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五章

4話 小さな妖精

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 ──第三の牧場魔法によって解体した家畜は、様々な畜産物の他に『ラブ』というハート形の結晶を残す。

 ラブは幾つかの牧場魔法を使うために必要不可欠なアイテムであり、第五の牧場魔法による家畜の品種改良も、このラブを消費して行う。

 品種改良の項目は多岐に渡り、例えばコケッコーの場合だと、肉や羽毛の品質を向上させたり、身体を大きくして可食部を増やしたり、純粋に身体能力を底上げしたりと、色々な改良が可能だった。

 その他にも、家畜の魔物化や進化なんてことまで出来る。魔物は本来、人に懐いたりしない好戦的な存在なのだが、牧場魔法によって魔物になった家畜は、俺の言うことを聞くようになる。

 また、家畜を進化させる際に他の魔物の因子を注入すると、変異を促すことが出来る。これによって、品種改良には無限の可能性が生まれ、俺とアルティはそこに浪漫を感じて、同好の士となった。

「──それじゃ、始めるとするか」

「我が大切に育ててきたハッチー……!! 遂にっ、遂に進化の時を迎えるのだな!? うぅぅっ……な、なんだか感慨深いのだ……」

 俺がジュエルハッチーの品種改良を行うと宣言した途端、隣にいるアルティが目端に涙を浮かべて感慨に耽った。すると、俺の後ろに控えているクルミが、冷たい声でアルティの間違いを指摘する。

「指摘。アルティが育てたと言うのは語弊があります。アルティはただ、毎朝この区画を散歩していただけに過ぎません」

「なぁっ!? 我は散歩ではなくっ、警備のお仕事をしておったのだぞ!? それはもう、雨の日も風の日も雪の日も、立派にお勤めを果たして──」

 俺の魔法があるので、雨風雪は牧場内に悪影響を及ぼさない。それに、今のところハッチーの飼育区画に、何らかの異常があったこともない。つまり、アルティは傍から見れば、何の苦もなく散歩をしているだけだった。

 ……まあ、『異常がなかった』というのは結果論なので、俺はアルティの仕事をきちんと評価している。

 と、それはともかく──俺とアルティ、それから記録係のクルミは、ハッチーの飼育区画である花畑に集まり、そこに女王ハッチーと今回の品種改良で使うアイテムを並べていた。

 つい先程、ハッチーをニ十世帯ほど解体してニ十個のラブを手に入れたので、その内の半分を使って一匹の女王ハッチーの飛行能力を向上させる。こうすることで、この女王が生む働きハッチーたちも、飛行能力が向上するのだ。

 もう半分のラブは魔物化に使い、ここで『サカスゾウの因子』と『一摘みの幸運』も併用する。

 サカスゾウは凶悪な花を無数に咲かせて、単独で魔境を作り出してしまう恐ろしい魔物だった。以前に倒したそいつの因子は注射器に入っており、一本分しか入手出来ていない。

 これだけだと変異が発生する確率は低く、サカスゾウは珍しい魔物なので、因子を追加することも難しい。ここで役立つのが、もう一つのアイテムだ。

 一摘みの幸運は小瓶に入っている星屑のような砂で、何らかの確率が絡む事象を引き起こす直前に振り撒くと、良い結果を引き寄せてくれるという効果がある。



 ──アルティとクルミが見守る中、俺は女王ハッチーにサカスゾウの因子を注入し、一摘みの幸運を周囲に振り撒いた。そして、『役立つ魔物になれ!』と願いを込めて牧場魔法を使う。

 すると、女王ハッチーの周りに配置していた十個のラブが、光り輝きながら宙に浮かび、瞬く間にその身体へと吸い込まれていく。

 それから、女王ハッチーは進化の兆しであるピンク色の光に包まれた。

 強力な魔物が生まれる時ほど、この光は眩しくなる傾向にあるが、今回は大して眩しくない。ラブを十個しか使わない魔物化は、謂わば一段階目の進化なので、強い魔物の因子を注入したとしても、こんなものなのだろう。

 こうして、新たに生まれた魔物は──大きさがニ十センチ程度の、ハッチーを擬人化させたような小人だった。中々に愛らしい女の子の見た目をしており、王妃様然としたドレスとティアラをデフォルトで装備している。

 その全身は色とりどりの宝石によって煌びやかに飾られ、右手には小さなじょうろを握っているので、ジュエルハッチーとサカスゾウの名残が感じられた。

「おおー! 可愛くてキラキラな魔物なのだ!! あんまり強くなさそうだから、我が守ってあげるのだぞ!」

 ドラゴンらしく光り物が好きなアルティは、一目見てこの魔物を気に入ったらしく、もう自分が守ると決意している。

「報告。この魔物の情報は当機体のデータベースには存在しません。マスター、第九の牧場魔法によって詳細を調べていただけますか?」

「ああ、任せろ。何が出来る魔物なのか、俺も気になるところだからな」

 クルミに頼まれて、この魔物を牧場魔法で調べてみると、種類名は『タイニーフェアリークイーン』であることが分かった。直訳すれば、『小さな妖精の女王』となる。

 特技はタイニーフェアリーを召喚することで、このクイーンを頂点とした群れは、魔法を放つ宝石のような花を育てるらしい。育てた花の数や育ち具合によって、脅威度が大きく変化する魔物なので、陣地を構築して防衛戦をするのが得意なのだろう。

