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第14章-1 北京に向けて
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「あ、高橋さん、お久しぶりですね。休暇はどうでした?」
10日ぶりに出勤したら、本社に孝弘が来ていた。
ゆうべ会ったときはそんなこと一言も言わなかったのに。
しらっと素知らぬふりで、祐樹にそんなことを問いかける。ちいさなサプライズに祐樹は頬がゆるみそうになるのを引き締めた。
久しぶりに見るスーツ姿の孝弘はストイックな感じがとてもかっこいいと思う。
きちんと髪を整えてネクタイを締めた姿は、Tシャツとカーゴパンツという普段着とはまったく雰囲気が違っていて、いまさらながらどきっとさせられた。
「おかげさまでとても楽しかったです。上野くんはきょうは?」
「あ、ごめん、高橋。言い忘れてたわ」
緒方が割って入ってきた。
「いまから大連チームのミーティングな。青木と笹原と江島も一緒に。もうすぐ青木と上野は北京入りするから、そのレクチャーも兼ねていろいろやるから。10時から第3会議室だからなー」
大雑把に説明して、さきに一服と言い残し、煙草を吸いに部屋を出ていく。
「ってことなんで、きょうは一日、本社です」
孝弘がすました顔で事務の女子社員から書類を受け取って、にやっと笑った。
「上野さん、今日はこちらですか? よかったら一緒にランチ、行きませんか?」
耳ざとく聞きつけた彼女が早速、声を掛けていた。祐樹は聞いていないふりで書類に目を落とす。久しぶりのスーツはネクタイがすこしきつい気がする。
「ありがとうございます。でもたぶんランチミーティングになるんじゃないかな。昼は弁当が用意されてるみたいなんで」
「そうなんですか、残念。お昼まで大変ですね。じゃあまた次の機会にお願いします」
感じのいい笑顔を見せて、しつこくせずに離れていく。
孝弘がちらっと視線をよこすので、ほらねというように眉をあげて見せた。
「ね、油断も隙もないでしょ」
取澄ました顔で小声で言ってやる。じぶんのもて具合を自覚していない孝弘に。
「名前も知らない子に誘われてもな。興味ないし、もうすぐ赴任するし」
「高橋、上野くん、会議室の用意できてるよ」
青木が声を掛けてきた。新しい案件に入る緊張感や期待でなんだかわくわくする。会議室に向かいながら、祐樹は横を歩く孝弘の背中をポンと叩いた。
家に入ろうと鍵を出して、ふわりと祐樹は無意識に微笑んだ。鍵には色鮮やかな七宝焼きの亀のデザインのキーホルダーが付いている。
香港で買ってきてつけたものだ。
香港最後の夜、夕食のまえに街を歩いていてふらりと入った中国系デパートで、お揃いのキーホルダーを買ってしまったのだ。
恋人とペアのものを持ちたいなんて考えたことはなかったのに、孝弘に誘われるとそれも悪くないと思えた。
本当はそういう予定ではなく、会社のおみやげにお茶やクッキーは買ったけれど、事務でお世話になっている女子社員数人になにか小物でも買おうかと思ってデパートに入った。
祐樹には使い道が思いつかないが中国らしい色合いの刺繍ポーチや、色鮮やかな模様入りのメモ用紙、真珠の粉入りのハンドクリームなどを見繕った。どれも女の子に人気だと孝弘が教えてくれたものだ。
必要に応じてガイドなどもしている孝弘は女の子たちの買い物にも付き合うのだろう。北京のよりかわいくて質がいいから女の子受けするんじゃないかとポーチを見て言う。
中国系デパートは、世界の一流ブランドショップが並んでいる大型ショッピングセンターとは品ぞろえがまったくちがっている。
繊細な切り絵の額や水墨画、石から選んで彫ってもらう判子屋、七宝焼きの小物入れやライターケースや花瓶、翡翠や金のネックレスや腕輪、ピアスやネクタイピンなどのアクセサリー。
コースターから絨毯サイズまでさまざまな刺繍製品、何種類ものお茶に朝鮮人参、鹿の角(漢方材料)、真珠クリームや漢方薬入りの化粧品。
