【完結】君は話なんか聞かない

ぽぽよ

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「俺、期待してもいいの?」

 ジュリアスは眉根を寄せて問うた。
 答えが欲しかった。
 セシリアに、自分の気持ちを受け入れて欲しかった。
 しかし、彼女は黙ったまま俯いていた。
 ジュリアスには、セシリアが必死に考えているのが分かった。
 彼女の唇が小さく震えていた。
 だが、答えは返ってこなかった。

「あのっ、あのっ」

 セシリアは俯いたまま、乱暴に袖口で涙を拭った。
 拭いても拭いても、涙は止まらなかった。
 ジュリアスは、力なく息を吐いた。

「これ以上は欲張りすぎだな」

 呟くように言って、ジュリアスはセシリアを立たせた。

「大丈夫か」

 声をかけると、セシリアの目からまた涙が溢れた。
 腕の中の温もりが離れていった。
 少しばかり名残惜しかった。
 だが、これ以上は——。
 ジュリアスは、セシリアを見つめた。
 彼女は背筋を伸ばして立っていた。
 緑色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。

「セシリア」

 彼女の名を呼んだ。

「お前が俺のことをどう思ってるのかは分からない。けど、俺は、子供の頃からずっと、お前のことが好きだった」

 伝えた。
 しかし——
 彼女はぼうっとしたまま動かなかった。
 視線はあっているようで、あっていなかった。
 彼女は、ここではないどこかへ意識を飛ばしていた。
 思わず、ジュリアスの頬が引きつった。

「おい」

 呼べば、彼女は跳ねるように返答した。

「は、はい!!」

 ああ、本当に、こいつはっ。

「おっまえ!——やっぱり、聞いてねぇーじゃねーか!」

 ジュリアスは震える拳をセシリアの頭に叩き込んだ。

「あうち!」

 彼女が痛みに顔を歪めた。

「ふざけてんのか!バカにしてんのか!ってかワザとか!?」

 怒声を浴びたセシリアは、「やっちまった」と驚いていた。
 またしてもセシリアは聞いていなかった。

「ほんとに、ほんとに、お前は…」

「すみません!坊っちゃんが、真剣な顔をした時ってあまりにも良いお声で——」

「はぁ...」

 ジュリアスは、深く深くため息をついた。
 額に手を当てて、天を仰いだ。
 やりきれない思いはあったが、セシリアは自分を求めて泣いたのだ。それだけで十分だった。

「...良いか。もう一回言うぞ」

「はい!」

 セシリアは、背筋を伸ばした。
 ジュリアスは、気合を入れて告げた。

「俺は——」

「はい」

「お前のこと——」

「はい」

「好きだ」

「はい」

「おい」

「はい」

「ぬん!」

 ジュリアスは、セシリアの頭に手刀を落とした。

「あいてっ」

「聞いてねぇだろ!」

「う、うう...声が良すぎて意識が...ごめんなさい。もう一回、もう一回お願いします!」

 セシリアは、両手を合わせて拝み出した。
 ジュリアスは苛立たしげに髪をかき上げた。

「何で意識が飛ぶんだよ、どうなってんだお前の耳」

 蕩けた顔しやがって。
 心の中で毒づいた。
 セシリアは、もう既にうっとりとした表情を浮かべていた。
 このまま、口塞いでやろうか。
 そこまで考えて——ジュリアスははっとした。
 脳裏に天才的な案が浮かんだ。
 口元が思わずにやけてしまった。

「よし、もっかい言うぞ」

「はいっ!お願いします!」

 彼女の口から張りのある高音が響いた。
 返事だけは無駄に良かった。

「俺は——」

 ゆっくりと、低い声で囁いた。
 セシリアの瞳が、トロンとしてきた。

「お前のことが、好きだ。いいか?」

「...はい」

 セシリアは、完全に声に酔っていた。

「俺と結婚してくれる?」

「...はい」

 良し、言質は取った。
 だが、一切躊躇わず「はい」という彼女に、ジュリアスは少しばかり欲が出た。

「手、握ってもいい?」

「はい」

「抱きしめてもいい?」

「はい」

「一生、俺だけ見てて?」

「はい」

 聞けば、セシリアは、やはり「はい」と答えた。
 これから先ずっとこんな感じなのかと思うと、やはり腹が立った。
 ジュリアスは今一番の欲望をぶつけてみた。

「キスしていい?」

「...はい」

「いいのか、本当にするぞ」

「はい」

「本気だぞ」

「はい」

 ジュリアスは舌打ちをした。
 やはり、聞いていなかった。
 好物を差し出され、待てをされた犬と同じだった。
 どんな状態であれ、よしが出たのだ。
 もう、構うものか。
 ジュリアスは無言でセシリアの腰を抱くと唇を奪った。
 彼女の呼吸ごと飲み込んだ。
 舌を絡めて、口蓋をなぞると、彼女は鼻から抜けるような声を出した。
 彼女は想像していたよりも甘かった。
 気を良くして更に口内を味わうと、セシリアに肩をバシバシ叩かれた。
 仕方ないので解放してやると、顔を真っ赤にしたセシリアが、狼狽えた声をあげた。

「なっなな、なにしてるんですか坊っちゃん!」

 見事な慌てぶりだった。
 ざまあみろ。
 ジュリアスは口端を上げた。

「全部『はい』って言ったのはセシリアだからな?俺はちゃんと聞いたぞ?」

「え?」

「手を繋ぐのも、抱きしめるのも、キスも、結婚も——全部、お前が『はい』って言った」

 勝ち誇ったように言った。

「え、ええ??」

「今更、取り消しは効かないぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!私、何を——」

「『一生、俺だけ見て』にも、『はい』って言ったからな」

 セシリアを抱きしめたまま、にやりと笑った。

「お前は俺の話なんて聞かないから、俺もお前の話なんて聞かない。もう逃げられないから」

 セシリアは、ジュリアスの腕の中で、真っ赤になって固まった。
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