5 / 6
5
しおりを挟む「俺、期待してもいいの?」
ジュリアスは眉根を寄せて問うた。
答えが欲しかった。
セシリアに、自分の気持ちを受け入れて欲しかった。
しかし、彼女は黙ったまま俯いていた。
ジュリアスには、セシリアが必死に考えているのが分かった。
彼女の唇が小さく震えていた。
だが、答えは返ってこなかった。
「あのっ、あのっ」
セシリアは俯いたまま、乱暴に袖口で涙を拭った。
拭いても拭いても、涙は止まらなかった。
ジュリアスは、力なく息を吐いた。
「これ以上は欲張りすぎだな」
呟くように言って、ジュリアスはセシリアを立たせた。
「大丈夫か」
声をかけると、セシリアの目からまた涙が溢れた。
腕の中の温もりが離れていった。
少しばかり名残惜しかった。
だが、これ以上は——。
ジュリアスは、セシリアを見つめた。
彼女は背筋を伸ばして立っていた。
緑色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
「セシリア」
彼女の名を呼んだ。
「お前が俺のことをどう思ってるのかは分からない。けど、俺は、子供の頃からずっと、お前のことが好きだった」
伝えた。
しかし——
彼女はぼうっとしたまま動かなかった。
視線はあっているようで、あっていなかった。
彼女は、ここではないどこかへ意識を飛ばしていた。
思わず、ジュリアスの頬が引きつった。
「おい」
呼べば、彼女は跳ねるように返答した。
「は、はい!!」
ああ、本当に、こいつはっ。
「おっまえ!——やっぱり、聞いてねぇーじゃねーか!」
ジュリアスは震える拳をセシリアの頭に叩き込んだ。
「あうち!」
彼女が痛みに顔を歪めた。
「ふざけてんのか!バカにしてんのか!ってかワザとか!?」
怒声を浴びたセシリアは、「やっちまった」と驚いていた。
またしてもセシリアは聞いていなかった。
「ほんとに、ほんとに、お前は…」
「すみません!坊っちゃんが、真剣な顔をした時ってあまりにも良いお声で——」
「はぁ...」
ジュリアスは、深く深くため息をついた。
額に手を当てて、天を仰いだ。
やりきれない思いはあったが、セシリアは自分を求めて泣いたのだ。それだけで十分だった。
「...良いか。もう一回言うぞ」
「はい!」
セシリアは、背筋を伸ばした。
ジュリアスは、気合を入れて告げた。
「俺は——」
「はい」
「お前のこと——」
「はい」
「好きだ」
「はい」
「おい」
「はい」
「ぬん!」
ジュリアスは、セシリアの頭に手刀を落とした。
「あいてっ」
「聞いてねぇだろ!」
「う、うう...声が良すぎて意識が...ごめんなさい。もう一回、もう一回お願いします!」
セシリアは、両手を合わせて拝み出した。
ジュリアスは苛立たしげに髪をかき上げた。
「何で意識が飛ぶんだよ、どうなってんだお前の耳」
蕩けた顔しやがって。
心の中で毒づいた。
セシリアは、もう既にうっとりとした表情を浮かべていた。
このまま、口塞いでやろうか。
そこまで考えて——ジュリアスははっとした。
脳裏に天才的な案が浮かんだ。
口元が思わずにやけてしまった。
「よし、もっかい言うぞ」
「はいっ!お願いします!」
彼女の口から張りのある高音が響いた。
返事だけは無駄に良かった。
「俺は——」
ゆっくりと、低い声で囁いた。
セシリアの瞳が、トロンとしてきた。
「お前のことが、好きだ。いいか?」
「...はい」
セシリアは、完全に声に酔っていた。
「俺と結婚してくれる?」
「...はい」
良し、言質は取った。
だが、一切躊躇わず「はい」という彼女に、ジュリアスは少しばかり欲が出た。
「手、握ってもいい?」
「はい」
「抱きしめてもいい?」
「はい」
「一生、俺だけ見てて?」
「はい」
聞けば、セシリアは、やはり「はい」と答えた。
これから先ずっとこんな感じなのかと思うと、やはり腹が立った。
ジュリアスは今一番の欲望をぶつけてみた。
「キスしていい?」
「...はい」
「いいのか、本当にするぞ」
「はい」
「本気だぞ」
「はい」
ジュリアスは舌打ちをした。
やはり、聞いていなかった。
好物を差し出され、待てをされた犬と同じだった。
どんな状態であれ、よしが出たのだ。
もう、構うものか。
ジュリアスは無言でセシリアの腰を抱くと唇を奪った。
彼女の呼吸ごと飲み込んだ。
舌を絡めて、口蓋をなぞると、彼女は鼻から抜けるような声を出した。
彼女は想像していたよりも甘かった。
気を良くして更に口内を味わうと、セシリアに肩をバシバシ叩かれた。
仕方ないので解放してやると、顔を真っ赤にしたセシリアが、狼狽えた声をあげた。
「なっなな、なにしてるんですか坊っちゃん!」
見事な慌てぶりだった。
ざまあみろ。
ジュリアスは口端を上げた。
「全部『はい』って言ったのはセシリアだからな?俺はちゃんと聞いたぞ?」
「え?」
「手を繋ぐのも、抱きしめるのも、キスも、結婚も——全部、お前が『はい』って言った」
勝ち誇ったように言った。
「え、ええ??」
「今更、取り消しは効かないぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!私、何を——」
「『一生、俺だけ見て』にも、『はい』って言ったからな」