陶磁器の壺や食器や茶器のセット、シルクのシャツや下着類、もちろんチャイナドレスのオーダーコーナーまで、ありとあらゆる中国チックな商品で埋め尽くされていた。
10日ぶりに出勤したら、本社に孝弘が来ていた。
ゆうべ会ったときはそんなこと一言も言わなかったのに。
しらっと素知らぬふりで、祐樹にそんなことを問いかける。ちいさなサプライズに祐樹は頬がゆるみそうになるのを引き締めた。
久しぶりに見るスーツ姿の孝弘はストイックな感じがとてもかっこいいと思う。
きちんと髪を整えてネクタイを締めた姿は、Tシャツとカーゴパンツという普段着とはまったく雰囲気が違っていて、いまさらながらどきっとさせられた。
「おかげさまでとても楽しかったです。上野くんはきょうは?」
「あ、ごめん、高橋。言い忘れてたわ」
緒方が割って入ってきた。
「いまから大連チームのミーティングな。青木と笹原と江島も一緒に。もうすぐ青木と上野は北京入りするから、そのレクチャーも兼ねていろいろやるから。10時から第3会議室だからなー」
大雑把に説明して、さきに一服と言い残し、煙草を吸いに部屋を出ていく。
「ってことなんで、きょうは一日、本社です」
孝弘がすました顔で事務の女子社員から書類を受け取って、にやっと笑った。
「上野さん、今日はこちらですか? よかったら一緒にランチ、行きませんか?」
耳ざとく聞きつけた彼女が早速、声を掛けていた。祐樹は聞いていないふりで書類に目を落とす。久しぶりのスーツはネクタイがすこしきつい気がする。
「ありがとうございます。でもたぶんランチミーティングになるんじゃないかな。昼は弁当が用意されてるみたいなんで」
「そうなんですか、残念。お昼まで大変ですね。じゃあまた次の機会にお願いします」
感じのいい笑顔を見せて、しつこくせずに離れていく。
孝弘がちらっと視線をよこすので、ほらねというように眉をあげて見せた。
「ね、油断も隙もないでしょ」
取澄ました顔で小声で言ってやる。じぶんのもて具合を自覚していない孝弘に。
「名前も知らない子に誘われてもな。興味ないし、もうすぐ赴任するし」
「高橋、上野くん、会議室の用意できてるよ」
青木が声を掛けてきた。新しい案件に入る緊張感や期待でなんだかわくわくする。会議室に向かいながら、祐樹は横を歩く孝弘の背中をポンと叩いた。
家に入ろうと鍵を出して、ふわりと祐樹は無意識に微笑んだ。鍵には色鮮やかな七宝焼きの亀のデザインのキーホルダーが付いている。
香港で買ってきてつけたものだ。
香港最後の夜、夕食のまえに街を歩いていてふらりと入った中国系デパートで、お揃いのキーホルダーを買ってしまったのだ。
恋人とペアのものを持ちたいなんて考えたことはなかったのに、孝弘に誘われるとそれも悪くないと思えた。
本当はそういう予定ではなく、会社のおみやげにお茶やクッキーは買ったけれど、事務でお世話になっている女子社員数人になにか小物でも買おうかと思ってデパートに入った。
祐樹には使い道が思いつかないが中国らしい色合いの刺繍ポーチや、色鮮やかな模様入りのメモ用紙、真珠の粉入りのハンドクリームなどを見繕った。どれも女の子に人気だと孝弘が教えてくれたものだ。
必要に応じてガイドなどもしている孝弘は女の子たちの買い物にも付き合うのだろう。北京のよりかわいくて質がいいから女の子受けするんじゃないかとポーチを見て言う。
中国系デパートは、世界の一流ブランドショップが並んでいる大型ショッピングセンターとは品ぞろえがまったくちがっている。
繊細な切り絵の額や水墨画、石から選んで彫ってもらう判子屋、七宝焼きの小物入れやライターケースや花瓶、翡翠や金のネックレスや腕輪、ピアスやネクタイピンなどのアクセサリー。
コースターから絨毯サイズまでさまざまな刺繍製品、何種類ものお茶に朝鮮人参、鹿の角(漢方材料)、真珠クリームや漢方薬入りの化粧品。
陶磁器の壺や食器や茶器のセット、シルクのシャツや下着類、もちろんチャイナドレスのオーダーコーナーまで、ありとあらゆる中国チックな商品で埋め尽くされていた。
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