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第8章 絆
第301話 おじさま
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出立した翌日の夕刻には、先行して駐留していた碧相軍の駐屯地に到着した。
戦場を一通り見て周り、地形を頭に叩き込む。
「まさかこんな所を戦場に選ぶなんてね」
翠玉の呟きに控えていた華南が首を傾げる。
「どう考えてもあちらには不利、ですよね?」
「でもそれをしてまでも効果な一手が、あちらにはあるのかもしれないよ?」
答えたのは至湧で、翠玉にどうします?と視線を向けた。
「それは困るわね。とにかくあとは、あちらがどう出てもいいように、こちらの意識をすり合わせないとよね?
とにかく、我が軍の配置の予想がつかないと話が進まないし、廿州も困っているだろうから、今夜にでも私はあちらに合流するわ」
「ならば僕もご一緒します。あちらの地形も見てみないと話にならないので。それに姫様1人じゃあ敵の斥候に見咎められても不味いですから。こちらからの使者を装いましょう」
それは心強いと翠玉は二つ返事で申し出を快く聞き入れた。
後ろの護衛二人の顔が強張ったのには気付かない。
「実は本日、湖紅本隊も到着したらしいぞ?」
兄の言葉に翠玉は驚く。
「あら……早かったのね?」
「早めに出てきたようですよ。
それぞれ感じるものでもあったのかもしれないですね」
良い勘をお持ちだ、と兄と至湧は感心しているが、あの冬隼が予定を変えるなんて珍しいなと翠玉は首を捻った。
そして後ろに控える護衛ふたりは「殿下居てもたってもいられなかったのか……」と遠い目をしていたのには、やはり気がつかなかった。
「俺も明日、諸々を片付けたら向かう。そこで打ち合わせよう。響透からの使者が昨日こちらに来たらしい。国境線に布陣は完了しているとの事だ。うちから、別隊を派遣してある。よほどの事はないだろうさ」
着々と準備が整ってきている。
ザワリと翠玉の胸が騒いだ。
その晩は月が厚い雲に隠れた夜だった。
華南、隆蒼、至湧、護衛3名を含めた7名で廿州府内の堅牢な城の門にたどり着いたのは夜中だった。
城門の見張りに立った、州兵に目深に被ったローブを外して顔を見せる。
「これは、冬将軍の!なぜこのような所に!?」
「どうぞお入りください」
慌てた彼らによって、中に招き入れられる。
「すぐに本部に案内してくれる?」
神妙な顔で兵に指示すると。
「かしこまりました」と兵は深々と礼を取り道を示した。
「翠玉様!」
本部に入れば、深夜という事もあって人気はなく、ただ一人、李蒙の姿があった。
「ご苦労様、李蒙!色々任せて申し訳無かったわね。まだ起きていたの?」
「歳を取ると長くは眠れませんのでね。ちょうど、そろそろ休もうと思っていた所です」
ローブを外して椅子にかけると、今まで翠玉ばかりに目を向けていた李蒙が翠玉の後ろに控える者たちに目を向けた。
「後ろは、華南に隆蒼かご苦労様だったな!」
シワの刻まれた切れ長の瞳を細めた彼は、懐かしそうに二人の名を呼んだ。
「お久しぶりにございます。将軍」
「まさかこんな再会になりますとは」
二人が腕を上げて胸の前で拳を握ると、礼を取る。ハリのある声は上官に対するものだ。
「あぁ本当に久しいな!不思議な縁だ。そちらは?」
李蒙の声も部下に対する愛情を含んだ声だった。そして彼の視線は礼を取る二人の後方に立つ至湧に向けられる。
「碧相国、李周英軍にて副官を勤めております呂至湧と申します。こちらの視察も兼ねて共にまいりました。」
