あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

文字の大きさ
13 / 95

3-1

しおりを挟む
 せっかくだから祐樹が行きたい店に行こうと誕生日のリクエストを訊いたら、考える間もなく「春餅《チュンビン》屋さん」と返事が返ってきた。

「え、春餅?」
 意外なリクエストに孝弘が目を丸くする。

「こっち来てまだ食べてないから」
 言われてみれば確かにまだ春餅店に行けていない。

 9月頭に大連に赴任して来て以来、中国側の関係先や取引先との接待飲食の機会が多くて、たまに二人きりで食事となると外食続きで胃が疲れているために、家で簡単に済ませることが多かった。たいていは野菜を多く入れた鍋だ。

 大連は海が近いから食材が豊富だし、日系スーパーも近くにあるので日本の調味料や食材も簡単に手に入る。だから食事に困ることはないのだが、赴任して間もない時期は何かと接待したりされたりが多いので、家での食事の量には気を付けていた。

 中国式の宴会が続くと、気を抜くとすぐに体重が増えてしまう。体質によっては水を飲んでもダメ、料理の油が合わなくてダメ、ビールでもお腹を下すということがあるのだが、二人の胃腸は丈夫なタイプでそんなことはなかった。

 孝弘は運動不足解消に北京に住んでいたころは近くのホテルのフィットネス会員になって、週に何度かプールに泳ぎに行っていた。

 中国人はあまり泳げないのか泳ぐのが好きではないのかあるいは会費が高いからなのか、いつ行ってもそのプールは空いていたのだ。

 たまに会うのはビジネス滞在の外国人かお金持ちの中国人で、何となく顔見知りになって話すようになり、後に仕事に結び付いたこともある。


 大連ではまだそんな時間の余裕がなくて、日々は慌ただしく過ぎて行く。でも忙しくても祐樹と毎日会えるし、充実していて楽しい。

 9月に赴任した当時はまだ夏の暑さが残っていたというのに、あっと言う間に10月後半になり、風はすでに冬の気配を感じさせる。

 そしてもうすぐ祐樹の誕生日だ。

 一緒に誕生日を祝うのが初めてだから、どんなレストランでも予約するし、何なら手作りでも構わないと思っていたのだが、リクエストを訊いたら祐樹は至って普通の店を指定してきた。

「いいけど祐樹、春餅ってごく庶民的な食堂の食べ物だよ」
 春餅は元々、東北地方の清明節の行事食だ。

「うん、わかってる」
 にっこり笑って祐樹はうなずく。

「でも孝弘の好物なんでしょ?」
 覚えてくれていたのだと知って、孝弘の気持ちがやわらかくなる。

「おれはそれが食べたいし、へたにホテルで食事とかして誰かとばったり会うのも面倒だから」
 その言い分にはうなずかざるを得なかった。

 何度か会食でホテルのレストランにも連れて行かれたが、顔を見知った日本人数人がいて挨拶することが多かった。

 新参者の二人だから大抵みんな親切にしてくれるし、会社のネームバリューもあるのでそういう場で名刺交換したときに軽く扱われることはほとんどなかった。

 それほど広くない大連の駐在員社会では、偶然知り合いに会うことはよくある。北京にいたときより行動には慎重さを求められる環境だ。

 それでなくても駐在員社会は狭くて、いろいろな噂が流れる。独身の二人には関係がないが、駐在員の妻社会はさらに大変だとも聞く。

 街中の食堂でならそういう心配もないし、万一会ってしまったとしても何か勘繰られるということはない。

「わかった。じゃあ、そうしよう」
「うん、楽しみだな」

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

甘くてほろ苦い、恋は蜜やかに。

米粉あげぱん
BL
紅い唇は、物足りなさそうに震えるーー。 御堂 和樹(みどう かずき)と三神峯 景(みかみね けい)は、都内の大手有名製薬会社に勤める営業部の主任と薬事研究課で日々研究を重ねる薬剤師。 普段の業務ではなかなか関わらない二人だが、大阪での仕事で一緒になったことがきっかけで互いに惹かれ合う。 同じ会社の社員同士で、男同士。これ以上踏み込んではいけないと思いつつ、その感情は止まることを知らない。感情のままに噛みついた唇は、拒まれればすぐに離すつもりだった。 彼に会うたび、触れるたび、夢中になっていく。 ーー嬉しいことも辛いことも、一緒に背負っていきたい。 甘くほろ苦い、二人だけの秘密の恋。 ※表紙は漫画家の星埜いろ様に描いていただきました!!

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...