充実していて楽しい。
9月に赴任した当時はまだ夏の暑さが残っていたというのに、あっと言う間に10月後半になり、風はすでに冬の気配を感じさせる。
そしてもうすぐ祐樹の誕生日だ。
一緒に誕生日を祝うのが初めてだから、どんなレストランでも予約するし、何なら手作りでも構わないと思っていたのだが、リクエストを訊いたら祐樹は至って普通の店を指定してきた。
「いいけど祐樹、春餅ってごく庶民的な食堂の食べ物だよ」
春餅は元々、東北地方の清明節の行事食だ。
「うん、わかってる」
にっこり笑って祐樹はうなずく。
「でも孝弘の好物なんでしょ?」
覚えてくれていたのだと知って、孝弘の気持ちがやわらかくなる。
「おれはそれが食べたいし、へたにホテルで食事とかして誰かとばったり会うのも面倒だから」
その言い分にはうなずかざるを得なかった。
何度か会食でホテルのレストランにも連れて行かれたが、顔を見知った日本人数人がいて挨拶することが多かった。
新参者の二人だから大抵みんな親切にしてくれるし、会社のネームバリューもあるのでそういう場で名刺交換したときに軽く扱われることはほとんどなかった。
それほど広くない大連の駐在員社会では、偶然知り合いに会うことはよくある。北京にいたときより行動には慎重さを求められる環境だ。
それでなくても駐在員社会は狭くて、いろいろな噂が流れる。独身の二人には関係がないが、駐在員の妻社会はさらに大変だとも聞く。
街中の食堂でならそういう心配もないし、万一会ってしまったとしても何か勘繰られるということはない。
「わかった。じゃあ、そうしよう」
「うん、楽しみだな」
「え、春餅?」
意外なリクエストに孝弘が目を丸くする。
「こっち来てまだ食べてないから」
言われてみれば確かにまだ春餅店に行けていない。
9月頭に大連に赴任して来て以来、中国側の関係先や取引先との接待飲食の機会が多くて、たまに二人きりで食事となると外食続きで胃が疲れているために、家で簡単に済ませることが多かった。たいていは野菜を多く入れた鍋だ。
大連は海が近いから食材が豊富だし、日系スーパーも近くにあるので日本の調味料や食材も簡単に手に入る。だから食事に困ることはないのだが、赴任して間もない時期は何かと接待したりされたりが多いので、家での食事の量には気を付けていた。
中国式の宴会が続くと、気を抜くとすぐに体重が増えてしまう。体質によっては水を飲んでもダメ、料理の油が合わなくてダメ、ビールでもお腹を下すということがあるのだが、二人の胃腸は丈夫なタイプでそんなことはなかった。
孝弘は運動不足解消に北京に住んでいたころは近くのホテルのフィットネス会員になって、週に何度かプールに泳ぎに行っていた。
中国人はあまり泳げないのか泳ぐのが好きではないのかあるいは会費が高いからなのか、いつ行ってもそのプールは空いていたのだ。
たまに会うのはビジネス滞在の外国人かお金持ちの中国人で、何となく顔見知りになって話すようになり、後に仕事に結び付いたこともある。
大連ではまだそんな時間の余裕がなくて、日々は慌ただしく過ぎて行く。でも忙しくても祐樹と毎日会えるし、充実していて楽しい。
9月に赴任した当時はまだ夏の暑さが残っていたというのに、あっと言う間に10月後半になり、風はすでに冬の気配を感じさせる。
そしてもうすぐ祐樹の誕生日だ。
一緒に誕生日を祝うのが初めてだから、どんなレストランでも予約するし、何なら手作りでも構わないと思っていたのだが、リクエストを訊いたら祐樹は至って普通の店を指定してきた。
「いいけど祐樹、春餅ってごく庶民的な食堂の食べ物だよ」
春餅は元々、東北地方の清明節の行事食だ。
「うん、わかってる」
にっこり笑って祐樹はうなずく。
「でも孝弘の好物なんでしょ?」
覚えてくれていたのだと知って、孝弘の気持ちがやわらかくなる。
「おれはそれが食べたいし、へたにホテルで食事とかして誰かとばったり会うのも面倒だから」
その言い分にはうなずかざるを得なかった。
何度か会食でホテルのレストランにも連れて行かれたが、顔を見知った日本人数人がいて挨拶することが多かった。
新参者の二人だから大抵みんな親切にしてくれるし、会社のネームバリューもあるのでそういう場で名刺交換したときに軽く扱われることはほとんどなかった。
それほど広くない大連の駐在員社会では、偶然知り合いに会うことはよくある。北京にいたときより行動には慎重さを求められる環境だ。
それでなくても駐在員社会は狭くて、いろいろな噂が流れる。独身の二人には関係がないが、駐在員の妻社会はさらに大変だとも聞く。
街中の食堂でならそういう心配もないし、万一会ってしまったとしても何か勘繰られるということはない。
「わかった。じゃあ、そうしよう」
「うん、楽しみだな」
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