「碧相の、そうですか」
至湧の名乗りに、李蒙は理解したと頷くと、彼にも椅子を勧めた。
「それで、今はどうなってるの?」
翠玉が聞けば、同じように椅子に掛けた李蒙は姿勢を正した。
「我々が到着したのも、今日の夕でしたので、本部を整え、兵糧のルートを確保いたしました。朝イチで現場の視察に殿下と半数の指揮官、そのあと泰誠ともう半分が、行く予定です。」
「私も行くわ」
「ではお早めにお休みください。殿下はもうお部屋でお休みです。ご案内させましょう」
そう言って腰を浮かせた李蒙を翠玉は押し留める。
「大丈夫よ。西の棟でしょう?以前にも泊まっているから分かるわ」
「そうですか」
翠玉の言葉に彼はすこし安堵したように息を吐く。なぜ彼がそんなに安堵するのだろうかと不思議に思いながら、そう言えば久しぶりに冬隼と再会するのだと言う事に思い至って、胸が締まった。
「華南も隆蒼も部屋の用意がある。隆蒼は泰誠と一緒だが。案内させよう。
碧相の方々は予備の客間があったな」
そう言って、入り口に控える初老の侍女に声をかけると、彼女がうなずく。
「ではそちらで休んでいただいて、明日お時間を見計らって声をおかけしよう」
てきぱきと采配をした李蒙に、翠玉の後方に控える護衛二人がわずかに息を止めたのが分かった。
「すっかり、勘を取り戻しておいでですね」
すぐにおかしそうに笑ったのは華南だった。
「こんな部屋割りくらいの事で感心してくれるな!」
「戦場で将軍の素敵な勇姿を楽しみにしてますわ」
ふん!と吐き捨てた李蒙に、華南の返答はどこか甘い声を含んでいて。
その姿はさしずめ愛人である。
華南は彼の部下だったと聞いたことがある。
あぁなるほど
すこし身体をのけぞらせて、視線を隆蒼に向けると、ばっちり目があい、ため息をつきながら頷かれる。
破天荒な華南をうまく扱えたのも、素敵な「おじ様♡」であった李蒙だからだったのであろう。
戦場を一通り見て周り、地形を頭に叩き込む。
「まさかこんな所を戦場に選ぶなんてね」
翠玉の呟きに控えていた華南が首を傾げる。
「どう考えてもあちらには不利、ですよね?」
「でもそれをしてまでも効果な一手が、あちらにはあるのかもしれないよ?」
答えたのは至湧で、翠玉にどうします?と視線を向けた。
「それは困るわね。とにかくあとは、あちらがどう出てもいいように、こちらの意識をすり合わせないとよね?
とにかく、我が軍の配置の予想がつかないと話が進まないし、廿州も困っているだろうから、今夜にでも私はあちらに合流するわ」
「ならば僕もご一緒します。あちらの地形も見てみないと話にならないので。それに姫様1人じゃあ敵の斥候に見咎められても不味いですから。こちらからの使者を装いましょう」
それは心強いと翠玉は二つ返事で申し出を快く聞き入れた。
後ろの護衛二人の顔が強張ったのには気付かない。
「実は本日、湖紅本隊も到着したらしいぞ?」
兄の言葉に翠玉は驚く。
「あら……早かったのね?」
「早めに出てきたようですよ。
それぞれ感じるものでもあったのかもしれないですね」
良い勘をお持ちだ、と兄と至湧は感心しているが、あの冬隼が予定を変えるなんて珍しいなと翠玉は首を捻った。
そして後ろに控える護衛ふたりは「殿下居てもたってもいられなかったのか……」と遠い目をしていたのには、やはり気がつかなかった。
「俺も明日、諸々を片付けたら向かう。そこで打ち合わせよう。響透からの使者が昨日こちらに来たらしい。国境線に布陣は完了しているとの事だ。うちから、別隊を派遣してある。よほどの事はないだろうさ」
着々と準備が整ってきている。