 俺がこれらの情報をクルミに伝えて、データベースに登録して貰っていると……その傍らでは、アルティが女王フェアリーにお願い事をしていた。

「妖精さん! 我はキラキラなお花が欲しいのだ!! お願いっ、今すぐ咲かせてたも!」

 女王フェアリーは鷹揚な仕草で頷き、じょうろを使って辺りに水を撒き始める。

 すると、七色の小さな虹が現れて、そこから色とりどりの服を着た妖精が、三十匹くらい一気に飛び出してきた。

 それらの妖精はクイーンが召喚した魔物なので、やはりと言うべきか『タイニーフェアリー』という名称だ。その見た目は、平民っぽい服を着ている擬人化した働きハッチーである。

 女王フェアリーとは違って飾り気はないが、各々がじょうろや枝切りばさみを持っているので、こいつらが花を育てるらしい。こいつらのことは、働きフェアリーとでも呼ぼう。

「見た目もやることも、随分とファンシーな魔物だな……」

 この妖精たちは、子供に人気が出そうなマスコットキャラクターのように見えてしまうので、これを戦力として数えるのは躊躇われる。

 そんな風に思っている俺の目の前で、働きフェアリーがせっせと地面に水を撒いていくと、すぐに小さな芽が顔を覗かせた。……しかし、今日はこれ以上育たないのか、見守っていても変化がない。

「主様っ! 妖精さんたちに、あの土を分けてあげられぬか!? 我はキラキラの花とやらを早く見たいのだ!!」

「あの土って、沃土だよな? 大量に使われると困るけど、少しなら別に構わないぞ」

 沃土とは家畜化した化物ミミズを解体した際に得られるアイテムであり、その土には植物の成長を促進させる作用がある。

 俺たちが使う沃土は錬金術を用いて性能を向上させてあるので、畑の作物が一メートル級になったのも、このアイテムの活躍によるところが大きい。

 これは最近、魔物に荒らされたイデア王国の農村で、作物が大きくなり過ぎない程度に調整して使っている。そのため、日に日に目減りしている物資なので、アルティに渡すのは少量だ。

 俺はこの牧場の輸送係である魔物──ペリカンを呼び出して、その口の中から沃土が入っている袋を取り出し、アルティに手渡した。ペリカンは収納魔法の使い手で、口の中に色々と物を詰め込んでおける便利な奴である。

 アルティは早速、沃土をばら撒いて芽の成長を促進させた。

「ふおおぉぉ……!! ぐんぐん成長しておるのだ!!」

 芽は見る見るうちに伸びて、あっという間に向日葵のような大輪の花を咲かせる。

 赤、青、黄、緑と色とりどりの向日葵は、宝石を成形して作られた美術品のように見えた。その大きさは五十センチくらいで、普通の花よりも硬質だが、石よりは柔らかい。

「この向日葵から魔法が出るのか……? ちょっと試してくれ」

 俺が働きフェアリーに命令してみると、こいつらは向日葵の茎を揺らし始めた。

 すると、向日葵の花弁が徐々に発光して──ある程度の光量になったところで、真ん中の筒状花の部分から魔法が放たれる。

 向日葵の色に応じて、火、水、風、土といった属性を宿しており、どの魔法も球体を飛ばす攻撃魔法だ。

 それらの『ファイヤーボール』や『ウォーターボール』と言った攻撃魔法は、低位の魔物に程々のダメージを与えられるくらいの威力しかないので、お世辞にも強いとは言い難い。

 魔法を一発撃ち終えた向日葵は、少しだけ萎れて元気がなくなるので、連発することも出来ないようだ。

 ……まあ、これが千や二千、あるいは万を超えてくると、戦術的な価値が生まれそうだが。

「報告。マスター、アルティが花を次々に引っこ抜いています。あの凶行を許容しても宜しいのでしょうか?」

「駄目だ。止めろ」

 アルティが大興奮しながら向日葵を採取しているので、俺はクルミを嗾けてバカを拘束した。

「なっ、なぜ我を止めるのだ!? このキラキラの花は、妖精さんが我のために育ててくれた花なのだぞ!?」

「いや、これは一応花だから、引っこ抜いたら枯れるだろ……。お前のコレクションには出来ないぞ」

 俺がそう伝えると、アルティはショックを受けて意気消沈した。それから、大人しく妖精たちに向日葵を返すと、その内の一本に女王フェアリーが口付けを落として、褒美を与えるような動作でアルティに差し出す。

 それはもしかしたら、今までハッチーの飼育区画の見回りを頑張っていたアルティに対する、女王フェアリーからのご褒美なのかもしれない。

「お、おおお……? なんだかさっきより、硬くなっておるのだ!」

 女王フェアリーが口付けを落とした赤い向日葵は、質感が変化して鉱物のようになっていた。

 ご機嫌になったアルティが、その硬さを確かめるために向日葵を軽く振ると、筒状花から火の球が飛び出す。

 俺が懐から取り出した物品鑑定用の眼鏡を使って、この向日葵を調べてみると──どうやら、『所有者の魔力を使って、ファイヤーボールを撃てる魔法の杖』になったらしい。材質は植物から鉱物に変化しているので、枯れる心配もないようだ。

「凄いな、まさかのマジックアイテムを生産出来る魔物だったのか……」

 どれも強力な魔法ではないが、多少の魔力さえあれば火や水を出せると考えると、非常に便利だと思う。

 特に水──これは今まで、下級魔法を使える者に頼るか、ダンジョン産のアイテムである『渇きの石』によって確保するしかなかったので、本当にありがたい。

 魔力が有り余っていて、尚且つ下級魔法を使える俺は、殆ど無尽蔵に水を生成出来るのだが、俺が不在になった時のことを考えると、水を確保できる手段は多いに越したことはない。
 
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