セシリアを抱きしめたまま、にやりと笑った。
「お前は俺の話なんて聞かないから、俺もお前の話なんて聞かない。もう逃げられないから」
セシリアは、ジュリアスの腕の中で、真っ赤になって固まった。
10
あなたにおすすめの小説
無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら
雪嶺さとり
恋愛
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
伯爵令嬢ルーシャの婚約者、ウィラードはいつも無愛想で無口だ。
しかしそんな彼に最近親しい令嬢がいるという。
その令嬢とウィラードは仲睦まじい様子で、ルーシャはウィラードが自分との婚約を解消したがっているのではないかと気がつく。
機会が無いので言い出せず、彼は困っているのだろう。
そこでルーシャは、友人の錬金術師ノーランに「本音を引き出せる薬」を用意してもらった。
しかし、それを使ったところ、なんだかウィラードの様子がおかしくて───────。
*他サイトでも公開しております。
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
階段下の物置き令嬢と呪われた公爵
LinK.
恋愛
ガルシア男爵家の庶子として育てられたクロエは、家族として認めてもらえずに使用人として働いていた。そんなクロエに与えられた部屋は階段下の物置き。
父であるカイロスに不気味で呪われているという噂の公爵家に嫁ぐように言われて何も持たされずに公爵家に送られたのだが、すぐに出ていくように言われてしまう。
何処にも帰る場所の無いクロエを憐れんでか、一晩だけなら泊まっても良いと言われ、借りている部屋を綺麗にして返そうと掃除を始めるクロエ。
綺麗になる毎に、徐々に屋敷の雰囲気が変わっていく…。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
あなたは愛を誓えますか?
縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。
だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。
皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか?
でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。
これはすれ違い愛の物語です。
やさしい・悪役令嬢
きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」
と、親切に忠告してあげただけだった。
それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。
友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。
あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。
美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。
旦那様に「君を愛する気はない」と言い放たれたので、「逃げるのですね?」と言い返したら甘い溺愛が始まりました。
海咲雪
恋愛
結婚式当日、私レシール・リディーアとその夫となるセルト・クルーシアは初めて顔を合わせた。
「君を愛する気はない」
そう旦那様に言い放たれても涙もこぼれなければ、悲しくもなかった。
だからハッキリと私は述べた。たった一文を。
「逃げるのですね?」
誰がどう見ても不敬だが、今は夫と二人きり。
「レシールと向き合って私に何の得がある?」
「可愛い妻がなびくかもしれませんわよ?」
「レシール・リディーア、覚悟していろ」
それは甘い溺愛生活の始まりの言葉。
[登場人物]
レシール・リディーア・・・リディーア公爵家長女。
×
セルト・クルーシア・・・クルーシア公爵家長男。
あなたは何も知らなくていい
Megumi
恋愛
「あ、じゃあ私がもらいます」
婚約破棄された夜、死のうとしていた俺を、公爵令嬢が拾った。
「あなたの才能は、素晴らしい」
生まれて初めて、俺のすべてを肯定してくれた人。
だから——
元婚約者の陰謀も、妬む貴族たちの悪意も、俺が処理する。
証拠は燃やし、敵は消し、彼女の耳に届く前に終わらせる。
「あなたは何も知らなくていい」
彼女は知らない。
俺がすべてを終わらせていることを。
こちらは『女尊男卑の世界で婚約破棄された地味男、実は顔面SSRでした。私が本気で育てたら元婚約者が返せと言ってきます』のヒーロー視点のスピンオフです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/82721233/538031475
本編を読んでいなくても、単体でお楽しみいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる