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第13章-1 お礼とお別れ
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“プライベートをお邪魔して大変申し訳ございません”
陳が背筋を伸ばして深々と日本式のお辞儀をするのに、祐樹は困惑した目を向けた。
ひとまずホテルに荷物を置いて着替えようと帰ってきたら、エントランスで待っていたのは空港で会ったエリックの秘書の陳だった。もう接触してこないだろうと思いこんでいたので、驚きを隠せない。
エントランスで話していい内容か判断できず、ひとまず部屋に上げるとリビングに入るなり、ソファに座りもせずに陳は告げた。
“1時間でかまいませんので、お時間いただけないでしょうか”
孝弘はキッチンでお湯を沸かしながら口を挟まずにそのようすを見守っている。不穏なことになるようならと思ってようすを見ていたが、陳の態度は紳士的で心配した展開はなさそうだ。
祐樹は陳としばらくやりとりしたのち、孝弘のほうへ向かってきた。
「ごめん、1時間だけ彼と会ってきてもいい?」
「どうかした?」
「どうしても会って話がしたいって」
孝弘が不機嫌そうな顔をするが、祐樹はひるまず続けた。
「おれも決着をつけたいんだ。顔を合わさないで連絡もしないままで別れたから、いつまでも気にかかる忘れ物をしたみたいな気分なんだ」
「ふうん。どこで?」
祐樹が最初にエリックと会った社交クラブの名を告げると、孝弘はちょっと思案顔になった。
「そこって中銀大厦(バンクオブチャイナタワー)の近く?」
「うん、確かそうだった。孝弘、知ってるの? べつにおかしな場所じゃないよ。なかは高級ホテルというか、個人の邸宅って雰囲気で」
「わかった。1時間で出てこなかったら押しかけるからな」
と、これは陳に向かって聞こえるように声を張った。
聞いた陳が黙礼する。
「だいじょうぶ、ちゃんと帰るよ」
きちんとしたスーツは持ってこなかったので、シャツにカジュアルなジャケットに着替えて陳とともに車に乗った。
祐樹が案内されたのはエレベーターホールから続く吹き抜けのラウンジスペースにあるソファ席だった。
窓に向かっていくつかテーブル席があり、観葉植物でさりげなくたがいの席は見えづらくなっている。人の姿は少ないが気配は感じられた。
個室ではなかったことに、いくらかほっとした。エリックに警戒心うんぬんと忠告されたことはまだ記憶している。
“やあ、ユーキ。元気そうだね、呼び立てて申し訳ない。あの頃みたいに自由に出歩くのが難しくてね”
2年ぶりに会うエリックはほとんど変わっていなかった。体に合ったオーダーのスーツをまとって品のよい笑みを浮かべている。
出会った時、エリックは社長に就任したばかりでまだあまり顔を知られていなかった。
当時は会長として前社長が経営陣に残っており、彼がトップという認識があったから社長といってもエリックは比較的気楽な立場でいられたのだろう。
その会長が先日引退したのは祐樹もニュースを見て知っていた。おそらく今エリックは多忙を極めていて、身軽に外出できる状態ではないはずだ。
“お元気そうで何よりです。その節はお世話になりました。…その後の仕事のことも”
“ああ。…あれはきみを怒らせたらしいな。そういうつもりはなかったが、誤解は解いておきたい。きみへの好意を示しただけだったんだ”
“怒ったというか…、見返りみたいでちょっと気に障っただけです。仕事自体はありがたく思っています。少なくともあの案件のおかげで私の社内評価はあがりました”
“そうか、それならよかった”
顔もスタイルも美しい人形のような女性がコーヒーを運んできて、ふたりともしばらく黙った。
陳が背筋を伸ばして深々と日本式のお辞儀をするのに、祐樹は困惑した目を向けた。
ひとまずホテルに荷物を置いて着替えようと帰ってきたら、エントランスで待っていたのは空港で会ったエリックの秘書の陳だった。もう接触してこないだろうと思いこんでいたので、驚きを隠せない。
エントランスで話していい内容か判断できず、ひとまず部屋に上げるとリビングに入るなり、ソファに座りもせずに陳は告げた。
“1時間でかまいませんので、お時間いただけないでしょうか”
孝弘はキッチンでお湯を沸かしながら口を挟まずにそのようすを見守っている。不穏なことになるようならと思ってようすを見ていたが、陳の態度は紳士的で心配した展開はなさそうだ。
祐樹は陳としばらくやりとりしたのち、孝弘のほうへ向かってきた。
「ごめん、1時間だけ彼と会ってきてもいい?」
「どうかした?」
「どうしても会って話がしたいって」
孝弘が不機嫌そうな顔をするが、祐樹はひるまず続けた。
「おれも決着をつけたいんだ。顔を合わさないで連絡もしないままで別れたから、いつまでも気にかかる忘れ物をしたみたいな気分なんだ」
「ふうん。どこで?」
祐樹が最初にエリックと会った社交クラブの名を告げると、孝弘はちょっと思案顔になった。
「そこって中銀大厦(バンクオブチャイナタワー)の近く?」
「うん、確かそうだった。孝弘、知ってるの? べつにおかしな場所じゃないよ。なかは高級ホテルというか、個人の邸宅って雰囲気で」
「わかった。1時間で出てこなかったら押しかけるからな」
と、これは陳に向かって聞こえるように声を張った。
聞いた陳が黙礼する。
「だいじょうぶ、ちゃんと帰るよ」
きちんとしたスーツは持ってこなかったので、シャツにカジュアルなジャケットに着替えて陳とともに車に乗った。
祐樹が案内されたのはエレベーターホールから続く吹き抜けのラウンジスペースにあるソファ席だった。
窓に向かっていくつかテーブル席があり、観葉植物でさりげなくたがいの席は見えづらくなっている。人の姿は少ないが気配は感じられた。
個室ではなかったことに、いくらかほっとした。エリックに警戒心うんぬんと忠告されたことはまだ記憶している。
“やあ、ユーキ。元気そうだね、呼び立てて申し訳ない。あの頃みたいに自由に出歩くのが難しくてね”
2年ぶりに会うエリックはほとんど変わっていなかった。体に合ったオーダーのスーツをまとって品のよい笑みを浮かべている。
出会った時、エリックは社長に就任したばかりでまだあまり顔を知られていなかった。
当時は会長として前社長が経営陣に残っており、彼がトップという認識があったから社長といってもエリックは比較的気楽な立場でいられたのだろう。
その会長が先日引退したのは祐樹もニュースを見て知っていた。おそらく今エリックは多忙を極めていて、身軽に外出できる状態ではないはずだ。
“お元気そうで何よりです。その節はお世話になりました。…その後の仕事のことも”
“ああ。…あれはきみを怒らせたらしいな。そういうつもりはなかったが、誤解は解いておきたい。きみへの好意を示しただけだったんだ”
“怒ったというか…、見返りみたいでちょっと気に障っただけです。仕事自体はありがたく思っています。少なくともあの案件のおかげで私の社内評価はあがりました”
“そうか、それならよかった”
顔もスタイルも美しい人形のような女性がコーヒーを運んできて、ふたりともしばらく黙った。
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