ザワリと翠玉の胸が騒いだ。
その晩は月が厚い雲に隠れた夜だった。
華南、隆蒼、至湧、護衛3名を含めた7名で廿州府内の堅牢な城の門にたどり着いたのは夜中だった。
城門の見張りに立った、州兵に目深に被ったローブを外して顔を見せる。
「これは、冬将軍の!なぜこのような所に!?」
「どうぞお入りください」
慌てた彼らによって、中に招き入れられる。
「すぐに本部に案内してくれる?」
神妙な顔で兵に指示すると。
「かしこまりました」と兵は深々と礼を取り道を示した。
「翠玉様!」
本部に入れば、深夜という事もあって人気はなく、ただ一人、李蒙の姿があった。
「ご苦労様、李蒙!色々任せて申し訳無かったわね。まだ起きていたの?」
「歳を取ると長くは眠れませんのでね。ちょうど、そろそろ休もうと思っていた所です」
ローブを外して椅子にかけると、今まで翠玉ばかりに目を向けていた李蒙が翠玉の後ろに控える者たちに目を向けた。
「後ろは、華南に隆蒼かご苦労様だったな!」
シワの刻まれた切れ長の瞳を細めた彼は、懐かしそうに二人の名を呼んだ。
「お久しぶりにございます。将軍」
「まさかこんな再会になりますとは」
二人が腕を上げて胸の前で拳を握ると、礼を取る。ハリのある声は上官に対するものだ。
「あぁ本当に久しいな!不思議な縁だ。そちらは?」
李蒙の声も部下に対する愛情を含んだ声だった。そして彼の視線は礼を取る二人の後方に立つ至湧に向けられる。
「碧相国、李周英軍にて副官を勤めております呂至湧と申します。こちらの視察も兼ねて共にまいりました。」
「碧相の、そうですか」
至湧の名乗りに、李蒙は理解したと頷くと、彼にも椅子を勧めた。
「それで、今はどうなってるの?」
翠玉が聞けば、同じように椅子に掛けた李蒙は姿勢を正した。
「我々が到着したのも、今日の夕でしたので、本部を整え、兵糧のルートを確保いたしました。朝イチで現場の視察に殿下と半数の指揮官、そのあと泰誠ともう半分が、行く予定です。」
「私も行くわ」
「ではお早めにお休みください。殿下はもうお部屋でお休みです。ご案内させましょう」
そう言って腰を浮かせた李蒙を翠玉は押し留める。
「大丈夫よ。西の棟でしょう?以前にも泊まっているから分かるわ」
「そうですか」
翠玉の言葉に彼はすこし安堵したように息を吐く。なぜ彼がそんなに安堵するのだろうかと不思議に思いながら、そう言えば久しぶりに冬隼と再会するのだと言う事に思い至って、胸が締まった。
「華南も隆蒼も部屋の用意がある。隆蒼は泰誠と一緒だが。案内させよう。
碧相の方々は予備の客間があったな」
そう言って、入り口に控える初老の侍女に声をかけると、彼女がうなずく。
「ではそちらで休んでいただいて、明日お時間を見計らって声をおかけしよう」
てきぱきと采配をした李蒙に、翠玉の後方に控える護衛二人がわずかに息を止めたのが分かった。
「すっかり、勘を取り戻しておいでですね」
すぐにおかしそうに笑ったのは華南だった。
「こんな部屋割りくらいの事で感心してくれるな!」
「戦場で将軍の素敵な勇姿を楽しみにしてますわ」
ふん!と吐き捨てた李蒙に、華南の返答はどこか甘い声を含んでいて。
その姿はさしずめ愛人である。
華南は彼の部下だったと聞いたことがある。
あぁなるほど
すこし身体をのけぞらせて、視線を隆蒼に向けると、ばっちり目があい、ため息をつきながら頷かれる。
破天荒な華南をうまく扱えたのも、素敵な「おじ様♡」であった李蒙だからだったのであろう。
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